第八話 龍、初めての街歩き
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巨大な門をくぐると、ディーメは目を丸くして驚いた。そこは門越しで聞くよりもずっと色彩豊かで、音にも満ちており、まるで別世界だった。
石畳の大通りを、人々が絶え間なく行き交う。
「安いよ安いよー!」
「焼き立てパンはいかが!」
商人たちの威勢のいい呼び声が通りに響く。広い石畳では、荷馬車がゆっくりと道を進み、子どもたちが笑いながら駆け回る。
香ばしいパンの匂いがする。ほかの店の焼き肉の香りや果物の甘い香りも混ざって鼻に届くが、気持ち悪くはならない。むしろ食欲を強くそそる匂いだった。遠くから響く鍛冶屋の金属音もする。五感すべてに訴えてくる世界だった。森しか知らなかったディーメの世界へ一度に何もかもが飛び込んでくる。
「............おお。」
ディーメは、人の多さと街の活気に思わず立ち止まった。
世間知らずの田舎者を見るあたたかいアルのまなざしに気付かずにディーメは興奮した様子でばっとアルの顔を見る。てっきり「人が多いぞ!」とか「家がいっぱいだ!」といった、田舎者あるあるな反応をするかな~と予想していたら、ディーメは、
「朝早くに出立したのに、もう太陽があんなところへ傾いでいたぞ、歩くのは随分と時間がかかるんだな。」
「最初の感想がそれかよ、しかもあそこからだと割と近いぞここ。」
「そういえば随分と賑わっているな、今日は祭りの日なのか?」
「おっ、1拍遅れて予想通りの反応。そんなに珍しいか?」
「うむ、森とは全く違う。見ていて飽きぬな。」
アルは口元を緩める。
「なら今日は観光だ。報告も後でいい。」
そこからのディーメは止まらなかった。大昔、人が集う王国をこの目で見たことはある。だが、あの頃とは比べものにならない。僻地とは思えない人の多さは、ディーメを驚かせるには十分だった。
「アルよ、あの家からパンの匂いの煙が出ているぞ!食べていいか!?」
「パン屋だな。お金払わないとだぞ。てかついさっきも携帯食食べなかったか?」
「あれは?うまそうな果実がずらりと並んでいるぞ!あんなに熟していては早く食べないと腐ってしまうではないか。」
「八百屋だな。どうどう、駆け出そうとしない。あと店前で腐るとか言っちゃダメだぞ。」
「あっちからいい匂いがするぞ!あの匂いはなんの匂いだ?」
「あの匂いってどの匂いだよ。てかお前食べ物の話になるとキャラ変わるな~。」
アルはそのたびに返事をしながら、時にぐいと腕を引いて静止したりしつつその後ろを歩く。朝は楚々としていた彼女が、街へ入った途端、この有様だ。はいはいと、後を着いていくが、新鮮な反応を見せるディーメをほほえましく思いつつ好きなようにさせている。じつに面倒見のいい男である。
ディーメ本人はいたって真剣である。だからこそ、その反応が微笑ましい。
店先へ近づいては目を丸くし、作業をしている職人の仕事を見ては感心して、相手に物怖じせずに質問し、露店の商品を見つめては「ほう......」と唸っている。
そんな風にあっちへこっちへとふらふらしていると、不意に女性から声がかけられた。
「ちょっとそこの裸足のお嬢さん!服はいかがかい?」
服屋の店先で立って呼び込みをしていたことから、服屋の店員なのだろう。ハテナを浮かべながら顔を向けると、その容姿にさらに店員は感嘆の声を上げる。
「あらまあな~んて可愛いらしい子なの!」
「ぬ?」
「おはだスベスベで真っ白じゃない!」
「ふふん、我のウロコは溶解液すらも弾くほど強靭だったゆえ、な」
「髪の毛も綺麗ねぇ、見たことない色してるわ~。」
「ふふふん、見る目があるな。」
「でもそのローブ、土にまみれてくすんだ色でボロボロじゃないの!こんな色じゃあなたの良さを引き出せないわ、ちょっとこっちへ来てちょうだい!」
ディーメの言葉は聞こえていないようで、大興奮でディーメをつかんだまま、店の中へ引きずられていく。ディーメも店員の言葉を後半は聞いておらず、まんざらではない顔で「スベスベの肌......綺麗な髪......悪くないな」とかみしめるように誉め言葉に頷いており意にも介さずズルズルとひっぱられていく。
あっという間に店へと姿を消したディーメ達を目で追い、遅かれ服は調達するつもりだったしまあいいかと、アルは思う。
「......ボロボロにしてるのは、活動するときに魔物に色味とか匂いとかでばれないために、あえてカムフラージュしてるんだけどな.......。」
土にまみれてくすんだボロボロのローブの持ち主のアルはひそかにため息をつきながら、遅れて入店していった。
服屋の中は色とりどりの布であふれていた。店内の雰囲気も良く、景気のいい店らしい。赤・青・緑のもの。そして刺繍入りのものやレース付きのもの。布だけではなく、既製品の服も並べてあるらしい。ローブしか知らないディーメにとっては、すべて未知の世界だった。
「これは......全部着るのか?」
「そうよ。」
「紐が多いな。」
「かわいいでしょう?」
「足を隠すのか。」
「足は隠すのよ、ヤダもうお客様ったら~!あなた上背があるからきっとよく映えるわ~。」
いつの間に増えた店員たちは、物珍しげに訊いてくる彼女に、くすくす笑いながら着替えを手伝う。
しばらくして、ディーメが試着をして部屋から出てきた。街娘が着るようなシンプルな丈の長いワンピースにパンプスを履いている。ふわふわの薄い色の髪に、濃い色合いのワンピースがとてもよく映える。森を徘徊していたため、よく見ると汚れがついていた髪も、簡単にまとめ上げられていて白いうなじがよく見えた。こうして見た目を整えると、ボロボロの姿だったディーメは、まるでお忍びで街へ来た貴族の令嬢のようにしか見えなかった。店員さん達は磨けば光る素体を磨き上げた事に、わっと黄色い悲鳴を上げる。
「きゃ~似合う~!こっちの色も試してみない?」
「かわいい!お人形さんみたいね!」
ディーメはきょとんとしていた。
「?」
彼女には何が起きたのか分からない。服を言われるがままに着て、されるがままに髪を整えられ、鏡の前に立たされても、「なるほど、手先が器用なのだな。ありがとう。」くらいの反応である。食べ物の時よりかなり反応が鈍い。
(本人だけ分かってない。)
見違えるほど変わったディーメを見て、アルは苦笑しながら財布を取り出した。
「これください。あと、動きやすい服も何着か見繕ってやってください。」
「は~い!あら、この子の彼氏さん?」
「違います。」
アルが即答する。ディーメもカレシ?をよく理解せずに頷いた。
「うむ。我はまだ返事をしておらぬ。」
「だから違うって。」
「違うのか?」
「違う。」
店員さんは訝しげに首を傾げた。
「???」
ややこしいやりとりがありながらも、アルは店員さんと会計をどんどんと進めている。ありがとうございました~とほくほくしている店員さんを見て、はっとしてディーメが駆け寄った。
「待て、我が払う。」
「金あるのか?」
「............無い。」
「だろ。」
少しだけ肩が落ちる。犬なら尻尾を垂らしていただろうその様子がおかしくてアルは笑った。
「たとえ俺と手を組まなかったとしても、必要だからな。ひとつ貸しってことで。稼いだらなんか奢れよ~?」
「......恩が増えたな。」
ディーメは静かに呟く。
「ああ、必ず馳走しよう。」
「返さなくてもいいって。」
「いいや。」
しょげドラゴンしていたディーメは、目をきりっとさせて表情を変えると、真っすぐアルを見る。
「受けた恩は返す。それが我の流儀だ。」
アルは少しだけ目を細めた。
(こいつ、本当に真面目なんだな。)
身なりを整えたディーメは、通りすがりの人がちらほら振り返るくらいには魅力的だった。歩き姿もすらりとして優雅で人目を惹く。アルはそんな目立つディーメに、前から気になっていたことを話した。
「そうだ、ディー、その髪なんだけど、街じゃかなり目立つ。」
ディーメは首をかしげる。頭を傾けると、白金を溶かしたような髪が光を受けて淡く輝いた。
「む?珍しいのか?」
「ああ。」
「街中では出来るだけ隠した方がいい。」
「うむ......分かった。」
ディーメは言われるがままに買ったフードを被った。
店を出ても、大はしゃぎの社会科見学は終わらない。
「あれは何だ!火を噴いているぞ!ブレス攻撃か!備えろ!」
「大道芸だよ。覆いかぶさって守ろうとするなって、ありがとうな。」
「あれは!なんて色だ!毒か!?食えるのか?」
「リリゴ飴。果物に砂糖かけたものだよ。店の人に聞こえるぞ。ああ申し訳ない、1つ買い取らせてくれ。」
「あれは!異様にちんまりフワフワしてる生き物だ!なっこれは食うな!アルから貰ったリリゴ飴だぞ!」
「犬だな。フォレストウルフと同じくくりの生き物だが危なくないぞ」
「ほう、我の見てきた犬とはずいぶん違う。これもまた愛しいな。むっだから飴は舐めるな!」
犬を見てしゃがみ込む。今までこんな小さな生き物にじゃれられたことも無かった。わたわたしているディーメに思わず吹き出す。リアクションが心から驚いて感心していることが伝わり、好感が持てた。
そんなこんなでアルの話に耳を傾けながら、時に街の人と交流しながら散策を続けていった。無尽蔵に駆け巡っていた様子だったが、しばらく歩くと。
「............。」
ふとディーメの足が止まる。
「疲れたか?」
「そうだな、今は.......。」
一拍置いて。
「腹が空いた......。」
ディーメは少しだけ肩を落とす。アルはふはっと笑った。
「飴だけだったもんな、そろそろ休もう。」
昼過ぎに入った食堂は、木造の落ち着いた内装をしており焼き立ての料理の香りが漂う。昼食の客ラッシュから過ぎたくらいの頃合いで、そう混んでいないほどよいタイミングで入れた。ディーメは、アルが適当に頼んだ食事を、見慣れない食器で悪戦苦闘しながら一口食べる。
「こ、これは............!美味いぞ!」
「だろ?」
「これはアレだ!”しぇふを呼んでくれ”だ!」
「とりあえず今は落ち着いて食べろ。」
アルは苦笑しながら見守る。ディーメは森では味わえなかった人間の料理を夢中で食べ進めた。これまで見てきた中で一番目が輝いている。ほんとうにおいしそうに物を食べるなあと微笑んだ。
食事が一段落すると、アルは湯気の立つ紅茶へ目を落とした。むしゃむしゃと追加で頼んだ肉料理をほおばるディーメとは対照的に、カップの持ち方ひとつとっても品がいい。貴族らしい品格が隠せなかった。
「さて、ずっとはしゃいでた様だけど。初めてのラウレルはどうだった?流石に疲れたか?」
「ああ......疲れはした。」
ディーメは素直に頷き、ふっと愛おしそうに笑う。
「だが、面白い。人の営みとはこうも賑やかで、豊かで、美しいものだな。」
その一言だけで十分だった。アルは少し安心したように笑う。
「街も、旅も、まだまだこんなものじゃないさ。」
少し照れくさそうに頭をかく。
「それで、俺と仲間になる話なんだけど、まだ考えてくれてるか?」
「ああ、考えている。」
ディーメは頷いた。
「だが、我はまだ人を知らぬ。街へ来て今日一日で、それを痛感した。知らぬものを守ると約束するほど、我は軽い性分ではない。それ故に、もう少しだけ見極めさせてくれ。」
やはり変に大真面目で義理堅い。
「そういう返事をすると思ってたよ、だから急がないさ。お前が納得した時でいい。」
その真面目さに、ふっとアルは微笑んだ。
「だが、ディーが困ってたら助ける、それくらいは仲間候補の特権ってことで。」
「ああ。」
「お待たせしました~、こちら特盛パンケーキでございま~す」
「む!」
二人が目を合わせて笑いあうと、若い店員がディーメのための追加の料理を運んでくる。ディーメははっとして自然に立ち上がった。女性にしては高い身長で店員の女性の手を取ってゆるやかに微笑む。
「しぇふに伝えてくれ。実に美味であった。そなたの働きも見事だな、これからも励むがよい。」
一切照れもなく、よどみなく述べた。店員の手をとり、大輪の花が咲くような華やかな笑顔を向ける。穏やかな口調はまるで王が民へ言葉を掛けるようだった。
「えっ......。」
店員さんは営業スマイルが一瞬固まり、
「あっ、ああああありがとうございますううう!」
顔を赤くして戻っていく。アルはその背中を見送り、心のなかでツッコミを入れた。
(......”まだ人を知らぬ”って言ってたけど、俺より距離詰めるの早くないか?)
「どうした。」
「いや、何でもない。それ食べ終わったら時間もいいし、そろそろ店を出ようか」
「うむ!この食事の借りも5倍にして返すぞ。」
「5倍は凄いな、どういたしまして。」
店を出ると、日ももう沈みそうだった。昨日は初めての人間生活でいろいろあったというのに、今は人里で未知の体験に遭遇してばかりだ。ディーメはほうと息をついた。
「今日は宿を取ろうか。」
「宿?」
「泊まる場所だ。『銀鱗亭』って名前の贔屓にしているところがあるんだ。」
「ほう。」
「あと、ギルドにも寄って報告しないとな。」
「ぎるど?」
「冒険者が仕事を受ける場所。」
冒険者という言葉を聞いたその瞬間。ディーメの目がきらりと輝いた。
「我もやる!」
「え?」
「冒険者!魔物を戦う仕事だろう?我に適しているし面白そうだ!」
アルは笑った。
「魔物討伐みたいなハデなのばっかじゃないけどな。おそらく、お前でも登録できると思うぞ。身分証にもなるしほんとにうってつけだな。」
「では決まりだな。」
夕日に染まるラウレルの街で、二人はギルドへ向かって歩き出した。
初めての街で終始テンション高めなディーメでした。次回はいよいよ冒険者ギルド編です!




