第15話 カンヌ視点 ― ランスの告白
カンヌ視点 ― ランスの告白
「カンヌ嬢。今日、君に伝えたいことがある」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で小さな鐘が鳴ったような気がした。
私は思わずカップを両手で包み込み、熱を確かめるようにして視線を落とした。
――落ち着かなくちゃ。だけど、心臓はまるでいうことを聞いてくれない。
ランス様は少し言葉を選ぶように間を置いた。
カフェのざわめきは確かにあるのに、私の耳には彼の声だけが届いている。
「この前、君と一緒にここを訪れたとき……とても楽しかったんだ。甘いものを食べる時間が、あんなにも幸せなものだなんて思わなかった」
その目は真剣で、少し照れくさそうでもあった。
私は小さくうなずく。
「……私も、同じです。あの日、楽しくて、心が軽くなって……」
そこまで口にして、はっと気づく。
――私、今なにを言おうとしているの?
慌てて言葉を切ると、ランス様は優しく笑った。
「ありがとう。そう思ってくれたなら、本当にうれしい」
しばらく沈黙が続いた。
私は手元のカップを見つめ、彼は窓の外に視線をやっていた。
夕暮れの光が斜めに差し込み、彼の横顔を金色に照らす。
――綺麗。
その一言が胸に浮かび、頬が熱を帯びた。
けれど次の瞬間、彼はまっすぐに私を見た。
「カンヌ嬢。いや……カンヌ」
名前を呼ばれる声に、思わず顔を上げる。
彼の瞳は真剣で、どこまでも澄んでいた。
「君と出会ってから、ずっと感じていたことがある。君と一緒にいると、どんな時間も特別に思える。君の笑顔を見ると、僕まで幸せになるんだ」
私は瞬きを繰り返し、胸の奥が熱くなるのを抑えられなかった。
――これって。まさか。
ランス様は息を整えると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「僕は……君が好きだ。もし許されるなら、これからもずっと、君のそばにいたい」
その瞬間、時間が止まったように感じた。
周囲の声も、食器の音も、すべて遠くなる。
ただ彼の言葉だけが、何度も何度も胸の中で響いた。
「……好き、って……」
やっとのことで声を出す。けれど震えていて、自分でも驚く。
ランス様は真剣な顔のままうなずいた。
「うん。君のことを大切に思っている。誰かに笑われようと、批判されようと、この気持ちは変わらない」
――本気だ。
その瞳を見た瞬間、そう確信した。
私は胸に手を当てる。心臓が早鐘のように鳴っている。
どうしよう。返事をしなければ。けれど、言葉が出てこない。
「……私なんて」
気づけば口にしていた。
「私なんて、取り柄もなくて、ただ甘いものが好きで……貴族の華やかな場にも似合わないのに」
情けない声だった。けれど、それが今の私の本心だった。
ランス様はすぐに首を振る。
「いいや。君は君でいるだけでいい。取り繕わなくても、背伸びしなくても、僕にとっては唯一の人だ」
真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さる。
視界がにじみ、思わず涙がこぼれそうになった。
「……そんなふうに言われたの、初めてです」
震える声でそう告げると、ランス様は少し驚いたように目を見開き、それから優しく微笑んだ。
「なら、これからは何度でも言わせてほしい。君が大切だと、好きだと」
涙がこぼれた。けれど、それは悲しみではなく、胸の奥が温かくなる涙だった。
「私も……」
言葉を飲み込む。けれど、勇気を出して続けた。
「私も、ランス様と一緒にいると、心が安らぎます。あの日、守ると約束してくださったとき、本当に救われました。……私も、好きです」
ランス様の瞳が大きく見開かれ、それから穏やかに細められた。
「……ありがとう」
その声は、深い安堵と喜びに満ちていた。
気づけば、二人とも笑顔になっていた。
お互いの視線が重なり、言葉以上のものが伝わっていく。
その後は、不思議なほど自然に会話が続いた。
これから行ってみたいカフェの話。小さな趣味のこと。子供のころの思い出。
どんな話題も、まるで宝物のように感じられた。
外に出るころには、街はすっかり夜の帳に包まれていた。
石畳の上を並んで歩く。街灯の灯りが二人の影を寄り添わせるように落としていた。
「また一緒に来ようね」
ランス様がそう言う。
私は胸の奥から自然に笑みがあふれた。
「はい。ぜひ」
その一言に、未来への扉がそっと開かれたように感じた。
――今日という日を、私は一生忘れないだろう。
勇気を出して告げられた言葉。受け止められた想い。
そして、これから始まる「二人で歩む時間」。
夜空に浮かぶ星を見上げながら、私は心の中で小さく呟いた。
――ありがとう、ランス様。これからも、どうか隣に。




