Phase27. 母と娘と
※挿絵はAI画像生成システム「Gemini Flash image 2.5/3/3.1(Nano Bananaシリーズ)」で生成した物を主に使用しております。
※カッコ記号の使い分けを行う事で、そのゾーニングをより明確にしています。
基本的なゾーニングの区分は以下の通りとなります。。
「」…[open]会話
[]…[semi-open]暗示
()…[open]テレパシー
{}…[closed]テレパシー(秘話)
<>…[closed]思考
≪≫…[closed]インナーセルフのリアクション
日曜日の朝8時、今日はミナミとスミレが奨学金を給付する財団法人『夢現育英会』の理事としてユウの家を訪問することになっていた。昨日の夜ユウはミナミとスミレに逢い、今日の件について綿密な事前打ち合わせを済ませていた。
「おはよう」
リビングダイニングに姿を現すユウ。
「おはよう」
ユウに声を掛けるユウの母親、シイナ。紅茶を飲みながらテレビのワイドショーを見ている。
「母さん、今日はお願いね」
「育英会の件でしょ。来るのは10時よね。だらしない格好して顔出すんじゃないよ」
「わかってるよ」
ユウは席に座る。目の前にはハムエッグと生野菜サラダ。空のティーカップ、皿の上に乗った食パンが2枚。ユウは脇にあるオーブントースターに食パン2枚を入れ焼き始める。同時にティーカップに紅茶のティーバッグ2つを入れ電動ポットからお湯を注ぐ。先程トーストが載っていた皿をティーカップの上に乗せ、紅茶の茶葉を蒸らす。
既にシイナには『夢現育英会』のパンフレットを渡しており、そのパンフレットの中には今回ユウが参加する『事前合宿』に関する説明も記載されている。その内容をシイナが全て目を通して理解しているかは定かではないが…。
トーストが焼き上がると同時にユウはティーカップの上に乗った皿を取り去る、紅茶にノンシュガー甘味料とレモンシロップを入れ、2枚のパンにマーガリンを塗る。ハムエッグを2枚のトーストで挟む。これがユウの朝食スタイル。
ユウは食事を終えた後、食器を流し台で洗い、水切りかごに入れる。そしてその他使った物をきちんと片付けて、ダイニングキッチンを出た。朝の挨拶以降、ユウとシイナとの間に会話はなかった。これが現在の2人の関係を表しているとも言えるだろう。
ユウは自分の部屋に戻ると、深く溜息をつき、自分の勉強机の椅子にどっかりと腰掛けた。
「あなたって、よっぽど母親と一緒にいるのが苦痛なのね」
ユウに語り掛けるドール・ユニ。人形でありながら会話もするし魔法も使う。まさに夢世界の女王ユニの分身としてユウを見守っている。ちなみにレミアの方は昨日から『マーブルズ』ことミナミとスミレと114年ぶりの再会を果たしており、昨晩は2人の元に泊まっている。レミアは114年前の記憶を取り戻し、昨晩は思い出話に花を咲かせていたことだろう。レミアは今朝マーブルズとともに人間界に戻る予定だ。
「でも、あたしの母親だし…」
また一つ溜息をつくユウ。
「ひょっとして、まだ怖いの、母親が」
「…うん。でもあたしも、本当の意味で強くならなきゃなんだよね」
「こんなとき、ダークネスならあなたにどう言うんだろうね」
「え?」
思わぬユニの言葉に驚くユウ。
「相談してみたら? あなたの心の内に眠るダークネスに」
戸惑うユウ。しかし少し考えて…。
「…ありがとう。ちょっとやってみる」
ユウは首から掛けていた魔法のペンダントを握り、意識を集中する。するとユウの脳内イメージの中に、椅子にどっかり座ってふてくされながらユウの様子を見ているダークネス・レルフィーナの姿が見えてくる。
<ダークネス…>
≪…まったく、ユニも余計なことを言いやがる。あいつは一体何様なんだよ≫
ふてくされるダークネス。
≪分からず屋のお前の母親なんて、お前の魔法でぶっ飛ばしちまえばいいじゃねぇか≫
<できないよ、そんな事>
≪なんでさ。あんたを虐待した親なんだろ。ぶちのめせばいいじゃん≫
<そんな無茶な…>
≪…まあそれは冗談としてもだ。あんたは魔法以外でも十分強い。何せあたしを取り込むくらいなんだからね。ただあんたは恐怖のトラウマを抱えている。それも事実…≫
頷くユウ。
≪もし窮地に陥ったら、あたしをあんたの意識に憑依させるといい≫
<それって結構ヤバいことになるんじゃ…>
≪無茶はしねぇよ。あんたの弱気の心を下支えしてやるだけだからさ≫
不敵な微笑みを浮かべるダークネス。
<ダークネス…>
ユウの心が震えた。ダークネスから立ち向かう何かを受け取ったような感触。
<…ありがとう>
≪いいか、自分を隠すな。自分をさらけ出せ。体裁なんて気にするな。失敗を恐れるな。お前は強い。あたしからは以上だ≫
<本当に…本当に…>
≪とっとと失せろ!≫
<ありがとう…>
その言葉と共にユウの意識が現実世界に戻る。ユウの目からは涙が滲んでいた。
「何か得たみたいね」
微笑みながらユウに語り掛けるユニ。
「うん…」
微笑みで応えるユウ。ユウは覚悟を決め、心の中で自分の頭にきゅっとはちまきを結ぶ。
朝9時55分。
サツキの家の庭に世界肝転移ゲートが現れ、その中からミナミ、スミレ、そしてレミアが現れる。サツキの家の庭は周囲から仕切られているので見つかりにくい。昨日ミナミとスミレがサツキの所を訪れた際に、管理責任を持つ海老ヶ瀬から使用許可をもらっている。
「じゃ、あたし先に戻るね」
レミアは瞬間移動でユウの部屋に戻った。
「行きましょ」
「ええ」
2人は徒歩で裏手にあるユウの家へと向かう。
「ごめん下さい…」
ユウの家の玄関の扉が開き、ミナミとスミレが顔を覗かせる。
「は~い」
自分の部屋から飛び出してきたユウ。服は学校の夏の制服姿。魔法のペンダントは下着の下に潜らせている。いつでも魔法を使えるようにするためだ。
ミナミとスミレの顔を見て笑みがこぼれる。
「母さん、育英会の人、来たよ」
シイナがダイニングから出てきた。
「初めてお目に掛かります。夢現育英会の白鳥と申します」
「同じく黒山と申します」
2人はシイナに名刺を渡した。
「取りあえず中に入って頂けます?」
シイナは2人を家の中に入るよう促す。
「ありがとうございます」
スミレが玄関の中に入る。浴後、ミナミの鞄から携帯電話が鳴る音。
「すみません、私ちょっと電話が入りましたので。後でお邪魔します」
ミナミがシイナに会釈。そしてさりげなくスミレと手を繋いで…。
[スミレ、お願いね]
そう言うとミナミは手を離し外に出た。
しかしここまでは全て2人が昨日立てた作戦通り。幸運を引き寄せるミナミと不運を引き寄せるスミレの能力が入れ替わり、それぞれの能力が1.5倍に増強。さらにミナミがスミレの身体に触れながら声を掛けたことで、能力交換の持続時間は倍の20分になった上、スミレがミナミから受け取った幸運を引き寄せる能力は1.5倍のさらに1.5倍、都合2.25倍まで跳ね上がる。短時間で勝負を決めるというのが2人の作戦だ。昨日その打合せの場にいたユウもそれは把握している。
ユウはスミレと共にダイニングに入る。ダイニングテーブルの奥にシイナ、そしてその隣にユウが座り、向かい合わせでスミレが座る。
「お母様、資料の方は目を通していただけましたか?」
「ええ、一応…」
「それでは改めまして簡単に説明させて頂きます…」
一方、外に出たミナミ。先程の携帯電話の音はタイマー機能で鳴らしたフェイク。スミレと能力を交換し、今はミナミが1.5倍の不運を引き寄せるリスクを抱えている。スミレに引き継いだ幸運を引き寄せる能力を最大限に発揮させるために、ミナミはあえて外に出たのだ。これからミナミに訪れるであろう不運も、予見さえしていれば…。
住宅地の中は車一台が通れるだけの狭い道。道の前後には交差点がある。空は好天。
耳を澄ますと、遠くから車が近づいてくる音…。そしてその音は近づいてきた。気持ちを引き締めるミナミ。そして背後の交差点から現れた1台の軽自動車。目の前のミナミに向かって車は急にスピードを上げた!
「!」
既に身構えていたミナミ、驚異的な脚力で宙に舞い上がり、空中でくるりと後方宙返りを決め、軽自動車の後方に華麗に着地。そして余裕の微笑み。
急停車した軽自動車の運転席からゆっくりと老婆が降りてきた。そしてミナミに歩み寄る。
「いやあ~、申し訳ない。大丈夫だったかね? ケガは無いかね?」
「大丈夫ですよ。元気ですしケガもしてません」
穏やかに微笑むミナミ。
「いや、本当に申し訳なかったね…」
ここから老婆の長い長い言い訳とお詫びが続く。ミナミはなんとか老婆に早く立ち去ってもらえればと笑顔でなだめるが、なかなか老婆は離れようとしない。
(参ったな…)
そう思った瞬間、ミナミの耳が別の車の接近音を捉えた。そして軽自動車の前の交差点から別の乗用車が現れ、こちらの方に…
[止まれ!]
ミナミは乗用車に向かって言霊を発した。不幸の力が強い念力となって向かってくる乗用車を強引に止める。急停止させられるのは向かってくる乗用車にとっては不幸なこと。これまでのミナミの経験に裏打ちされたとっさの判断だった。
止まった乗用車はすぐにバックし、交差点で向きを戻した後、曲がらずに直進方向で走り去った。
そしてミナミは軽自動車を運転していた老婆に戻るよう促し、軽自動車は立ち去った。
ミナミが腕時計を見る。能力交換してから既に21分経過。スミレはまだ出てこない。
「しまった…」
慌ててユウの家の玄関に向かうミナミ。家の中からはユウの母親シイナらしき強い口調の声が聞こえてきた。
「遅くなって申し訳ありません!」
そう言ってリビングダイニングの扉を開けるミナミ。瞬間、大きな声を出していたシイナの動きがピタリと止まる。
「今、時間を止めました。3人だけ動けます」
ユウがミナミとスミレに語り掛ける。
「ユウ、ありがとう。一体…何があったの」
ミナミが尋ねる。
「すみません。母が自分の話ばかりして、あたしのことの話が全く進まなかったんです」
申し訳なさそうに答えるユウ。
「それでやっとユウの話ができるかな…と思ったら、幸運の時間切れになっちゃって…私達の財団のことについて色々因縁を…」
スミレも申し訳なさそうに答える。
「せっかくの幸運ブーストが、シイナさんの気持ちを高揚させちゃったのね」
「みたいで…」
ミナミの言葉に応えるスミレ、小さく溜息。
「仕方ないわね。状況は分かった。ユウ、時間を動かして」
[行きます…」
再び時間が動き出す。
「悪いけど、お宅の財団、具体的な実績が分からないんですよ。そんな所に大事な娘を預けるわけにはいかないでしょう」
「す、すみません。私も中に入ってよろしいですか?」
シイナに問いかけるミナミ。
「あ、…どうぞ」
「失礼します」
会釈をして、スミレの隣に座るミナミ。
「この資料のどこを見ても、あなたたちの財団のこれまでの給付実績は何処にも書いてない。そんな実績の無いなんて、こんなの絶対怪しいじゃないですか」
ミナミは穏やかな微笑みを見せた。
「お母様の言うことはもっともかもしれません。私達には確かに実績は殆ど無いのが現実です。でも私達にユウさんを支援する財力や意志がないという訳ではありません。むしろ私達はユウさんの将来をより良い方向に導く事を第一の目標として設立されたのですから…」
「…うちのユウのために財団を設立?」
「ええ、これまで私達はユウさんのこれまでの歩みをずっと遠くから見つめてきました。ユウさんがいじめに遭って引きこもっていたことも全て承知しております。でもユウさんの現在の学力の成績は目を見張るものがあります。でもユウさんの現在の学力の成績は目を見張るものがあります。この才能は将来の日本だけでなく世界にも活躍の舞台を広げることができる物と強く確信をしているのです。私どもの理事長はユウさんのことを心の底から信頼し認められています。私達もその気持ちに嘘偽りはございません。お母様には是非とも安心して私達にユウさんの将来を支援させて頂ければと考えているのです」
「でも…やっぱり話が上手すぎます。第一あなたたちは何年うちのユウを見てきたというのですか? 慥かにうちのユウは学校の成績だけは良いかもしれません。でも引きこもりの経験をしたり、まだまだ精神的にどうしようもないくらい未熟です。そんな娘を『いくらが高の成績が優秀だから』と言う理由だけでわざわざ新たな財団まで作って支援する…なんで、私にはあなたたちがとても信用できません。あなたたちはひょっとして詐欺師じゃないんですか?」
「母さん…そんな言い方無いんじゃなくて?」
ユウの心の傍らではダークネスが笑みを浮かべる。
「あたしは白鳥さんや黒山さんと丁寧に話をしてきた。そもそも私がここの育英会と出会ったのは、大学への進学にあたって母さんや父さんにこれ以上迷惑を掛けたくなかったから。でもここの育英会の人たちは親身になってあたしのことを受け入れてくれた。あたしの引きこもり経験も、母さんから子供の頃酷い仕打ちを受けていたこともみんな話した。それでも私を受け入れてくれたの」
「ユウ、あんたは世間を知らなすぎるのよ! その中には人を騙そうとしている人なんていくらでもいるのよ」
「そんなの知ってるわ。私だってもう子供じゃない、母さんだって人のこと言えないじゃない。昔母さんだって他の人に騙されてお金取られたことあるよね」
「お前、今そんなこと言う必要無いでしょ」
「母さんがさっき育英会の人たちに対して失礼な事を言ったからよ。全て事実じゃない。そりゃあ母さんにとってはあたしはまだ大人と認めてもらえないかもしれない。でもあたしはもう昔とは違うの」
「何が違うのよ。まともに自分の弁当さえ作れないくせに」
『それは母さんが台所を使わせてくれないからじゃ無いの。いつもそう。母さんはいつも自分が悪くても絶対に謝ってくれない。なんだかんだ言い訳してごまかす、もうあたしそんなの嫌なの」
「人前で何て事言うの!」
「本当のことなんだもの、仕方ないでしょ。あたしは全然平気だよ。だって全部洗いざらい打ち明けてしまっているんだから…」
「そんな子になんか、二度とお金なんて出さないよ!」
「いいよ。それならあたし、この家出て行く。育英会の人にも話をしておいたの。多分こういう話が出るだろうからって。そのためにあたしの新しい住処や生活資金も確保して欲しいって。そしたらいいっていってくれましたよね。ね、白鳥さん」
「…実は育英会の方から、今ユウ様のお父様がユウ様分の養育費として負担頂いている分を全額当育英会で無償負担させて頂く準備を進めております」
「え…」
さすがにこの話にはシイナも驚いた。
「大学から…じゃないんですか?」
「当育英会では、ユウ様がこのお宅に残るか出るかを問わず、ユウ様のご家庭事情に鑑み、速やかな支援給付を…と考えております。お母様のご承諾が頂ければ、ユウ様の銀行口座に養育費相当額を当育英会より即時振り込む準備ができております」
「母さん。育英会をまだ信用していないのなら、あたしの養育費を育英会から頂いてみたら? 私自身が管理しているサブの口座に振込をしてもらってもいいんだけどね。ここまでしてくれる奨学金団体なんて本当にすごいと思うよ。あたしのメインの銀行口座は、母さんが管理しているんでしょ」
少し考えるシイナ。
「…白鳥さん、お願いしてもよろしいですか」
「どちらの口座に」
「メインの方で」
すかさずユウが答える。
「かしこまりました」
「今振込を行いました。また1ヶ月後に自動的に同じ額をユウ様の銀行口座宛に振り込ませて頂きます」
スマホを操作したスミレがそう告げる。シイナも自分のスマホで養育費相当額が振り込まれたことを確認。
「今、確認しました。…ありがとうございます」
「後はユウさんとお母様の和解、ですね」
微笑むミナミ。
「…みっともないところをお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
ミナミやスミレに詫びるシイナ。
「みっともない事なんてないですよ。家の中の揉め事なんて、どこの家でもよくあります。私も昔はもっと凄まじい経験してますから、こちらのお宅なんて微笑ましいくらいです」
穏やかな笑みで答えるスミレ。
「ユウさん、あなたも本心を言葉にしてみたら?」
穏やかな笑顔でユウに語り掛けるミナミ。
「この前、父さんと会った時、母さんの事を色々教えてもらった。母さんも色々大変なんだって…。…あたしも大人になんなきゃって思った。母さんの大変さも父さんから教えてもらった。…でも母さんはまだあたしを大人として認めてくれない。まだ引きこもりの頃のイメージ引きずってる。…あたしは、本当は、母さんと仲直りしたいの。母さんには感謝してる。でも『自分が間違っても絶対に私に対して言い訳ばかりして謝らない』っての、それだけは絶対やめて欲しい。仲直りする条件はそれだけ」
「…じゃあ私からも言わせてもらうわ。あなたがそこまで言うんなら、あなたのメインの銀行口座の管理、全部あなた自身でやってみなさい。その中から毎月一定額。食費をもらうわね。あと、週に一度、毎週土曜日の朝昼晩の食事、私の分も含めて全部用意しなさい。それはあなたが今後独り立ちするためにとても大事なこと。それにかかる費用はあなたのメイン銀行口座を渡すんだから、自分でやりくりしてみなさい」
シイナが言い放つ。
「たったそれだけ?」
ユウがシイナをきっと睨む。
「ええ」
「…だから、だから嫌なの!」
ユウは目をぎゅっと瞑り、身体を震わせる。
「絶対忘れない小学3年のとき、母さんあたしを柱に縛り付けて、あたしの足に直接山盛りのもぐさ乗せて、そこに火付けたよね。『お灸をすえる』ってもぐさで根性焼きする馬鹿がどこにいるのよ! 母さんはそういう事をやらかしておいて、あたしに一度も謝ってないのよ。見てこの火傷の跡! あたし、これだけは絶対謝って欲しいの」
ユウは自分の左足のすねにできた小さな火傷の跡をシイナに見せ、シイナを睨みつけた。
「だってそれはあなたが何度も部屋を散らかして片付けなかったからでしょ。私何度も警告したよね。『何度も言って分からなかったら、『本当にお灸をすえる』って言ったよね」
シイナのその言葉がユウの怒りのリミッターを完全にぶち壊す。
「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! それだから嫌なのよっ!」
ユウは怒りに身体を震わせ、目からは涙がボロボロ溢れている。・
「どう考えてもおかしいでしょ! 明らかに虐待でしょ! 犯罪でしょ! こんなの躾でも何でも無いよ! どうして…どうしてその事を謝ってくれないのっ! それさえ謝ってくれれば、それ以外のことも全部水に流したいのに…」
ユウは自分の感情の暴走をギリギリで食い止めていた。いまユウの身体には魔法のペンダントが触れている。万一感情が暴走すれば魔法が制御不能で発動してしまう。そのため、ほんの少しだけ怒りの表現には演技も混じっている。ただ、今の自制
がどこまで持つか…さらに感情を逆なでされたら魔法の暴発は恐らく避けられない。
「…お母様、大変さしでまがしい様ですが、第三者としての率直な意見を述べさせて頂いてよろしいですか?」
スミレが涙を流しながら、シイナに声を掛ける。
「…これは家族の問題です」
「それでも言わせてください…」
スミレは一つ深呼吸。
「ユウさんからは私達に洗いざらいお話をしていただきました。まるで『自分は生きる価値がないんだ。生きていてはいけないんだ。こんな人間を支えてはいけないんだ。人から厚意を受ければ受けるほど心が痛くなる』と訴えておられるようでした。とても、とても痛ましいものでした。それでも『生き延びたい、笑顔を取り戻したい』と仰られていました。ユウさんにとっては、その『お灸』の一件が大きなトラウマに鳴っているのだと思います。私達はユウさんの学力もそうですが『心の尊さ』に感銘を受け、ユウさんへの支援を決めました。親の立場…プライドというのも分かります。でも…ユウさんの願い、聞き届けていただけませんか」
「私からも、お願いします」
ミナミもシイナに頭を下げる。ミナミの目にも涙が滲んでいるように見えた。
しばし、沈黙。
シイナ、ユウの方をチラリと見る。
「昔のことじゃない。今更そんな事言われても…」
シイナがそう言った瞬間…。
ズン!
一瞬家全体が揺れた。
「地震?」
周囲を見回すシイナ。
ユウはハッとする。ミナミとスミレも異変に気づいた。ユウの魔法が一瞬だけ暴走したのだ。3人の緊張が一気に高まる。
「そ、そうみたいですね。でも大したことが無かったみたいですね」
笑ってごまかすスミレ。
「…でも、そこまでユウが根に持っているのなら、仕方ないから、謝るわね。ごめんなさい」
ユウに語り掛けるシイナ。ユウは目を閉じたまま静かにそれを聞いていた。
ミナミとスミレはまだ緊張感を緩めていない。
「…母さんありがとう」
静かに口を開くユウ。
ユウは覚悟していた。シイナから謝罪の言葉が出ないだろうと思っていた。もし仮に出たとしても、素直な気持ちでは決して出てこないと…。それでも『こめんなさい』の言葉が聞ければ、それだけでもユウにとっては価値のあることだった。ユウの目から止めどなく溢れる涙。
「う、ぐすっ、う…」
突然テーブルの上に伏せ崩れるユウ。そして嗚咽、号泣。
{…これでいいんです。これで。これで終わらせないと…いけないんです}
ユウのテレパシーがミナミとスミレに届く。2人の緊張がようやく解けた。
少し落ち着いたユウ。ゆっくり身体を起こす。目は少し腫れている。
「そんなに…思い詰めていたのかい?」
シイナがユウに語り掛ける。
「…うん」
「…気づいてやれなくて、本当にごめんね」
シイナの穏やかな表情、そしてユウが本当に待っていた言葉。
「母さん!」
ユウはシイナに抱きつく。そして再び号泣。
シイナの目からも一筋の涙。
ミナミのスミレも互いの顔を見合わせ、微笑みを交わす。
ユウの育英会主催の研修会参加はシイナの承認を無事得られた。
来月の土日祝の3連休、いよいよユウ、ミズキ、サツキ、そしてレミアの4人は,夢世界と魔界への修学旅行へと旅立つ。




