第11話 試掘の白線と夜の資料館
十月に入ると、駅前再開発の予定地は、急に土の色を見せはじめた。白いロープで囲われた区画、番号札の刺さった杭、掘り返された土の断面。ふだんは駐車場と空き地の中間みたいに見えていた場所が、いったん掘られるだけで、昔から黙っていたことを急に話したがる顔になる。
試掘初日の朝、洸太は文化財係の腕章を巻き直しながら、胸の鼓動が速いのを認めた。現場へ立つ興奮と、出てほしいものが出たあとに起こる面倒の予感が、きれいに分けられなかった。
未羽は仮囲いの外から覗き込み、章光は説明用の資料ファイルを抱え、香音は現場立会いの許可関係を確認している。陸矢と千加子は、少し離れたところから全体を見ていた。
午前のうちは、瓦片と焼土がぽつぽつ現れるだけだった。けれど昼前、スコップの先が灰色の層に当たった瞬間、現場の空気が変わる。
「灰層です」
作業員の声に、洸太は反射みたいにしゃがみこんだ。黒すぎず、白すぎず、焼成の熱を含んだ灰の筋が地面の中へ水平に走っている。その脇には、焼き締まった土の塊。窯の燃焼痕を疑うのに十分だった。
さらに午後、別区画から長方形の石の並びが出た。規則的すぎる。自然石の転がり方ではない。
千加子が唇を引き結ぶ。
「基壇石の可能性、高いわね」
洸太の喉が鳴った。安離庵。瓦窯。食堂の記憶。別々だった線が、地面の下で実際につながってしまう。
未羽は興奮した顔のまま、でも声だけは抑えて言った。
「本当に出た」
章光は、その言葉にだけ頷き、すぐ電話を取り出した。出たことを喜ぶ余裕は長くない。施工会社、再開発組合、市役所。連絡先の多さが、そのまま問題の多さだった。
夕方には、仮設テントの下で急きょ説明が始まった。保存を求める声、工期の遅れを心配する声、税金の使い道を問う声。現場を見に来た商店街の人や周辺住民が、ロープの外側でそれぞれの正しさを持ち寄り、狭い場所にぶつけ合う。
「そんな昔の石より、今の店が先だろ」
「壊したら二度と出ないんだぞ」
「また面倒なことを増やして」
「面倒で済ませて消してきた結果が今だろうが」
声はどんどん立ち上がり、誰も最後まで聞かない。洸太も言い返したかった。ここで見つかったものの重さを、目の前の現実だけで押しつぶされたくなかった。
だが、先に強い声を出したのは章光だった。
「感情だけで守れるなら、とっくに守れてます!」
その一言で、場が一瞬だけ静まる。
章光は息を整えもせず続けた。
「保存するなら、面積、見せ方、費用、導線、維持管理まで詰めなきゃいけない。全部守るって言うのは簡単です。でも、その簡単さで現場を止めたあと、責任取るのは誰ですか」
洸太の中で、何かが跳ねた。
「じゃあ、数字に合わないものは埋め戻せってことですか」
思わず出た声は、自分でも驚くほど尖っていた。
章光が振り返る。
「そうは言ってない」
「言ってるのと同じだ」
「違う。残すために計算が要るって言ってる」
「計算してる間に消えるものだってある」
「だから先に残し方を考えろって言ってるんだろ!」
テントの下にいた人たちが、二人の間へ視線を集める。未羽が何か言おうとしたが、その前に千加子がすっと前へ出た。
「今日はここまでにしましょう」
静かな声なのに、場が崩れなかった。千加子は現場責任者へ短く挨拶し、見学者をやんわり外へ促していく。香音も、立ち会いの記録確認へ人を振り分けた。誰かが声を荒げるたび、別の誰かが、今はそこじゃないと引き戻す。
日が落ちるころには、現場は片付いたのに、洸太の胸の中だけが散らかったままだった。
夜の資料館は、昼よりも狭く感じる。閉館後の事務室で、蛍光灯の白さだけがやけに強い。洸太は整理台の横に立ったまま、壁の地形図を見ていた。
「そこ、穴は開かないわよ」
千加子の声で振り返ると、彼女は紙コップのほうじ茶を二つ持っていた。一つを無言で差し出され、洸太は受け取る。
「……すみません」
「誰に?」
「たぶん、全員に」
千加子は隣の机へ腰を預けた。
「腹が立つのは分かる。でも、腹が立つことと、手順を飛ばしていいことは別よ」
洸太は紙コップを握りしめた。
「章光さんの言ってることも分かるんです。でも、分かるから余計に嫌で」
「証拠が出た瞬間、人は二つに割れるの。残したい人と、生活を止めたくない人に。たいてい両方とも間違っていない」
「じゃあ、どうすれば」
千加子は少し考えてから答えた。
「調査の次をやるの。証拠も生活も、どちらも捨てない線を探す。見つかったことに酔うのは今日まで」
その言葉は厳しかったが、突き放してはいなかった。むしろ、次の仕事を渡してくれる言い方だった。
洸太はようやく、ほうじ茶を一口飲む。ぬるくなっていたのに、喉の奥だけ熱かった。
そのとき、事務室の扉が小さく開いた。章光だった。昼より顔色が悪い。
彼は入ってきてすぐ、洸太へ頭を下げた。
「さっきは悪かった」
洸太は一拍遅れて、同じように頭を下げた。
「僕もです」
頭を上げたあと、章光は苦笑する。
「怒鳴ると喉が渇くな」
「漫談よりは声、通ってました」
「それ今言う?」
そう返しながらも、章光の口元は少しだけ緩んだ。
千加子が二人を見比べる。
「仲直りしたなら働いて。明日までに、暫定保存案のたたき台が欲しいの」
「厳しい」
章光がぼやく。
「そういう顔してるときのほうが、まだ信用できるわ」
千加子は淡々と言った。
夜の資料館で、洸太たちは地図を広げ直した。全部は守れないかもしれない。けれど、全部壊すしかないわけでもない。白線で囲まれた現場の向こうに、別の線を引き直す仕事が、ようやく始まったのだと洸太は思った。




