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第二章の六

第二章





 次の日、私はいつも通りに学校へ行くため家を出る。

 ……。なにはともあれ、終わった。

 ケイくんと私の関係。ケイくんのあの清々しい笑顔。でも……、これは許してない。私は唇にそっと触れた。

 だけどこれできっとケイくんは私のことなんてきれいさっぱり忘れる。忘れてくれていいんだよ。私なんかじゃない、ケイくんはね、その人の近くにいすぎて気付いてないだけなんだよ。ケイくんとその人が並んでるとね、周りの人はみんな見惚れちゃうのよ。

 私だって少し嫉妬しちゃうことだってある。ケイくんを見る、レイの目。あれは私には決して向けられない目だから。でも、いいの。その人の近くにいられるだけでいいの。だから、私はこれからは迷いなくレイのことを応援できる! レイ、ケイくんはやっぱりレイにぴったりのかっこいい男の子だよ。


 その時、フッと暗い影と共に強い視線を感じた。一瞬、寒気がした。


「あ……」

 私は反射的にその視線を感じた方に目を向ける。

「レイ!」

 一瞬私の心臓はドキン、とした。それは、好きだからとか憧れてるとかそう言った類いの心臓の鼓動とは違う。後ろめたさ。そう、それだ。やっぱり拭えないものはある。

「レイ……、お疲れ様、昨日は……」

「昨日は……」

 レイが私の言葉を遮った。なんか、とっても嫌な予感がする。

「楽しかった?」

「え?」

 私はふ抜けた顔でふ抜けた声を出した。

「あ……」

「ちょっとぉ、私の試合よ! ちゃんと見てたでしょ!?」

 レイはいつも通りのテンションで私の緊張をほぐしてくれた。それに私の体の力も抜けた。

「もちろん! すっごいかっこよかった!」

 私は途中までしか見れなかったけど、昨日のレイを思い浮かべた。あの姿、美しかった。

「……顔赤らめて……」

 レイはボソッと呟く。

「あ、ごめん。赤らめてた!?」

「……」

 レイに甘えちゃってたけど、レイは私のこと親友だって思ってくれてるだけで、私のこの感情は全然うれしいことじゃないんだ。それを自覚しなきゃ。私の存在が、レイの妨げになるなんて、そんなの、私だって許せない。

「……私のこと、好きって、感じね」


「……、好きだよ。でも、それは……」

「友達として、好きなんでしょ?」

 少しため息を吐いてレイはそう言った。

「……うん」

 少し残酷だな。レイ自身、少しぐらい気付いてるんじゃないかな。私の気持ち……、って、ダメじゃん! 気付いちゃ! はねつけられる。本当のことを言ったら……。


「ってか、学校遅れちゃうよ。早く歩こう! 全然進んでないじゃん!」

 私は言った。


「嘘つき」

 レイの声は今まで聞いたことがないほど、冷たかった。だって、私の体はそれにより凍ってしまって、動けなくなったから。

「ユリが私に向ける目、気付いてたよ」

 ドクン……


「でも、ユリが私とどうなろうとか思ってないのもわかってた。だから、純粋に私は嬉しかった」

 え?

「でもね、まんまと騙されたのかしら」

 レイは私から目を背けた。

「私と、一緒になりたいからって、ケイを利用したわけ?」

 あぁ……、嘘。嘘よ。やめて。


「昨日、何してたか言いなよ」

 そんな真っ直ぐな目で見ないで。

「あ……、昨日は……」

「試合の後、ケイと何してたのよ!」

 ドンッ!

 レイが私の体を押した。その行動はレイ自身にもショックを与えたようだった。

「あ……、ごめ……」

 レイは私を突き飛ばしたその手を震わせていた。

「ううん、しょうがないよね」

 好きとか嫌いとかって、その人を狂わせる。私は立ちすくむレイに言った。

「でも、信じて欲しいの。レイ、私とケイくん、なんでもないから。もう、全ては終わったこと。昨日はね、なんだかケイくんの機嫌がよくて、私振り回されちゃっただけだよ。一緒に遊んだだけだけど。ただ、それだけ、これから先、二度とないよ」

 私は落ち着いてそう言った。だってそれは真実。

 ……あれ? 何か見落としてないかな。いきなりの話題にとまどっちゃたけど、どうしてレイが、ケイくんと私を疑ってるの? 2人で応援に行くことだって、知ってた。


「……そういうの、嫌いなのよ。ユリは、とても素直で純粋で、守ってあげなきゃって思ってた。私は、ただそれだけだった。ユリ自身はとてもいい子だから……。でも、ケイのことまで利用するなんて許せない!」


「なんのこと言ってるのかわからないよ!」

 私は声を荒げて言った。私が今言ったこと聞いてなかった? なんともないんだってば。本当に。私は真実を言ってるのに。それに、私がケイくんを利用? そんなの突拍子もない話だよ。私は、レイとつき合うこととか望んでない。好きなのは認めるけど、私が求めるのは間違いなく、レイとケイくんが結ばれることよ。誓って言える。だから……。


「キスしたくせに」




 好きとか嫌いって、その人を狂わせる。




「キスしたくせに」



 なんで……



「キスしたくせに」

「やめてっ!」

 ドンッ! 


 今度は私がレイを突き飛ばした。

「ほら、嘘つき。ただ遊んでただけ?」

「ねぇ、どうだったの? その感触」

 レイが、壊れちゃった。

「ちょうだいよ。教えてよ。もう、間接キスでもしちゃおうかな」

 な……。

「もしかして、これが狙いでもあったの?」


 私よりも背の高いレイが私の顎をそっと手で持ち上げた。レイの顔が近い。レイの口元が、でも……。目線を少しだけあげる。それだけで、レイと目が合う。レイ……、

「!? やだっ!」

 私はその手を振り払った。

「……、そう。残念ね」

「はぁ、はぁ……」

 私の息は乱れる。何あの目。あの目に見下ろされた。愛憎。愛と憎しみは表裏一体。レイが、あんな目を私に向けるなんて……。わかってる、それは、レイが私を信頼してた証。

 私が、レイを裏切った証。

 ばれるなんて。ばれるなんて。私はケイくんに嫌われ、真実をレイに話してでも……、あの時ケイくんとデートなんてしちゃいけなかったんだ!


 全ては、私がしたいようにしてやったこと。あの2人の純粋な気持ちを踏みにじってしまったのは……、私だ。


 レイ……。

「もう、ユリとは一緒にいられないよ。ケイは、私が守るから」

「え?」

「別にね、ケイが誰を好きでもいい。私の恋が実らなくてもそれでいい。だけど……、あんたにはやらない」


「……」


『私とケイでユリのこと守ろうって話してたんだから』


『当たり前でしょ? 友達だもん』


『ユリ、世の中にはいろんな人がいるって』


『ユリ、行こうよ!』



 ……っ。


「大丈夫だよ、レイ。私はもう、2人の傍には近づかないから」

「……ほんとかな」

「だから、安心して、ケイくんとまた……」

 私がいなかった日のように、

「2人で笑ってて……」


 私はそのままレイから体をそむけ、家の中に入った。

 崩れ落ちるのは、期待してたから。単純に、ただ、学校が楽しいってことだけでも、私にとっては奇跡だったのに……。

 ねぇ、レイ。私、間違ってたの? どうしたら上手くいった? レイのこと、傷つけるつもりなんてなかったのに……。あの美しいレイが、あんな、悪魔みたいな表情をするなんて……。レイのこと、醜くしたのも私なの?

 ひどいよ……、この世界は……、もう、生きていけない。







「やめなって言ったじゃん! なんでユリの家の前にいるのよ?」

「だって、心配じゃないのかよ!」


「心配……だけど、大人しくさせてあげて!」


「レイ!?」


「……もう、いいよ。ケイは頑張ったよ。後は、ユリが頑張って学校に来れるか、来れないか、それ次第だって……」

「なんで……、上手くやってたのに……」




 暗くした部屋の中で、たまに2人の声が通って聞こえるの。じゅうぶん、よくしてもらったよ。

 今だってほら、レイのこと、愛してる。

 あの時しそびれたキスを後悔してる私がいるんだから……。


 でも、ケイくんには、本当のこと、伝えるべきなのかもしれない。あのレイとよく似た純粋な気持ち。あれを踏みにじったんだもの。そして、ケイくんの初恋も、私、どっかに落としちゃってるし……。

 ユリの花のネックレス。

 あんなもの買うからさ、こういう結末になるんだって。


 コンコン、


「ユリ……、ケイゴくんよ。また、断るの? こうやって友達もいるのに、また、ダメなの?」

 お母さんの声。




「――……」










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