第七話 二人旅のはじまり
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朝の森は静かだった。昨夜の戦いが嘘のように、小鳥のさえずりだけが森へ響いている。
昨夜焼け焦げた木々を避けながら、二人は細い獣道を歩く。光線騒ぎがあった昨日とは違い、空気は穏やかだ。
いい天気の下で葉を踏みしめながら歩く。木漏れ日が上から降り注ぎ、小川のせせらぎが耳に心地よい。ディーメはきょろきょろと辺りを見回していた。龍の目線よりずっと低い景色で見る眺めは、何もかもが珍しい。
「......森とは、こんなにも賑やかなものだったか。」
倒木に生えた苔でさえも興味津々の様子だ。かがんで苔をさわるディーメはぽつりと呟く。周囲を警戒して伺いつつ、歩調を合わせてくれて見守るアルは聞き返した。
「え?」
「鳥も虫も植物も、生き物が多い。昔とは随分違う。」
アルはディーメのズレた規模のでかい冗談に慣れてきつつ、軽く受け流して笑った。
「昔って、ここはずっと前から変わらないだろ。それこそ千年くらいは前じゃないと。」
「うむ。」
何の疑いもなく頷くディーメ。
(......今の、冗談じゃなかったのか。)
ふざけているのか、それとも本気で千年以上前の情景を見てきたのか、いまだにミステリアスな彼女の言動に、アルは首を傾げる。2人はアルの先導のもと、ラウレルへと向かっていった。この調子なら今日中に到着するだろう__そう思った、その時だった。
ガサリ。
茂みが揺れた。小鳥や小動物ではない、ずっと大きな生き物の気配だ。
二人が同時に足を止める。空気が張り詰めた。
「......下がってて。」
アルが剣に手を添える。すっとディーメをかばう様に前へと出てきた。だが、ディーメも黙ったまま、アルの横に並び立つように、ずいっと一歩前へ出てきてアルの目をじろっと見た。守られる気はさらさらない、戦うつもり満々のディーメにふっと微笑む。
飛び出してきたのは2匹の灰色の狼だった。ディーメは肌でぴりぴりとした空気を感じる。魔力を帯びている、魔物だ。
しかし様子がおかしい。
ぎらりと黄色く濁って光った目。口の端から泡を吹きながら唸り声を上げる。
「グルルルル......!」
「フォレストウルフか。」
アルはするりと剣を引き抜くと、眉をひそめる。
「またか......。」
そして、心当たりがあるかのように、小さく呟く。
狼達は目前の人間達へと一直線に飛びかかった。
その瞬間。
「左へ。」
「了解!」
ディーメが発した言葉は一つだけ。それに対してごく自然にアルは返答して、剣を構えなおした。二人はまるで何年も組んできたベテランのようなやりとりだ。フォレストウルフが低く身を沈め、一気に跳躍する。アルは迷わず左へ踏み込んだ。
(今度は......負担が少ないように、細く、素早く!)
ディーメが一歩踏み込み、手をそっと向けて光の粒子を集める。アルとタイミングを合わせるように、息を合わせると、魔力を一点に放った。するとまた光のレーザーで迫りくる魔物の眉間を貫いた。まずは一体。フォレストウルフが撃ち抜かれてどさっと倒れる。隣で仲間が撃ち抜かれたことに怯み、一瞬、体勢が崩れたところを、
「はっ!」
アルの剣が一閃きらめき、魔物をズバッと切り裂く。
フォレストウルフは地面を転がり、そのまま動かなくなった。
「......。」
しばし空気が止まる。起き上がる気配や、増援はみられない。こちらの勝利だ。
「「終わったな。」」
二人同時に喋って、目を丸くする。
アルはふはっと、ディーメはくすっと顔を見合わせて笑った。
「お見事。俺たち初めて組んだとは思えないな。」
「うむ、なかなか悪くない働きだ。そなた随分と腕が立つのだな、剣筋といい本当にリアによく似ている。」
「はいはい、ありがとう。」
もはやディーメの冗談?を軽く受け流すのに慣れたアルは、「ほら」と片手をあげてディーメに促す。手を目で追いながら深く考えずに、片手をあげて真似をすると、
パチン。
「?」
挙げた手を叩かれて軽い音が鳴った。首をかしげるディーメに、からかうようにアルは聞いた。
「ハイタッチだよ。知らないのか?」
「はいたっち、とな。戦いにおいて意味が無さそうだが、勝利の儀式か?」
「ああ、そんな感じ。」
「なるほど、興味深いな。はいたっち、我もやりたいぞ。」
「いいよ、ほら。」
お姫様のご所望でアルはまた手をディーメへ向けた。
パチン。二回目の音が鳴る。
ディーメはじんじんとした手のひらを眺め、少し嬉しそうに目を細めた。人間同士でしかできないやり取りに、どこかご満悦だった。
子供を見守る親のような優しいまなざしを向けるアル。汚れた剣を布で拭いて別の話題を投げかけた。
「最近こういう魔物が多いんだ。」
「ほう?」
「フォレストウルフだってそう。本来なら、人を避けるくらい臆病な性格の魔物のはずなのに気性が荒すぎる。」
ディーメの顔から笑みが消える。
「それは、シルバーバジリスクもか。」
「ああ。あいつの場合は、こんなのどかな森にいること自体が異常なんだけどな。」
アルは森の奥を見る。
「だから、魔物もそうだけど、最近起きてる異変をいろいろと調べてるんだ。」
「それは、冒険者として行っているのか?」
「う~ん......半分はそうかな。」
アルは苦笑した。
「本当は別の理由があるんだ。」
「ほほう?」
興味津々にディーメは耳を傾けて続きを促す。が、アルは話題を変えた。
「......とりあえず、このままじゃマズいし簡単に始末しておくか。お前、魔物の解体はできるか?」
「そいつは覚悟を持って襲ってきたのだろう。順当だ、放っておけ。」
「このまま道において置いたら腐って迷惑だろ?」
「ならば喰うか、面倒な手間はかからぬぞ。」
「お、お前な......」
やりとりもほどほどに、アルは道からそれた目立たない個所に亡骸を簡素に埋めた。ディーメは不思議そうにそれを眺めていた。
「さっきの話だけど、」
ディーメがじっと魔物を埋めた方向を見る。処分をひととおり終わらせると、アルは話を戻す。
「俺は王子だ。」
「うむ。」
「王族として生まれた以上、俺には国を、国民を守る責任がある。」
アルは空を見上げた。
「そのためには、危機に対して向き合うべきなんだ。......これは俺の考えなんだけど、各地で魔物が急に凶暴化している。偶然にしては出来すぎてる。だから俺は__」
「......。」
少し息をつく。
「遠い大地で封印された魔王軍が、また動き始めているんじゃないかと思ってる。」
ずっと音沙汰の無かった魔王が動いている。そんなおとぎ話のような話に、馬鹿にするでもなく、ディーメは足を止めた。
「もちろん証拠はないし、笑われるような話だ。でも俺には、そう思えて仕方ない。」
かつて、英雄リアとともに戦を起こした相手。ヴェルディアの民を苦しめ続けた張本人。あのとき戦ったのは、軍の幹部だったが、あれきり音沙汰はなく、今になってようやくなぜか動き始めたというのだろうか。ディーメは黙って見つめていた。英雄リアと同じ目をした青年に。
「父上にも報告はしているし、調査隊も各地へ派遣されている。でも俺は、自分で見たものしか信じられない性分なんだ。何が起こっているのかこの目で確かめたい。」
ディーメは目を細め、その決意に満ちたまなざしを懐かしそうに眺めた。
(......この無鉄砲さ、やはりこやつは、リアの血を引いておるな。しかし魔王か、嫌な予感がするな。)
ぴりぴりとした魔力の感じといい、アルの真剣さといい、嫌な予感は同じように感じていた。
2人は次第に比較的整えられて開けた大きな整備された道に出た。ラウレルへはここをまっすぐ向かえば着きそうだ。2人は割と気心が知れて仲良くなりつつあった。歩きながらアルが尋ねる。
「そういえばディー、あの光魔法、でいいのかな?」
「うむ、我が光魔法だ。」
ディーという省略された名前には、特に気にも留めずに、ディーメは何気なく答える。
「何だ?」
「あれ、人前では使わない方がいい。」
「なぜだ?」
「う~ん、今のご時世、光魔法はほとんど存在しないから、かな。」
「......。」
「王宮魔導士でも一生見られない人がいるくらい珍しい。俺も父上も謁見されたことはあるが数えるくらいだったし」
「それはまた少ないな。目立ちまくりで視線をひとりじめ、だな」
「ああ、目立ちまくりひとりじめしまくりだ。お前はそのことを知らないみたいだし、あれはいざという時以外は見せないほうがいいぞ。」
しっかりと窘められると、ディーメは少し考える。
「そうか、聖女達が居たころとは違い、光は気安く使えないようだな、なんと不便な........。とすると、今は何の魔法が流行りなのだ?」
「流行って訳じゃないって。そうだなぁ、思いつくものだと、水とか火はやっぱり得意とする魔法使いは多いかな。あとは土魔法に、風魔法とか。」
「風?」
「ああ、基本的な4大魔素として、魔法の授業では基本的なものとして学ぶし。」
「なるほど」
ディーメは頷いた。
「では今後、我は風魔導士を名乗るとする。」
「切り替え早いな。不便だーって言ってたし光しか使えないんじゃないのか?」
「ふん、使えぬなど申しておらんわ。そのくらい使えるぞ。」ディーメは自信満々に指をくるりと回した。
びゅうう
「......なら問題ないな」ディーメは得意げに、しばらくその場で風を旋回させて見せびらかした。髪や服があっちへこっちへと、ばさばさ揺らされる。コントロールも精密だ、これなら魔術師として腕は疑われないだろう。物の知らなさは怪しまれそうだが。
ぼさぼさになったディーメの髪を、優しく手櫛で整えながら、アルが不意に言う。
「ディーメ。」
「うむ。」
「俺と組まないか?」
手で髪を撫でつけられておとなしくしていたディーメは、自分より背の高いアルへ目線を上げて顔を見た。
「今、そなたと我は組んで街へ向かっているぞ?」
「はは、今後も一緒に旅をしないかって訊いたんだ。」
アルは照れくさそうに笑う。冒険者として、誰かと仕事を一緒にしたことはあったが、ずっと一人で行動するようにしていたアルの、初めてのお誘いだった。
「さっき戦って分かったんだ。」
「?」
「君は強い。」
「ああ。」
「......否定しないんだな。」
「ふふん、事実だろう?」
「そうだな、だが同じくらい君は世間の常識を知らない。」
「......」
「事実だろ?」
相も変わらず尊大な態度だったが、痛いところを突かれてうぐと黙った。アルは笑って続ける。
「ははっ、それで今、旅を続けているんだが、後衛の仲間がいると心強い。」
「うむ。」
「ディーメ、もし良かったら、俺と一緒に来てほしい。一緒にいると不思議と安心するんだ。」
そして、彼はなんだか勘違いしそうな大胆な言葉で仲間へと勧誘した。アルはなかなかのイケメンと世間でももっぱら有名だ。そんな色男に告白まがいに口説かれたら、普通の女の子は顔を真っ赤にしてしまうだろう。だが、ディーメはあくまでも冷静にうーんと考えこむ。
「ふむぅ......。」
「返事は急がなくていい、考えておいてくれ。」
「分かった。そなたの決意に応じてしっかりと考えておくぞ。」
「ありがとう、今はそれで十分だよ。じゃあ行こうか?」
なぜか意味深に聞こえる言葉に対して、ディーメも大真面目な返事を返して街へと向かった。
太陽も半ばを過ぎたころ。鬱蒼と生い茂っていた木々が途切れる。視界が一気に開けた。街が見えてきたのだ。
石畳で舗装された大きな街道の先には、高い石壁がそびえ立ち、旗が風にはためいている。龍ゆえに鋭い五感は、遠く離れた街の気配さえ捉えていた。焼き立てのパンの香り。肉を焼く匂い。人々の笑い声。賑やかな暮らしが風に乗って運ばれてくる。
「見えた。」
アルが微笑む。
「あれがラウレルだ。」
ディーメは目を丸くした。
「......こうしてみると、ずっとずっと大きく......賑やかだな。」
人生ならぬ龍生で初めて見る人間の街に胸が高鳴る。尻尾があればぶんぶんと振っていただろう。
「......さて。ディー、身分証はあるか?」
「?」
「......ないのか。」
苦笑するアルに、ディーメは胸を張る。
「あるわけ無いだろう。我だぞ?」
「そうだよなあ......お前だもんなあ......」
そんなものなくても我の威厳ならば十分分かるはずだ、とディーメは胸を張る。が、アルは違う様に解釈したらしく額を押さえた。
「俺が何とかするよ。」
そして二人は街門へたどり着いた。門の前に立ついかめしい顔の門番と目が会うと、門番はアルに反応してパッと表情を明るくした。
「アル!帰ってたきたのか!無事だったようだな」
「ああ、ただいまウォルト。なんとか帰ってこれたよ。」
「森の方角で昨晩でっけえ光線が出たって、街じゃニュースになってたんだぞ!?何か巻き込まれたのか?」
「魔物が出没したんだ。いや~、危なかった。」
「その割には随分と元気そうだな.......まあ無事で何よりだが。」
この門番も、彼が王族と知らない割には気さくに接している。身分なくしても、アルの人徳がなせる人好きオーラがあるのだろう。そういえばあの剣士も人たらしだったなあとディーメは思いを馳せた。
世間話もほどほどにすると、門番はディーメの方を見た。フードから見える金の髪や裸足の肌は、発光しているかのように白い。明らかに異様な見慣れない風貌だ。
「あーっと......アル、彼女は?」
アルはいつものように笑いながら説明した。
「先ほど保護した、旅の者だ。どうやらその魔物に襲われて命からがら逃げ出してきたそうだ。」
「おい、我は逃げたのではない。勝ったのだ。」
「はいはいそうだな、それで荷物をまるごと無くしたらしくてさ。」
不服そうなディーメを軽くあしらって黙らせる。
「身分証も紛失したらしい。街で再発行の手続きもしたいから入れてくれないか?」
「そういうことなら構わないぜ、あんたも災難だったな。」
「............うむ..........。」
門番はアルの説明に信頼してくれたようだ。門番は仲間に合図を送ると、あっさりと通してくれた。
門の前に立つと先ほどのやりとりでむすっとしていたが、ゴゴゴと開かれていく巨大な門を見上げて目を輝かせた。アルはほおおぉと、感嘆の声を上げながら見上げるディメトロに微笑んで紹介する。
「ようこそ、ラウレルへ。」
「おおお......!!」
そして、ディーメはラウレルの街への1歩を踏み出した。
いよいよ街へと到着しましたね!ディーメは天然で、アルは天然たらし。アル本人は口説いている自覚はまったくないです。次回!ラウレル編!




