六話 プリンスボーイ・ミーツ・ドラゴンガール
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木漏れ日が頬を照らす。焚き火の薪が、ぱちりと小さく爆ぜた。
鼻をくすぐる草の匂い、鳥のさえずり。
そして__
「......。」
重い瞼をゆっくりと持ち上げた。光線を放った直後から記憶が途切れている。ディメトロはすっきりとした頭で状況を整理した。
見慣れない天井。いや、建物の中ではない。木々が揺れている。
「......森?」
感じる土壌の魔力から、どうも同じ森で目覚めたらしい。だが何か違和感がある。上半身を起こそうとして、肩からずり落ちた毛布を掴むと、声が聞こえた。
「目が覚めたかい?」
穏やかな男性の声だ。すぐ近くから投げかけられる。
視線を向こうにやると、見知らぬ青年が焚き火へ小枝をくべていた。焚き火では小鍋から湯気が立ちのぼっている。
緑色の瞳と柔らかな笑みが印象的な、人好きする若い青年だ。
こちらを見て、安心したように息を吐く。
「よかった。一晩眠ってたから、心配したんだよ。」
第一魔物__ではなく、第一村人?との邂逅に、ディメトロはぱちくりと瞬きを繰り返した。
「......そなたは?」
「昨日、森で君を見つけて、ここまで運んだんだ。勝手に運んでしまって迷惑だったかな?」
そう言って青年は頭をかく。警戒していると思われたのか、非礼を詫びるような声音だった。じっと凝視したまま考えていたら、警戒していると誤解されたらしい。
どうやら、現代の言葉は読みはちんぷんかんぷんだったが、会話はできるようだ。新たな知見とともに、ディメトロは安全な場所まで運んでくれた恩人に首を横に振る。
「いいや、あのまま野ざらしで倒れたままでは我はどこぞの魔物に齧られていたやもしれん。そなたのお陰で助かった。礼を言うぞ。」
青年は少し目を丸くした。大昔を舞台にした劇でしか聞かないような、妙に古めかしい口調だ。だが、心から感謝を述べていることは分かる。青年は素直な彼女にふっと笑った。
「そっか、ならよかった。」
無事な様子を確認すると、心配げに続けて尋ねる。
「そうだ、身体は?ケガをしてたみたいだけど、痛むところはないか?」
ディメトロは腕を見た。擦り傷がなく、石になっていた右脚も動く。
「ああ、どうやらもう治ったようだな。」
「昨日見つけた時、足が石になっていたんだが、本当に異常はないかい?」
「これしき、一晩寝れば治る。」
青年の心配そうなさわやかイケメンフェイスが思わず固まる。
「............寝れば治る?」
「うむ、あの程度の差し障りなぞに遅れをとるほど柔ではないわ。」
(あの程度って、どんな体してんだこいつ......)
思わず心の中で素の口調でツッコミそうになったが、あくまで好青年の表情のままで顔には出さない。
「......へぇ、丈夫なんだね。」
「普通のことよ、大したことではない。」
(寝るだけで石化が解けるのは普通じゃないだろ。自己治癒ができるなんて、まさか魔物か?)
どっしりとして質問に答えるディメトロを訝しみつつ、気を取り直してアルは質問をする。
「君、一体どうしてあそこに居たんだい?聖龍の森なんて地元の人でも、ましてや一人でなんて行かないのに。」
「む?聖龍の森......?ここら一帯はそう呼ばれておるのか。」
「え?あそこは光龍ディメトロ様ゆかりの聖地として有名だけど、知らないで入ったのか?」
驚く青年をそのままに、ディメトロはおそらく自分のことを指す聖龍の森という言葉に引っかかっていた。
(そうか、おそらく数千年もの時が流れた今でも、ディメトロの名が今も残っておるのだな。......これは我が名は迂闊に名乗れんな。よし、今後は気を付けるか。)
混乱を防ぐためにも光龍ディメトロという素性は隠すようにしよう。決意を新たにディメトロはむんとうなずく。話をする度に逐一静止して考え込む、様子の変な彼女に対して青年は疑問符を浮かべる。
「もしかして、君、記憶喪失なのかい?自分の名前は言えるかな?」
ディメトロは名前を聞かれて胸を張る。
「ああ、我が名は光龍ディ__」
決意も空しく、ついあっさりと名前を言いかけてディメトロは固まった。高尚なる龍の彼女には素性を隠す選択肢がすぐ出てこないのだ。
「............。」
「............。」
凛々しい表情のまま止まるディメトロと、いよいよ信じられない言葉を聞いて眉を顰める青年。2人の間で気まずい静寂が流れる。
ざあああっ、
ぴちちち、
ちゅんちゅん。
昨晩は光線での騒ぎなど騒動があったのに、今日も聖龍の森はとても穏やかな雰囲気に包まれていた。木々は揺らめき、小鳥はさえずる。豊かな大自然は何もかもを受容して受け入れてくれる。
「ディーメ。」
静寂を打ち破ったのはディメトロだった。
「ディーメと言う者だ。旅の魔導士をしている。昨日は運悪く魔物に出くわしてしまい、自衛のために交戦したのだ。」
「さっき光龍ディメトロって」
「言い間違いだ。名前が似ていた故うっかりと、な。そういえば、そなたの名も聞かせてもらえるか。」
「......。」
(危なかった。ふふん、うまく誤魔化せたようだな。)
ディメトロはつらつらと言い直し、何も言い返さない青年の様子を見て納得したか、と心の中で胸をなでおろす。だが、それに対して青年は、
(いや、今"光龍ディメトロ"って言ったよな?話変えてきたけど誤魔化せていないし。)
ツッコミどころの嵐である。吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。違和感を指摘して、正体について厳しく詰問もできたはずが、彼はそれに目を瞑って話を流すことにした。なぜか初対面なのに居心地がいい彼女に、つい甘くなったこともあるのかもしれない。それに、自分も誰にも話さない隠し事があるので、同情する心もあったともいえる。この男、かなりのお人よしである。
「了解。俺はアル、冒険者だ。よろしくな、ディーメ。」
「ああ、よろしく頼むぞ。」
(よし、切り抜けた。)と一人会心してうなずくディメトロ__もといディーメだった。この瞬間から「謎の女魔導士ディーメ」は誕生した。アルと名乗る青年はうんうんとうなずいているディーメに、先ほど聞き流した単語について訊く。
「そういえば、足が石化してたようだが、ディーメ、あんたは、魔物に__シルバーバジリスクに襲われたのか?そいつと戦ったような口ぶりだったが。」
アルの先ほどより距離の縮まった砕けた口調での問いに、ディーメは鷹揚にうなずく。
「うむ。大きな蜥蜴がおってな。お互いにちょいと魔法を撃ち合ってな。」
「......ちょいと?あの森を焼いた光魔法はお前が撃ったのか?」
「ああ、我が勝ったぞ。」
誇らしげにふふんと胸を張るディーメ。
「......それはよかったな。」アルは驚いてそう言うことしかできなかった。奴が何体いるのかは不明だが、もはや調査どころではない。ギルドへ報告する必要がある。
「あれから飲まず食わずで戦ったなら疲れただろ。ほら、飲めるか?」
「うむ、褒めて遣わすぞ。アル。」
「どういたしまして、お姫様。」
水を受け取ったディメトロはじっとアルを見る。アルの手入れの行き届いた剣に無駄のない所作、そしてこの水筒と言い質の良い道具。しばし逡巡したのち、納得したように少し笑った。
「なるほど。お主、王族だな?」
「............え?」アルは目を丸くする。
「違ったか?」
「そうだよ、さすがにそんなわけ.............いいや、合ってるよ。」否定しようとしたが、なぜか途中であっさりと認め、アルは両手を軽く挙げてお手上げのポーズをとった。
「どうして分かった?これまで俺の正体に気付いた人は居なかったんだが。間違ってるかもしれないのに王族だ、なんて言い切るなんて、あんた大物だな。」
その度胸にびっくりしたアルを尻目に、ディメトロはつらつらと述べる。
「まず所作、立ち方、言葉遣い。幼い頃から教育を受けた者の動きだ。おそらく貴族だろうと見受けられたからな、それに......。」ディメトロはちらと目線を送る。
世間知らずなお嬢様かと見くびっていたらしっかりとこちらも観察されていたことに、アルは内心舌を巻いた。続けて、とディーメの視線に目だけで先を促す。ディーメはなおもアルを見据える。作り物めいた容貌から発せられる鋭い眼光は、人ならざる威厳を放っていた。
「それに、その澄んだ緑の目や、笑った時の口元。昔の知人によく似ておる。その者は王家を興した男でな。」
「え?」
ディーメは固まる。そして言い直した。
「......その一族に連なる者だった。ならば子孫、それも王族かと思ってな。どうもその様子を見るに合っているようだ。」
(顔立ちもよく似ているとは思っていたが......リアよ、そんな偶然あるのだな。)
自信満々なディーメにふっと柔らかく笑うと、改めて自己紹介をした。
「ああ、そうだ。俺はアルヴィン・レオンハルト・ヴェルディア、ヴェルディア王国の王位第四継承者だ。これは秘密だったんだがな。このこと、誰にも言わないでくれないか?」
王族であることを明かされたにも関わらず、尊大な態度を変えずにディメトロはうなずく。
「任せよ、我も素性を隠しておる。これは所謂あれだな、”脛にキズのある者同士仲良くやろうではないか”、というやつだな?」
「っはは!使い方間違えてるぞ。隠し事っていうのは......君の光魔法や、その治り方と関係あるのか?」
探りを入れてくるアルに、ディメトロの目がわずかに細くなる。
「......気になるか?」
「ははっ、いいや?君が言いたくないことなんだろう?悪人じゃないのはなんとなく分かったし。」
アルはあっけらかんと答える。ぽかんとするディーメ。
「じゃあ約束しよう。俺は君が隠したいことは聞かない。だから君も、俺の秘密は黙っててくれないかい?」
ディーメは少し驚く。
「......よいのか?」
「いいよ、話したくなったら話せばいい。」
この一言を受けてディメトロが黙る。
(......剣士も、そういう男だった。)
そこで初めて、見た目だけではなく、英雄リアの面影をアルに重ねる。でも口には出さない。ただ小さく笑って、
「うむ、約束だ。」懐かしそうに眼を細めた。
簡単な食事を済ませた後、話しているうちに、二人とも街を目指していることが分かった。アルは何も知らないディーメを心配して、最寄りの街、ラウレルまで送り届けることを提案し、ディーメもそれを喜んで受け入れた。
「どうも目的は同じなようだ。では、街へ行こう!」
ディーメは勢いよく立つ。ずるっ。勢いに合わせて肩から服が落ちる。
「む?」きつく帯で縛っていたダルダルの服が、帯も結び直され、服もきちんと着せ直されていた。思わぬ露出で首をかしげる。
アルは一瞬だけ目を逸らして、咳払いをした。
「......ディーメ、服なんだけど、そのままだと歩きにくいと思う。」怒らないし焦らない。見ないで、あくまで自然に指摘をした。
ディメトロは一瞬の沈黙ののち、
「そうだな、ありがとう。」
しれっとずり落ちた襟を持ち上げて服を直す。どうやら昨夜、治療のためアルが緩めて結び直してくれていたらしい。アルは続けて言う。
「あと、昨日ちょっと傷を診るために失礼した。本当にごめん。」
「?肌を見られるなど気にせぬぞ。先ほども申したが、我は助けてもらったのだ。むしろ礼を言わせてくれ。」
(助かった......)アルは内心安堵した。
とにかく、街で服を調達することにし、ひとまずはアルのもってきたローブを羽織らせてもらった。そして一行は、荷物をまとめると、街へと出発することにした。ディーメは尋ねる。
「ところで、街とは楽しいのか?」
アルは答える。
「楽しいよ。ここの街は食べ物もうまい。」その言葉にディーメは目がキラキラと輝いた。
「!!肉はあるか?」
先ほどの簡素な朝食も嬉しそうに平らげていたことといい、どうも食べ物に目が無いらしい。アルは食い気味の返事に笑う。
「ある。いっぱいある。」
「よし、急ぐぞ。」
ずんずん歩いていく。
「ディーメ、そっちは街じゃないよ。反対だ。」
「む?反対だったか。」
「ははっ。」
自然に笑う。アルは、
(なんでこんな初対面なのに、こんなに一緒にいて楽なんだろう。)
表情は毅然としたまま、るんるんとしたオーラを放つディーメのその横顔を見ながら、少しだけ胸の奥が温かくなる。
ついに2人の出会いのシーンです。うっかりやなディーメとスルーしてあげるやさしさのアル。このコンビなんだか愛おしいですね。沈黙をも覆いつくす森はいいぞ。




