11)それぞれの決意
ゼノイドの襲来から数日後。
錬斗と沙耶は、それぞれ二学期の終業式を迎えていた。
三年生の沙耶は、本来なら受験シーズンの真っ只中。
だが、卒業後は正式に地球防衛機構『イージス』へ入隊することが決まっていたため、受験勉強に追われることもなく、今は比較的時間に余裕があった。
「それじゃあ、またね」
友人たちへ挨拶を済ませると、沙耶は教室を後にする。
(こんなに時間があるのも、きっと今だけ……)
(正式に『イージス』の特殊部隊へ配属されたら、前線に送られるはず)
(でも、それはわたし自身が選んだ道)
(だから……もっと強くならなきゃ)
沙耶は静かに決意を胸に刻み、校舎をあとにした。
──その頃。
錬斗もまた、いつものように下校しながらアーツと話していた。
(今回はずいぶん早く起きたね、アーツ)
(前回がイレギュラーだっただけだ。
通常なら数日もあれば回復する)
(おそらく融合の影響で、最初だけ目覚めるまで時間がかかったのだろう)
(そっか。でも、早く起きてくれてよかった)
(アーツに相談したいことがあったんだ)
(奇遇だな)
(ワタシもレントに話したいことがある)
錬斗は少し驚いた。
(えっ?アーツからなんて珍しいね)
(どうしたの?)
(ここでは話しづらい)
(先日の廃屋まで来てくれ)
アーツに促され、錬斗は進路を変え、かつて住んでいた廃屋へ向かって歩き始めた。
廃屋へ到着すると、錬斗の身体の主導権はアーツへと移った。
「ちょ、ちょっとアーツ!急にどうしたの?」
(少し確認したいことがある……)
アーツはそれだけ告げると、ゼノイドと戦った場所へ向かった。
周囲を隅々まで見渡し、地面や木々を静かに調べていく。
やがて一通り確認を終えると、身体の主導権を錬斗へ返した。
「もういいの?アーツ」
(ああ、十分だ。これで確信した)
「何が分かったの?話したいことって、それ?」
アーツは短く息をつくようにして答えた。
(レント……先日ワタシが戦ったゼノイドは、まだ機能している)
(人間の言葉で言えば──まだ生きている)
「えっ!?」
錬斗は思わず目を見開いた。
「でも、アーツが倒したんでしょ?」
「それに、アーツが眠ったあとも僕は襲われなかったよ!」
矢継ぎ早に問い返す錬斗へ、アーツは冷静に説明を続ける。
(確かにワタシは奴を追い詰めた)
(だが、おそらく最後の力を振り絞り、ボディパーツからコアだけを切り離して逃走したのだ)
(あれほどの損傷だ。
エネルギーも底をついていたはずだ)
(だからレントを襲う余力はなく、一度身を隠して回復を優先したのだろう)
「そんな……」
「アーツの考えすぎってことはないの?」
(そう思い、この場所を確認しに来た)
(だが、やはり間違いない)
(戦闘中、ワタシは奴の腕を引きちぎり、いくつものボディパーツを破壊した)
(もし奴が完全に機能停止していたなら、その残骸はこの場に残っているはずだ)
(しかし、それが一つもない)
(つまり、奴は生き延び、失われたボディパーツはナノマシンとなり、コアへ戻ったということだ)
アーツの結論に、錬斗は言葉を失った。
あの圧倒的な強さを誇るゼノイドが、まだ生きている。
その事実だけで、錬斗の背筋を冷たいものがゆっくりと這い上がっていくのだった。
しばらく沈黙が流れたあと、アーツが静かに口を開いた。
(すまない、レント……)
(これはワタシの落ち度だ)
(オマエとの約束を、完全には果たせなかった……)
申し訳なさそうなアーツの声に、錬斗は優しく笑った。
「何言ってるんだよ、アーツ」
「僕は『沙耶先輩を助けたい』ってお願いしたんだ」
「沙耶先輩も、僕も、ちゃんと生きてる」
「全部、アーツのおかげだよ」
「アーツは、僕のわがままなお願いをちゃんと叶えてくれたじゃないか」
アーツは何も返せなかった。
(こんなとき……何と言えばいいのか分からない)
(ワタシの知識レベルでは、この答えを見つけられない……)
そんなアーツを見て、錬斗は少し照れくさそうに笑う。
「ふふっ、こういうときはね……」
「『ありがとう』って言うんだよ」
その言葉を聞いたアーツは、しばらく黙っていた。
そして──。
頭の中ではなく、錬斗の口を借りて、その言葉を声にした。
「レント……ありがとう」
錬斗とアーツは、廃屋の跡地へ戻ると近くの瓦礫に腰を下ろした。
「アーツ、今度は僕の相談なんだけど……」
錬斗は言いづらそうに口ごもる。
(どうした、レント?
また鼓動が速くなっているぞ)
(サヤと交尾したいのなら、ワタシが力を貸してやろうか?)
「違うからっ!!」
錬斗は勢いよく否定した。
「……いや、違わないけど!
そういう話じゃないから!」
自分でも何を言っているのか分からなくなり、錬斗は頭を抱えた。
大きく深呼吸を一つ。
気持ちを落ち着かせると、真剣な表情でアーツを見つめる。
「アーツ……僕に戦い方を教えてほしい」
「この前の戦いで痛感したんだ」
「今の僕じゃ、アーツの力を借りても宝の持ち腐れだ」
「自分のことすら守れない。
まして、大切な人なんて守れるはずがない」
「もし同じことが起きたら、僕はまたアーツに頼るしかなくなる……」
「そんな自分は、もう嫌なんだ」
錬斗は立ち上がると、深く頭を下げた。
「だから、アーツ」
「僕に戦い方を教えてください!」
しばらく沈黙が流れる。
やがて、アーツは静かに問いかけた。
(レント……)
(それはゼノイドと人間の戦争に、自ら身を投じるということか?)
「……うん」
(普通の人間ではなくなったとはいえ、お前はようやく病を克服し、生き延びたのだ)
(戦場へ立つということは、いつ命を落としてもおかしくない)
(それでもいいのか?)
アーツの口調は珍しく強かった。
それは否定ではない。
錬斗を失いたくないという思いが、その言葉に滲んでいた。
「そうだね……」
「本当は、すごく怖いよ」
錬斗は素直に認めた。
「でも、アーツも言ってたよね」
「今の僕たちは、人間にもゼノイドにも狙われる存在だって」
「だったら……僕も強くなるしかない」
「アーツが助けてくれた、この命を──」
「簡単に失うわけにはいかないんだ!」
錬斗は真っすぐアーツを見据え、力強く言い切った。
アーツはしばらく何も答えなかった。
(……レント)
「お願いだよ……アーツ」
そのとき、不意に林の奥から足音が聞こえた。
「……沙耶先輩?」
振り向くと、そこには静かに立つ沙耶の姿があった。
「どうしてここに……?」
沙耶は少し困ったように笑う。
「ふふっ……どうしてかしら」
「わたしにも分からないわ」
「気づいたら、自然とここへ足が向いていたの」
そう言ってから、申し訳なさそうに目を伏せる。
「ごめんなさい」
「少し前から来ていたんだけど……」
「盗み聞きするつもりはなかったの。
でも、とても大事な話をしているみたいだったから、声をかけられなくて」
「……アーツと話していたのよね?」
「うん……」
錬斗は小さくうなずいた。
「そう」
沙耶は錬斗の瞳をまっすぐ見つめる。
「アーツ、聞こえているわよね?」
返事はない。
それでも沙耶は続けた。
「わたしからもお願い」
「錬斗に戦い方を教えてあげて」
「このままじゃ、いつか錬斗の存在は『イージス』にも知られてしまう……」
「もちろん、わたしは錬斗を擁護する」
「でも、人間の組織は複雑で、色んな思惑が絡んでいる。きっと錬斗を殺そうとする者も出てくるわ」
「悔しいけどわたし一人じゃ変えられない」
「だから錬斗には、自分の未来を自分で選べるだけの力が必要なの」
「人間の味方として立つのか」
「ゼノイドとして立ちはだかるのか」
「あるいは、そのどちらにも属さない道を歩むのか」
「どんな道を選んでも、わたしは錬斗の意思を尊重する……」
沙耶は静かに息を吸い、最後の願いを口にした。
「だからお願い、アーツ……」
「あなただけは、ずっと錬斗の味方でいてあげて……」
その瞳には、いつの間にか涙がにじんでいた。
そのとき、錬斗の口が静かに開いた。
アーツだった。
「二人とも、案ずるな」
「何度も言っているだろう」
「ワタシとレントは一心同体だ」
「レントの意思は、ワタシの意思」
「ワタシ以外の誰が、レントの味方をするというのだ」
その言葉に、錬斗と沙耶の表情がぱっと明るくなった。
「それじゃあ……!」
「ああ、レント」
「オマエに戦い方を教えよう」
「本当!?」
錬斗は思わず笑みを浮かべる。
その隣で、沙耶も優しく微笑んだ。
「ワタシの訓練は厳しいぞ」
「うん!僕、頑張るよ!」
「それに──沙耶先輩もいるしね!」
錬斗がそう言って振り向くと、沙耶は小さく笑った。
「ふふっ、そうね」
「卒業までは、わたしも一緒に訓練してあげる」
三人は、それぞれの決意を胸に、新たな一歩を踏み出した。
そして、アーツもまた、一つの決意を胸に刻む。
それは、機械生命体である自分には、本来あるはずのないもの。
コアではなく──"心"に。
「フフッ……」
「これだから人間は"面白い"」
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