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第二章の二

第二章









「あぁ~……、今から地獄だ―! 超だるい!」

 レイは終業のチャイムが鳴ると同時に机に突っ伏した。

「大丈夫?」

「やっぱり部活となるときついんだってば」

「そうだよね……」

「もう、ユリのせいでもあるんだからね!」

 レイが上目遣いで私の顔を睨んだ。少し悪いな……と思う。でも……。


「レイカー! 行くぞ!」


 レイの気持ちを萎えさせるようなとびきり元気のいい声だった。

「まどかちゃん……、なんだか元気だね」

 私は苦笑いをしながら呟いた。

「肩の荷が降りたんでしょ」

 レイは髪をかきあげながら立ち上がった。やれやれ、と言った様子だ。

「それはさておき、帰っていいんだからね」

「ううん、待ってる。課題やってるから、全然平気」

 私はにこりと微笑んだ。レイは少し間をあけてから、ふっ、と軽く笑った。

「じゃ……」


「レイカー!」


「まったく……、うるっさいな! 今行くってば!」

 そう大声を出した後ため息を吐くレイ。やっぱり、私悪いことした。

「……いってきます」

 それでもレイは優しく笑って私にそう言った。

「いってらっしゃい」

 だから私もまた、優しく笑ってレイを見送った。





 放課後の学校……。穏やかな時間だ……。

 窓の外から聞こえてくる、運動部の生徒たちの声。昼間とは違う……物静かな廊下。私だけのものとなった教室。


 カリ、カリ、カリ、


 心地よい、シャープペンシルの音。




「何やってるの?」



 その声は急に私の耳に届いた。なんの前触れも感じ取ることはできなかった。

「きゃっ!」

 私は思わず叫んだ。

「あ、ごめん。びっくりした?」

「全然……、気付かなかった……」

 私はそんな面白くもない返事しかできなかった。汗の匂いがする。


「ケイくん……」


 私はそう言った。そこにはサッカーのユニフォーム姿のケイくんが立っていた。

「いや、いつも誰も残らないじゃん? 外からこの教室の明かりが見えてさ……」

 なんとなくその声はよそよそしいものに感じられた。どうしてだろう?

「そうなんだ。もう部活終わり?」

 早い気がする。レイはまだ終わらない。

「グラウンドを使う部活はこんなもんだよ、日が落ちるのが早くなるとな」

 ケイくんは汗を拭きながらそう答えた。

「そっか」

 バレー部のレイは体育館だもんね。

「で? 何してんの? 最近、ここの明かりがついてたのって、ユリだったんだ」

「あ、そうかも」

「レイは?」

「知らないの!? レイ、バレー部の臨時部員なんだよ! 次の試合までの」

 私はなぜか自分のことのように興奮して言った。ケイくんはそんな私を見ても、その言葉を聞いても、あまり反応をみせなかった。

「?」

 つい首を傾げてしまう。

「あ、そ、そうなんだ。あいつ、運動神経いいもんな!」

 なんだろ、変な感じ。

「二週間だけの限定部員なんだけどね、他の部員たちに負けてないんだよ、まどかちゃんが言ってたもん! レイってほんとすごいよね!」

 そんなケイくんにも、レイのことを話すとなるとなぜか私のテンションは上がってしまう。私の顔はさぞかし明るいものだっただろう。それを、ケイくんがなぜか照れた様子でちらと見た。

「?」

 私はまた首をかしげざるを得なかった。

「なんか……、変だね、ケイくん。どうしたの?」


「……」

 暫くの沈黙があった。

「じゃ、じゃあ、俺、送るよ」


「え?」


「レイのことだし、お前のことだし、お互い気ぃつかってんだろ? 俺が送れば、レイだって安心だし!」

「いっ、いいよ! そんな、私は好きで待ってるんだし!」

 ケイくんのその提案は予想外のものだった。

「レイだって、気ぃつかうだろ」

 そうなのかな……。でも……。

「と、とにかく、今日は待ってるって、レイに言ってるの! だから大丈夫!」

 私の必死の訴えに、ケイくんは少し肩を落としたように思えた。

「そっか。わかった。んじゃ、また明日な」

 次の瞬間には、いつもの爽やかな笑顔を自然とふりまくことのできるケイくんに戻っていた。

「あ、う、うん」

 呟くように、私はそう返事をした。ケイくんの後ろ姿を目で追う。教室を出て、廊下を歩いていく……、あ!


「ケイくん!」

 私は急いで駆け出した。廊下の端にケイくんの姿が見えた。きょとんとした表情。

「あ、ありがとう! 気にかけてくれて」

 私はそう言った。それだけは言っておかなきゃいけないことだと思った。

「おう!」

 ケイくんは満足そうにそう言って、手をあげた。


「はぁ……」

 私はとりあえずその場で一つため息をついた。


 カリ、カリ、カリ、


 中断していた課題を続ける。なんだか、変な気分が抜けない。どうして? 嫌な予感がする。

 違う、なんか、人の気配……。



「あ、気付いた」

 私は寸前で後ろを振り返った。

「レイ……」

 そこにはレイがいた。そろっと近づいてきました、といった様子だった。

「今日の課題ってそんなに難しいのー? すっごい変な顔してたよ」

「え! うそ」

 私は自分の顔を手で触る。

「あはは、うそうそ、そんなに気にする?」

 レイは笑って自分の席につくとカバンを取った。

「あ、いい匂い」

 私はレイの香りに気付いた。

「制汗スプレーの匂いでしょ? 汗臭いのきらいだもーん」

「シトラス?」

「好き?」

「え?」

「この香り」

 レイは艶やかに笑っていた。汗で少し濡れてる髪の毛。

「うん、好き」

「そ、よかった。嫌いな人は嫌いじゃん?」

 そう言うと私から体を背けドアへと向かう。

「ほら、早くかえろ!」

「あ、うん! 待って!」

 私は急いでレイの後を追った。この時間も、大好き。


 レイは、迷惑なんかじゃないよね? 私が待っててうれしいよね?


 ケイくんの提案、レイは、うれしくないよね?










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