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第二章の五

第二章









「ユリ!」

 振り向くと同時にポニーテールが揺れる。スラッとした長い手足が、私をそそる。白いユニフォーム。赤いショートパンツ。

 ジャンプするとね、しなやかに背中がそって、美しい体を強調するの。

 とても苦痛。

 それは決して触れられないものだと知ってるから、とても苦痛。


 こんなはずじゃなかったのに。


「ユリ?」


 ハーフタイム。

「……レイ! 大活躍!」

 物思いに耽っていた私は取り繕うようにレイに向かって手を振った。

「うん……」

「お前、まじで初心者? 先輩くっちゃうなよ」

「なっ、本気で助っ人してんのよ! ここまでしたんだから、勝たなくちゃ意味ないじゃない! 私の運動神経に見とれたでしょ?」

 レイは少し顔を赤らめた気がした。ケイくんのこと、前より意識してる。小学校の頃とは違う、きっと、レイももうすぐ告白する。私にはなんとなくそれがわかった。

「レイ! 集合!」

 まどかちゃんがレイを呼んだ。

「レイ! かっこいい。頑張ってね!」

 私は走り出そうとしたレイにそう言った。

 レイはとても嬉しそうに笑った。

「うん! 任せて。かっこいいところ、いっぱい見せるから!」

 羨ましい、そう思えるほどの純粋なレイは、私に罪悪感を募らせる。その言葉、殺し文句のはずなのに……。ほんとうに死んじゃいそうじゃない、私。

 私はズキンと痛む胸をぎゅっと押さえた。


 ピーッ!


 試合再開のホイッスル。

「ユリ」

 応援も試合も白熱していく中、小さな声でケイくんが私を呼んだ。

「……」

「いこ」

 あ……。ケイくんは私の手を握った。そして出口へ向かう。


 レイ……。許してくれるよね? 私、間違ってないよね。レイにだけは、絶対に知られたくないの。ケイくんが私のことが好きなんてこと、絶対に、絶対に、知られたくないの。

 レイ、私のこと、探さないで。


 レイは軽やかにジャンプして、体をしならせ、大きな美しい手で、キレイなアタックを決めた。





「ユリ、手、繋ぎたい」

 学校の体育館から出るとケイくんはそういって手を差し出した。

「……、ダメだよ。学校から近いし」

 こんなこと言ったら、レイにばらすかな。

「だよな、ごめん! 映画でも観に行こう! あ、買い物も! お決まりのデート」

 そんな私の考えなんて見事に蹴散らして、ケイくんはにっこりと笑ってそう言った。ああ、ケイくんもレイも、同じ人間。とってもキレイな人間。


「そんなに嫌?」

 ケイくんが眉を下げて私の顔を覗き込んでいた。いつのまにか俯いて歩いていた私。

「え? いやっ!」

「嫌?」

 不安げな顔。

「……」

 私はクスッと笑った。

「ううん、ごめん。約束したもんね、ちゃんと、楽しむ! 私、友達としてはケイくんのこと、大好きだから」


「……」

 一瞬だけ悲しそうにケイくんは笑ったけど、そのあと安心したように私の隣に並んだ。

「ユリ、百合の花好き?」

「え?」

「何か記念に買ってやりたい」

「記念って……」

「百合の花の何かを、3人分。ならいい?」


「……ケイくん」

 私はそう呟くことしかできなかった。

 百合の花は嫌いよ。大嫌い。「百合」。その花の意味は全て、私にとってはただの皮肉にしかならないから。

 潔白も女の子を指すその意味も、私の名前だってことも。


「ユリ」


 その時、頭の中でレイの声が聞こえた。レイが呼ぶその瞬間だけは、全てを忘れて、大好きよ。レイにそう呼ばれると、私の存在意義が見出せる気がするの。大袈裟だけど、本当。




 その後、私たちは今人気の役者さんが出てる映画を観て、ごはんを食べて、暗くなってしまった空を見ながら帰っていた。映画を観ている間だけは、ケイくんが繋いだ手を無理やり離すことはしなかった。

 今では、何事もないようにお互い自然と笑えてる。こんなこと思うの、変な感じだけど、ケイくんって、本当に私のこと好きなのね。

「……何?」

 いつの間にかじっと見つめてしまっていた。

「うっ、ううん!」

 私は咄嗟に首を横に振る。ヤバイ。だめよ、そんな素振りとったら。

「あぁ、マジ楽しかったなぁ~!」

 ケイくんはそう言うと清々しい背伸びをした。

「うん、楽しかったね」

「ほんと?」

 少しの罪悪感は常につきまとうけど、今日がとりあえず終わったことに私はホッとしていた。

「うん。ケイくん、すぐに次の好きな子できる」

「それをユリが言ったらだめなんだぜ」

 あ、そっか。ちょっと無神経だったかも。

「ユリ、俺の初恋、持ってて」


「え?」


「はい」

 そう言ったケイくんの手には可愛い百合の花がついたネックレスがあった。

「高くて、やっぱり1個しか買えなかった」

 照れ臭そうに笑うケイくん。そんな顔されたら……。

「そんな、いいのに」

「もらってくれる?」

「……うん」

 秘密ね、これも。いつも私の周りには秘密が寄りそう。

 私はケイくんに近づく。手を出して、そのネックレスをもらうため。繊細な百合をかたどった花が見えるぐらいに近づいた時、

「ユリ」

 ケイくんが私の名前を呼んだ。私は無意識に顔を上げる。あ……、、



 ―――――……。



 チャリ……。


 私の無防備な手に、百合の花が落ちた。


「また、明日な」

 

 ケイくんはそう言うと、振り返ることなく去って行った。いつの間にか、私の家の前に着いていた。

 私の手から百合の花が落ちた。そしてその手で私は自分の口を覆った。

 今、何された?

 私の顔は真っ赤になり、口を覆ったまま逃げるように家の中へと入った。

 これは許してない。反則だよ。感触がまだ、残ってる。








 パキン……。

 ケイくんがくれたもの。私が落としてしまったもの。ケイくんの初恋。それは砕けた。スラッとした長い脚をした少女が、それを踏みつぶしたから。












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