表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦姫メイド  作者:
PR
8/19

第8話 条件次第

朝の鐘の前、中庭の北側に長机が三つ並べられていた。


避難民再編成のための分類台だった。前夜のうちに、各区画から該当者の札が集められ、束ごとに台の上へ置かれている。東列の束、西列の束、南棟搬出予定の束、未配置の束。煮炊き場の脇には、配給帳とは別の再編成帳が一冊置いてあった。


ジャサントは中央の台の前に立ち、帳面を開いた。

右に空白の木札。

左に炭片。

中央に当日の再編成対象一覧。

奥に、前夜の配給帳の不足欄。


数字を確認する。


再編成対象、五十七。

歩行可、三十八。

歩行困難、九。

発熱疑い、四。

単独未成年、六。

新規流入、未照合、八。

昨日未配給、二。

夜間目減り、未補充。


未配給欄の二は、まだ閉じていない。

火床の脇に布で包まれた半分の乾パンが、棚の奥に残っているはずだった。誰の名で書かれるかは、まだ決まっていなかった。


再編成は、配給とは違う作業だった。

配給は決まった量を順に渡す。

再編成は、人を欄から欄へ移す。

今日のように受け入れ先が足りない朝には、移す欄を増やすのではなく、条件をつけて分ける必要があった。


ジャサントは欄の上に短く書いた。


南棟移送可、条件付き。

東列再分配、条件付き。

発熱疑い、隔離棟確認後判定。

単独未成年、優先補充対象。

未配給二、繰り越し継続。


「条件付き」の三文字は、昨日まで使っていなかった。

昨日までは、移送可・移送不可で済んだ。

今日からは、その間にもう一段必要だった。


リィナは台の左側に立っていた。


昨日の椀はもう持っていない。乾パンの半分を、宿泊区画のどこかへ置いてきたのだろう。今朝の彼女は手ぶらで、首元の札だけを服の外へ出していた。木片の角は乾いている。位置はずっと変わらない。配給台の脇から、再編成台の脇へ、立ち位置だけが移っていた。


「再編成は受領待ちですか」


ジャサントが問う。


「ううん」


「対象に入っていません」


「うん」


「では、邪魔にならない位置に」


「ここなら」


「問題ありません」


リィナは半歩も下がらなかった。今日は最初から邪魔にならない位置に立っていた。怒る者の側ではなく、書く者の側。台の左、炭片より少し奥、帳面の角からは外れた距離だった。


ガルドが東列の方から来た。頬の布はもう外されている。裂けは細いまま、まだ乾ききっていない赤を残していた。今日は剣ではなく、再編成班の補助に回されている。昨日の怒声のあとに班の組み直しが入ったらしいが、ジャサントの帳面にその経緯は書かれていない。書く欄が彼にはなかった。


ガルドは台の前で立ち止まり、束の一つを顎で示した。


「南棟か」


「条件付きで移送可です」


「条件って何だ」


「歩行可、発熱なし、付き添い不要、荷の自己保持」


「ふつうじゃねえか」


「現時点ではそれを満たさない者がいます」


ガルドは束を一度めくった。


「歩けるけど発熱がある」


「移送不可です」


「歩けないけど発熱はない」


「移送不可です」


「歩けるし発熱もないけど、付き添いが要る」


「移送不可です」


「全部だめか」


「条件次第です」


ガルドは鼻で息を吐いた。今日は怒鳴らなかった。怒鳴っても帳面の欄が増えるだけだと、昨日のうちに分かっていた。


最初の対象が呼ばれた。


歩行可、発熱なし、付き添い不要、荷の自己保持。条件は揃っている。札を南棟移送の束へ移す。順番は変わらない。書く。印をつける。移す。次。


二人目。

歩行可、発熱なし、付き添い必要。

札は東列再分配の束へ。


三人目。

歩行可、発熱あり。

発熱疑い欄へ。隔離棟確認後判定。


四人目で、列が止まった。


老人だった。歩行は遅いがある。発熱はない。付き添いはいない。荷は自分で持てる。条件としては南棟移送に該当する。だが彼の妻は、東列の中で発熱疑いに該当していた。


ジャサントは札を見た。


「ベンですか」


「ああ」


崖道の老人だった。妻アダの照合欄はまだ閉じていない。今朝までに新たに、別の発熱疑いの欄に名前が一つ加わっている。アダではない。同行者として登録された別の女だった。一緒に夜を過ごした、というだけの関係だった。


「南棟へ移送可です」


「移るのか」


「条件としては」


「あの人はどうなる」


ベンが言う。

今朝、彼が指した「あの人」は、妻アダではなかった。

昨夜、隣の天幕にいた女のことだった。

発熱疑いの欄に入った、彼の妻ではない方の名前だった。


ジャサントは少しだけ間を置いた。


「同行者欄に登録がありますか」


「ない」


「親族欄は」


「ない」


「居住区画は」


「同じ天幕」


「同伴者として再登録しますか」


ベンは答えなかった。

妻アダの欄は、まだ閉じていない。

そこにもう一人を加えれば、欄の意味が変わる。


ガルドが横から言った。


「書いてやれよ」


「規定上、同行者は一名までです」


「そんな決まり、現場で意味あるか」


「照合に必要です」


「じゃあ書き換えだ」


「アダの欄が閉じていません」


ガルドは言葉を止めた。

昨日までなら、もう一度怒鳴っていただろう。

今日は止めた。

ベンの顔を見て、それから帳面を見た。書かれている名前と、書かれていない関係の差を、彼も見ていた。


ベンが先に言った。


「書かなくていい」


「条件は変わりません」


「分かってる」


「南棟移送可のままです」


「アダの欄は」


「閉じません」


「そうか」


ベンは札を受け取った。袖の内側へは入れず、首にかけた。歩き出す。途中で一度だけ、東列の方を振り向いた。発熱疑いの欄に入った女の名は、もう外からは見えない位置にあった。


リィナはその一連を見ていた。

台の左から、ベンの背中までを目で追い、次に帳面を見た。

妻の欄。

別の女の欄。

書かれていない関係の欄。

読めなくても、欄が三つに分かれていることは見えていた。


午前の半ば、新規流入の未照合が呼ばれた。


ベルハイムは砦の南、徒歩で半日の位置にある集落だった。定住者と流入を合わせて百人を少し超える規模で、共同井戸が一つ、礼拝堂が一つ、補修班が一組。砦の周辺記録帳には毎月一度、人口票と物資要請票が届く欄があり、前回の更新時には汚染疑いの井戸が一つ、発熱報告が一つ書かれていた。

その更新は、二日前の夕刻で止まっている。

以降、人口票も要請票も届いていない。


南の小道から入った者の問答では、ベルハイム方角を「通った」かどうかが、欄の一つになっていた。


八人——


南の小道から、昨夜遅くに入った者たち。服に枝葉が絡み、足元は乾いていない。崖道の方角から来てはいない。だが、ベルハイムの方を「通り過ぎた」者は二人含まれていた。


「氏名を」


「ヤナ」


「年齢を」


「四十二」


「同行者は」


「いた」


「現在位置は」


「分からない」


「歩行は」


「できる」


「発熱は」


「ない」


「南の集落を見ましたか」


「……通った」


「灯りは」


「なかった」


「煙は」


「なかった」


「鐘は」


「鳴ってない」


ジャサントは欄外へ書いた。


ヤナ。女。四十二。歩行可。同行者一、所在不明。

ベルハイム方角通過。灯り無、煙無、鐘無。


「次」


二人目も同じ問いに、ほぼ同じ答えを返した。三人目以降は、ベルハイムを通っていなかった。情報になる答えと、ならない答えを、それぞれの欄に入れる。重ねれば、人の動かし方が決まる。


ヤナの再編成先は、東列再分配だった。

発熱なし、歩行可、付き添い不要。

だが、所在不明の同行者欄が閉じていないため、南棟移送には回さない。

条件は揃っているのに、ひとつだけ満たない。

そういう例が、今日は多かった。


リィナが小さく聞いた。


「同じ条件なのに、違うの」


ジャサントは札の位置を直しながら答えた。


「欄の閉じ方が違います」


「歩けて、熱もなくて」


「同行者欄が空いていません」


「それだと」


「移送できません」


「閉じたら」


「移送可になります」


「閉じるって」


「死亡確認、または再会確認」


リィナは黙った。

首元の札を押さえる。

離す。

台の上の欄を見る。

誰の名前が、何の理由で閉じていないのか、彼女の中で順番に並び始めていた。


昼前、隔離棟からエルヴァが顔を出した。


「発熱疑い四、確認が終わりました」


「結果を」


「二、隔離継続。

 一、解除可。歩行困難列に戻す。

 一、悪化、隔離棟内で別床」


ジャサントは欄を直した。

発熱疑い、四。


隔離継続、二。

解除、一。

悪化、一。


「解除一、再編成対象に戻ります」


「そうですか」


「氏名を」


「ナエ」


登録台で、幼児トトを抱いて来た女だった。子も含めての解除だった。今は隔離棟の経過観察にいて、発熱はない。子トトも熱なし。条件としては、東列再分配に該当する。


「同行者欄」


「子のみ」


「親族照合の希望」


「継続」


「東列再分配へ」


「分かりました」


エルヴァは帳面を見ずに言った。


「ヤナとナエ、同じ列ですか」


「現時点では」


「同じ列なら、距離は離してください」


「承知しました」


理由は言わなかった。ヤナの所在不明同行者がベルハイム方角から来ているという欄は、エルヴァも見ていた。同じ天幕に置かない方がよいと判断したのだろう。診断ではない。配置の補足だった。


リィナがエルヴァの背中を見ていた。


エルヴァが台の脇を通り過ぎる時、リィナの顔を一度だけ確認した。診断ではない。見たというだけだった。それからすぐに病舎の方へ戻っていく。リィナは札を押さえた。


「あの人」


「エルヴァです」


「いつも見るね」


「観察対象です」


「わたしも」


ジャサントは少しだけ間を置いた。


「単独未成年は経過観察に入ります」


「ずっと」


「再評価まで」


「いつ」


「条件次第です」


リィナはうなずかなかった。

うなずく代わりに、首元の札を一度だけ強く押さえた。

昨日の椀の縁に置いた半分の乾パンと、今朝の同行者欄が閉じていない者と、自分の経過観察の欄が、彼女の中で並び始めていた。並んでいるのは見える。だがどう繋がっているのかは、まだ言葉にならなかった。


午後、未配給の二人のうち一人が呼ばれた。


歩行可、発熱なし、付き添い不要、荷なし。

昨日の朝、椀の縁に湯気だけを受け取って戻った男だった。


「氏名を」


「ヨル」


「再編成対象に該当しますか」


「南棟へ行きたい」


「条件は揃っています」


「乾パンは」


「南棟は別配給です」


「足りるのか」


「補充次第です」


ヨルは少しだけ考えた。

それから言った。


「行かない」


「ここに残りますか」


「うん」


「東列再分配に戻します」


「分かった」


ジャサントは札を移した。

南棟移送可の束から、東列再分配の束へ。

理由欄に短く書く。

本人申告、補充未確定のため残留。

規定外の理由ではない。だが、書ける欄に入れるまでには一段必要だった。


ガルドが横で見ていた。


「行きたいのに、行かないってのもあるんだな」


「条件次第です」


「ふん」


ガルドはそれ以上言わなかった。

ヨルが下がる時、彼の方を一度だけ見た。怒っている目ではなかった。怒れない種類のものを見ている目だった。


未配給の残りの一人は、呼ばれなかった。


その者の名は、夜の間に閉じていた。


ジャサントは欄を見た。


未配給、二。


未配給繰り越し、一。

死亡確認、一。

死亡時刻、夜半。

確認者、エルヴァ。

場所、東列三番。

氏名、トウ。男。六十一。歩行困難。


エルヴァは午前のうちにこれを伝えなかった。診断結果と一緒に伝える方が早いと判断したのか、ジャサントの欄に余白がなかったのか。彼の方からも理由は聞かなかった。書かれた時点で確定する。それで足りる。


死亡確認の欄に印を加える。

未配給繰り越しの欄から、死亡確認済みの束へ移す。

昨日、椀の縁に湯気だけを受け取って戻った二人のうちの一人だった。

その時、何も言わなかった方の人だった。


リィナはそれを見ていた。

昨日の煮炊き場の脇に布で包まれた半分の乾パンが、棚の奥に残っているはずだった。

誰の名で書かれるかは、もう決まらない。

未配給欄の繰り越しは、一になった。


リィナが小さく言った。


「閉じたの」


「夜半に」


「乾パンは」


「未配給欄に残ります」


「もう、いない人の」


「繰り越し処理になります」


「食べる人は」


「現時点では未定です」


「残るの」


「規定の期間まで」


リィナは札を押さえた。

強く。

離さない。

昨日の椀の中に置いた半分のことを考えていたのか、棚の奥の半分のことを考えていたのか、分からない。あるいは両方を一緒に見ていた。


午後の後半、再編成は予定通り進んだ。


南棟移送可、二十二。

東列再分配、二十一。

発熱疑い継続、三。

隔離棟内別床、一。

単独未成年、優先補充対象、六。

本人申告残留、一。

死亡確認、一。

未照合継続、未配置、四。


未照合の四は、ヤナを含む。

所在不明同行者の欄が閉じない者たちだった。

彼らは今夜も、誰かの名前を待つ欄の隣で眠ることになる。


ジャサントは帳面に書いた。


未照合継続、四。

明朝、再評価。

条件未充足のため、現時点での移送不可。


砂を振る。

頁を乾かす。

閉じない。

今日の修正欄はまだ続いていた。


夕刻、エルヴァが再び台の前を通った。


「ベンは行ったのですか?」


「南棟へ」


「アダの欄は?」


「閉じていません」


「もう一人の方はどうなっていますか?」


「同行者欄に未登録のままです」


「そうですか・・・」


エルヴァはうなずいた。

ベンが、隣の天幕の女を「同行者」として書かなかったことを、診断ではなく観察として確認しただけだった。書かない方が、後で困る場面が出ることをエルヴァは知っている。だが今日の彼は、書かないことを選んだ。それだけだった。


「あの子は?」


エルヴァが言う。

リィナの方を見ずに言った。


「経過観察、継続」


「再評価は」


「条件次第です」


「そうですか」


エルヴァはそれ以上言わず、病舎へ戻った。

診断ではないところで、彼女のことが何度か欄に出ている日だった。

だが、欄に書かれた内容は、今朝と変わっていない。


日が沈む頃、リィナはまだ台の左にいた。


「宿泊区画へ戻ってください」


ジャサントが言う。


リィナはうなずいた。

歩き出す。

二歩進んで止まる。

振り返る。


「ねえ」


「何ですか」


「今日、聞かれたこと、わたしも答える」


「氏名を」


「リィナ」


「年齢を」


「八」


「同行者は」


リィナは少しだけ間を置いた。


「……いない」


「歩行は」


「できる」


「発熱は」


「ない」


「付き添いは」


「いらない」


「荷は」


「ある」


ジャサントは札を見た。

リィナの仮札は、最初の登録台で書かれたままの欄を持っている。氏名、年齢、歩行可、発熱なし、単独。今日の問答で増える欄はない。

だが、最後の答えだけが新しかった。


「荷の内訳を」


リィナは服の内側へ手を入れた。

昨日の椀から取り分けた、半分の乾パンを取り出した。

布に包まれている。

火床の脇に残っていた半分とは別の、彼女が自分の椀から残した方だった。


「これ」


「保管ですか」


「うん」


「乾燥した場所に」


「分かってる」


ジャサントは札の裏に短く書いた。


リィナ。荷一、乾パン半。自己保管。


「規定外ではありません」


「うん」


「保存欄へ追加します」


「明日も」


「補充次第です」


「足りなかったら」


「条件次第です」


リィナはうなずいた。

今度はうなずいた。

乾パンを服の内側へ戻し、首元の札の位置を確かめた。

札と乾パンが、同じ高さで胸の内側に並ぶ位置だった。


リィナが歩き出した。

東列の縄の前で、一度だけ止まった。

振り返って言った。


「閉じない欄、まだあるんだよね」


ジャサントは答えた。


「あります」


「わたしのも」


「経過観察です」


「閉じる時は」


「条件次第です」


「そう」


リィナは縄をくぐった。

東列の中へ入る前に、もう一度首元を押さえた。

札と、半分の乾パンと、その両方の位置を確かめる動作だった。


ジャサントは再編成帳の最後の欄を埋めた。


当日再編成、四十四。

未照合継続、四。

死亡確認、一。

本人申告残留、一。

保存登録追加、一。

明朝再評価対象、十。


砂を振る。

頁を乾かす。

閉じる。


中庭の長机の上には、束ごとに紐で分けられた札が残っていた。

南棟へ運ばれる束。

東列へ戻る束。

発熱疑いの束。

未照合の束。

死亡確認済みの束。

そして、保存登録に一つだけ加わった、半分の乾パンの欄。


棚の奥には、もう一つの半分が布に包まれて残っていた。

その名は、もう書かれない。

だが欄は、規定の期間まで残る。


明日になれば、また同じ列ができる。

条件は変わるかもしれない。

変わらないかもしれない。

閉じる欄もあれば、閉じない欄もある。


それだけだった。

ご拝読ありがとうございました。

次回の投稿は明日の15時より、1話の投稿となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ