第二話 英雄と光龍②
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戦いは終わっていた。
大地には幾重にも魔物の亡骸が積み重なり、焦げた土からはまだ白い煙が立ち上っている。
魔王軍最後の大将は討たれた。
ヴェルディア軍は勝ったのだ。
人々は、ようやく明日を迎えられる。
__ただ1体を除いて。
白銀の巨体が静かに横たわっていた。
自慢のつややかな白い鱗は砕け、大きな両翼は無残に裂けてあちこち焦げている。
国へ放たれた敵将の最後の一撃を、その身一つで受け止めた代償だった。
「……ディー。」
青年は膝をつき、震える手で白銀の鱗に触れる。
まだ温かい。
だからきっと大丈夫だと、自分に言い聞かせた。
「終わったぞ、俺たちの勝ちだ。
......だから起きろ。」
返事はない。
青年は困ったように笑った。
「ほら、約束しただろ。平和になった国を一緒に見て回るって。復興した町も、新しく出来る村も、お前に全部見せるって。
それに、お前が楽しみにしてた酒場も出来たんだ。お前の体は店に入らないけどみんなで飲んで食べようぜ。なぁ、ディーはあの濃い味付けの肉好きだっただろ。な?」
笑おうとしている。
けれど声は震えていた。
「だからさ、起きてくれよ......。」
その時だった。
黄金の瞳がゆっくりと開く。
『……騒がしい奴だ。』
頭の中へ、弱々しい念話が響いた。
青年は息を呑み、思わず笑みを浮かべる。
「ディー!良かった!まだしゃべれ__」
『あまり大声を出すな。耳が痛い。』
「龍に耳なんかあるのかよ。」
『ある。』
「へぇ。」
『今作った。』
「はは、嘘つけ。」
こんな時だというのに。
二人はいつものように軽口を交わした。
けれど、その声はどちらもひどく弱々しい。
沈黙が落ちる。
青年は唇を噛んだ。
「……嫌だ。」
絞り出すような声だった。
「お前がいないと駄目なんだ。国を、みんなが笑って暮らせる場所を、一緒に作ろうって約束したじゃないか。だから置いていくな。頼む......。」
いつも兵士や仲間を励ましてきた青年が、初めて見せた弱音だった。
ディメトロは静かに目を細める。
『剣士よ。泣くなとは言わぬ、だが立ち止まるな。お前には待っている者がいる。』
青年は何も返せない。涙だけが頬を伝って落ちた。
ディメトロは優しく続ける。
『人は友と別れる時、何と言うのであったか。』
少し考えて。
『……お達者で。だったか。』
英雄は少しだけ表情を和らげた。
「違う。また会おう、だ。」
『そうか、では。また会おう。』
青年は涙を拭う。
何度も。
何度も。
そして、ぐしゃぐしゃの顔のまま笑った。
「……ありがとう。お前は最高の相棒だった。」
ディメトロはかすかに笑う。
『違う。最高の相棒"だ"。』
少しだけ得意そうに鼻を鳴らした。
『まだ終わっておらぬ。』
青年は最後まで変わらない相棒の様子にニッと笑い返した。
そして、ほんの少し間を置いて。
『……次会う時は牛をご馳走しろ。』
青年は一瞬きょとんとしたあと、大きく吹き出した。
涙が止まらないまま。
「……ああ。分かった。大食らいのお前のために、たっくさん用意しておいてやるよ。」
ディメトロは満足そうに目を閉じる。
『うむ。約束だ。』
その言葉を最後に。
光龍ディメトロの呼吸は、静かに止まった。
風が吹く。
青年はしばらくその場を動かなかった。
やがて立ち上がり、空を見上げる。
黒煙の向こうには、久しく見ていなかった青空が広がっていた。
青年は赤くなった目で空を見上げ、少しだけ笑う。
「……見てろよ、ディー。お前との約束、ちゃんと果たしてみせる。」
青年の足音が遠ざかっていく。
それを最後に。ディメトロの意識は、静かに世界から離れていった。
(また会おう。友よ。)
そう願いながら。
意識はゆっくりと闇へ沈んでいった。
__その願いが。
数千年後。
白銀の龍ではなく、一人の少女として叶うことになるとは。
まだ誰も知らない。
過去編はひとまずここまでとなります!次回からは舞台が現在のヴェルディア国になります!




