五.五話 森で出会った少女
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「シルバーバジリスクの調査依頼?」
依頼書を手に取った青年は、思わず眉をひそめた。
ヴェルディア王国の外れの街、ラウレルのとある冒険者ギルド。田舎町ではあるが、光龍ゆかりの地に近いことから参拝客も多い。森に宿る豊富な魔力のおかげで農耕や狩猟も盛んで、街は外れとは思えないほど活気づいていた。
そしてその街のギルドの依頼掲示板には毎日さまざまな依頼が並ぶが、危険度Bランクの魔物調査となると珍しい。ましてや依頼の場所は、聖龍の森。千年前、英雄リアと光龍ディメトロが魔王軍最高幹部と激突したと伝わる、王国屈指の聖地だった。
「最近になって目撃情報が増えているんです。」
顔馴染みである明るい茶色のボブヘアの受付嬢は困ったように依頼書を差し出す。
「依頼形態としては、討伐というより調査になりますね。数も分からないし、本当にあのシルバーバジリスクだとすると危険度も未知数でして......。冒険者として信頼の高いアルさんに調査を行っていただいて情報を詳細なものにしたのちに、ギルド本部で討伐隊を指名、編成して討伐依頼を発注する予定です。」
「なるほど。」
青年__アルは依頼書を受け取ると、透き通った緑の目を柔らかく細めて小さく笑った。
「わかった、もし街の方へ降りてきたら心配だもんな。様子だけ見てくるよ。」
そして野営の準備も整え、アルは森へ足を踏み入れた。聖龍の森は相も変わらず安穏としており、自然豊かで木漏れ日が揺れる。
昔から「聖龍の森」と呼ばれるこの場所は、独特の動植物や魔物の生態系となり、今では人を寄せ付けない静かな森になっている。
アルはこの森が好きで、幼い頃から何度も訪れている場所だった。
理由は自分でもよく分からない。なぜかここへ来ると、懐かしい気持ちになる。アルはふっと顔をほころばせた。
アルは若いながらも実力があるソロの冒険者だ。まんべんなく高いスキルと仕事がしやすい人柄から高く評価されている。もっとも、それは表向きの顔にすぎない。
なんとその正体は、このヴェルディア国の第四王子、アルヴィン・レオンハルト・ヴェルディアだ。もっとも、王城よりもギルドにいる時間の方が長いと、彼をよく知る者や騎士たちにはよく呆れられているが。そんな掴めない性格の彼には、更に誰にも話していない秘密が一つだけあるが、それはまた別の話。
この間も、久々に王都に帰った際にばあやからは、「せめて王家の護衛をつけてこまめに連絡をくれたり、良い伴侶に恵まれて国のために身を固めて働いてくれないか」と涙ながらに訴えられたことを思い出し、苦笑する。
その瞬間だった。
恐ろしいプレッシャーが森を埋め尽くし、空気が重くなる。アルは周囲を思わず見回し、すぐ後に見えたものに愕然とした。
空そのものを貫くような白い閃光が走る。次いで、大地を揺るがす轟音。
遅れて押し寄せた爆風が枝葉を激しく鳴らし、アルは思わず腕で顔を庇った。
「......なんだ、あれ。まさか......依頼にあったシルバーバジリスクが出た方角か?」
アルは腰に差した、家宝の肌身離さず持ち歩いている剣を思わず確かめる。
「頼むから、大事になってないといいんだけどな。」
ぼやきながらも、迷わず駆け出す。強い光が見えた方角へと。
「これは......すごいな。」
現場へ駆けつけたアルは、目を見開いたまま立ち尽くした。
その光景は、あまりにも異様で圧倒的で、暴力的だった。
焼け焦げた匂い。
抉られた地面。
倒れた大木。
まるで巨大な何かが一直線に森を削り取ったようだった。
「まさか一撃でここまでえぐれたのか?」
アルは思わず息を呑む。経験上、色んな魔法を見てきたが、これほどの破壊を生む魔法なんて、見たことがない。
視界の端で、白いものが揺れた。視線をやると更に衝撃を受ける。人だ、人がいる。
えぐれた大地のすぐ近く、まるでそこから光線を放たれたかのように被害がまったくない草むらの中で、一人の少女が倒れていた。
汚れてはいるものの遠目でも輝きを放つ黄金がかった白銀の髪。
ぶかぶかでところどころ破れた衣服。
土や擦り傷がみられるしなやかな細い手足。
「おい!」
ハッと我に返ると、アルは駆け寄って膝をついた。大きなケガはみられない。少女を抱き起こそうとして、違和感に手が止まった。
「これは......。」
右脚。膝下が石になっていた。
この症状は、シルバーバジリスクの石化だ。その暴力性と並び称される凶悪な特徴であり、間違いない。神官でも上位の術者でなければ解呪は難しいだろう。
だが、アルがそれ以上に気になったのは別なことだった。
少女の身体から、まだ消えきっていない魔力。
いや。これは魔力というより、
「......龍力か?」
伝説の力といわれている、魔物の放つ魔力の中でも、ずっと強大で高位の力。アルは思わずその名を口にした。
まさか、そんなはずはない。龍なんて存在、とっくの昔に__
そう思考を巡らせていた、そのだった。
パキ。
腕に抱えた、軽く柔らかい少女の体から小さな音が響く。
「?」
少女の石になっていた灰色の右脚に細い亀裂が走る。そこから淡い金色の光が滲み出した。
ジュッ......
まるで雪が溶けるようにポロポロと石が崩れていく。
彫刻のように固まっていた脚は、何事もなかったかのように生気を宿した柔らかい、白い肌へ戻っていく。
更に柔らかい光は体中から漏れ出て、腕や顔の擦り傷まで消し去っていった。
「......嘘だろ。」
アルはその神々しさすら感じる光景に目を見張った。
自分以外に誰も触れていないし、治療師が使う回復魔法ではない。それなのに、身体が勝手に治っていく。
目に見えるキズが治ったところで、うんともすんとも言わなかった体に意識が戻り、光を受けてキラキラと光が透けている長い睫毛が、小さく震えた。
ゆっくりと瞼が開く。バターを溶かしたような、濃い金色の瞳だ。よく見ると瞳孔は爬虫類のように縦長で鋭利さを感じる。目を開いたが、まだぼんやりとして焦点は合っていない。
金の瞳はぼやけた視界の向こうにいるアルを見つめる。力なく伏せられた顔立ちは、作り物のように美しかった。どこか高貴な家の令嬢なのだろうか。
アルは息をすることすら忘れ、その光景を見つめていた。
すると、無表情な少女の、その口元が、ほんの少しだけ柔らかく緩んだ。
「......久しいではないか」
ひどく懐かしむような声音だった。
「......リア」
「......リア?」
アルは驚きながら聞き返すと、少女は続けて言葉を紡ぐ。
「ようやく......会えたな。」
そのまま彼女はくたっと気を失った。現場には、静かな寝息を立てる少女と、呆然としたアルだけが残された。彼の目からは、理由も分からないまま、一筋の涙が流れて頬を伝った。
ザク...ザク...
少女を背負い、アルは森を歩き出す。野営地のキャンプへと戻るためだ。
夕陽が木々の隙間から差し込み、二人の影を長く伸ばした。
胸の奥が、妙にざわつく。
初めて会ったはずなのに。
どうしてだろう。
この少女を放っておいてはいけないと、心のどこかが強く訴えていた。
夕陽はゆっくりと森の向こうへ沈み、長い夜が始まろうとしていた。
アル視点から見た第五話でした。いよいよ二人が出会いましたね~!次回から再びディメトロ視点へ戻ります!




