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戦姫メイド  作者:
ひび割れ
PR
13/19

第13話 追加確認

ここから新章です。

手に取ってくださった皆様ありがとうございます。引き続き『戦姫メイド』をお楽しみいただければ幸いです。

夜が明けきらないうちから、記録室の机にはもう三冊の帳面が並んでいた。


中央に避難民登録、左に配給帳、右に周辺集落記録帳。机の端には炭片が二本、新しい砂壺、黒印箱の小型のもの、紐の束。地図はまだ昨日のまま広げられている。ベルハイムの線の脇には、現地確認、完了、と書かれ、その下に未確認九件、追加確認要、と書かれていた。


ジャサントは椅子に座らなかった。


立ったまま、周辺集落記録帳の補助欄写しを取り出し、紐で束ねた。今日の任務に必要なのは、この束だけだった。担当者欄に名のある者が、未確認の九件を『閉じ』に行く。それが書かれた欄の意味だった。


外はまだ薄い。

鐘は一度も鳴っていなかった。

煮炊き場の煙はいつもより細い。

昨日と同じ朝の形だった。


ダグラスは中央会議室にはいなかった。中庭の、装備棚の脇に立っていた。第11話の朝と同じ位置だった。


「読んだか」


「はい」


「最小編成の意味は、忘れていないな」


「救援ではない、という意味です」


「そうだ」


「現地確認のみ」


「九件、閉じに行け」


「承知しました」


「補助は」


「リュド・カイン」


「初の前線か」


「はい」


ダグラスは少しだけ間を置いた。


「使い方を、間違えるなよ」


「規定の範囲で運用します」


「そうじゃない」


「はい」


「初めての者は、見える範囲が狭い」


「承知しています」


ダグラスはそれだけ言って装備棚から離れた。

止める手と渡す手は、いつも同じ手だった。


リュド・カインは厩舎の前で立っていた。


十八歳。背は高くないが、肩の幅は均一に育っている。まだ前線の汗を吸っていない革鎧の留め金が、新しい音で鳴った。剣の柄を握る指は、少し白い。


「ジャサント殿」


「補助のリュド・カインですね」


「は、はい」


「年齢を」


「十八」


「前線経験を」


「ありません」


「武器の保持は」


「剣を......訓練どおり!」


「振り抜きの精度は」


「……自信、ありません」


「結構です」


ジャサントは札を一枚、彼に渡した。

リュド・カイン。男。十八。前線補助。第十三回任務、ベルハイム追加確認。

首にかける紐の長さを、ジャサントが手で確認する。短すぎても長すぎても、戦闘中に動く。中央で止まる位置に結び直した。


「呼吸を二拍に揃えてください」


「に......はい」


「水袋は左腰、止血具は右腰、剣は中央」


「はい」


「私の指示が出るまで、剣は抜かないでください」


「はい」


リュドはうなずいた。

うなずいてから、もう一度水袋を確かめた。指の位置は変わらない。緊張が動作に出る種類の若さだった。


リィナは中庭の長机の左端に立っていた。


ノアの札の隣だった。今朝も札を服の外には出していない。胸の内側に、彼女の札と三つの半分の乾パンが並んでいる位置だった。


「行くの」


「ベルハイム、追加確認」


「ここにいる」


「邪魔にならない位置で」


「うん」


リィナはそれ以上聞かなかった。

ジャサントは馬の蹄の音が裏門を抜けるまで、振り返らなかった。

振り返らないことも、欄の上では同じだった。


南の小道は、第11話の時より乾いていた。


土は固く、足跡は浅くしか残らない。ジャサントは馬を歩かせ、痕跡だけを目で追った。第11話のガルドの足跡はもう消えている。新しい痕跡は小型のものが点々と続き、中型のものは別方向へ抜けたあとが二つだけ残っていた。


リュドは何度も水袋を確かめた。


「歩幅を一定に」


ジャサントが言う。


「は、はい」


「乾いた葉は踏まないでください」


「あ、すみません」


「謝罪は不要です」


「はい」


「呼吸を二拍に」


「はい」


リュドは呼吸を整えようとした。だが、整えようとすることで、かえって乱れた。ジャサントはそれ以上は言わなかった。整わないものを、整わないままで欄に書く。それも手順だった。


林の縁で、彼女は一度馬を止めた。


「歩いて行きます」


「歩き、ですか」


「足音を消す距離です」


「はい」


馬は林の縁に繋いだ。鞍の前の水袋一だけを下ろす。剣帯を整え直し、鉈の柄の位置を確認する。リュドの剣はまだ鞘の中だった。位置だけ、ジャサントが手で直した。


ベルハイムの外周に着いたのは、午刻を少し前だった。


最初に目に入ったのは、礼拝堂での戦闘痕だった。


外周の柵の脇に、中型の死骸が一体。喉から胸への切り口が崩れ、布のように乾いている。匂いは強い。風がない時間帯だった。柵から少し奥に、小型三体の死骸が並んでいる。鉈の角度の浅い傷が、骨まで透けて見えていた。


リュドが一度だけ、口元を押さえた。


「吐いてください」


ジャサントが言う。


「え」


「この場で吐いてください。村に入る前に」


「は、はい」


リュドは外周の脇で吐いた。短い。胃の中身は朝の乾パン半量だけだった。彼は袖で口を拭い、水袋を一口含んでまた吐いた。それから、ようやく息を整えた。


「進めますか」


「進めます!!」


「呼吸を二拍に」


「はい」


ジャサントは外周をまず一周した。


入る前に外を見る。それが手順だった。柵の壊れ方、家屋の配置、井戸の位置、礼拝堂の壁の影、煮炊き場の冷えた火床。歩きながら、頭の中で家屋の番号を振る。北側から順に、一、二、三、四、五。残る四軒は無人の確認のみ。


外周一周後、彼女は剣を抜いた。


「私が先に入ります」


「はい」


「あなたは入口の外で待機」


「はい」


「呼ばれた時だけ、中へ」


「はい」


「振らなくていい」


「……はい」


リュドはうなずいた。

振らなくていい、と言われたことの意味を、彼はまだ完全には飲み込めていなかった。だが、その動揺も呼吸の中にあった。

ジャサントの呼吸は変わらなかった。


一軒目は、戸が半開だった。


ジャサントは戸の外で止まった。蝶番の方を見る。歪み、二箇所。戸が完全に閉じない理由がそこにあった。中の暗さは外より一段濃い。匂いはあった。獣のものだった。乾いてはいない。


戸の隙間に、影が一つ。


低い位置だった。床に伏せている。気配は浅い呼吸として伝わってくる。小型一。位置、戸口の右奥、家具の影。


ジャサントは戸を蹴った。


蹴ると同時に、半歩、内へ入る。剣はもう構えにある。蹴られた戸が壁にぶつかる音より早く、彼女の踏み込みが床を鳴らした。家具の影で起き上がろうとした個体の喉に、剣が真っ直ぐ通った。骨の浅い位置だった。一撃で抜ける。剣の戻りは、踏み込んだ右足が引かれるより一拍だけ早かった。


個体は鳴かずに崩れた。


崩れる音だけが屋内に響いた。


ジャサントは三歩、奥へ進んだ。家屋の左、寝台の影、煮炊きの竈の裏、それぞれを目で確認する。気配はもうない。剣を布で軽く拭い、鞘へ戻す。戻すまでの動作は、抜くまでの動作と同じ拍だった。


「リュド、入って構いません」


「は、はい」


リュドは戸口で立っていた。声をかけられて初めて、剣の柄を握ったままだったことに気づいたらしい。指を一度開き、また握った。


「死亡、一体」


「は、はい」


「位置、戸口右奥、家具影」


「はい」


「氏名」


「氏名、ですか」


「家屋に住んでいた者の。札があります」


ジャサントは寝台の脇の壁を見た。釘に小札が一枚かかっていた。家屋ごとに、住人の名と人数を記したものだった。砦の補助欄と同じ書式の札だった。


「ハイネ・ルツ。男。北井戸補修補助。家屋構成、本人一」


リュドが声を出して読み上げた。


「単独居住です」


「死亡確認は、礼拝堂調査の外周で済んでいます」


「はい」


「家屋内死骸は、別欄」


「別欄」


「家屋内潜伏個体、死亡確認、一」


「はい」


ジャサントは札の束から空白の小札を一枚取り、書いた。


家屋一、ハイネ・ルツ宅。

潜伏個体、小型一、死亡確認。

住人、外周戦闘時に死亡確認済み、欄外。

家屋内、無人確認、完了。


「次へ」


「はい」


リュドの呼吸はまだ二拍に揃っていなかった。

ジャサントの呼吸は変わらなかった。


二軒目は、戸が完全に閉じていた。


ジャサントは耳を戸に当てた。中から、低い擦れの音。爪が床を引っ掻くような音だった。一つ。いや、二つ。位置はばらけている。中型一、と判断した。爪の音が、小型のものより重い。


「下がってください」


「はい」


ジャサントは戸を押した。蝶番(ちょうつがい)は生きている。だが、内側に何か置かれていた。家具の角だった。半分しか開かない。彼女は半分の隙間から、まず鉈を抜いて投げた。


鉈は奥の壁に当たって落ちた。

音に反応して、影が立ち上がる。

家具の向こうから、中型の頭が伸びた。

口先が裂け、脚が長い。崖道で見た個体と同じ種だった。


ジャサントは戸の隙間から内へ入った。

半身で抜けた瞬間、剣は既に振り上げられていた。中型は家具の角に脚を取られて、半歩遅れた。その半歩が、剣の入る角度を決めた。


首ではなかった。

首は届かない位置だった。

彼女は左前脚の関節を斬った。

個体は崩れる方向を変えた。

崩れた方向にもう一撃。

喉に真っ直ぐ通る角度になっていた。


二撃。

家具の角を蹴って、剣の戻りに合わせる。

鉈を拾い、布で拭き、鞘へ戻す。


中型は鳴かずに崩れた。


「リュド」


「は、はい」


「家具を蹴ると、位置が露出します」


「位置、ですか」


「潜伏個体は、家具の影に重心を置きます。家具を動かすと、重心が崩れる」


「はい」


「覚えていてください」


「はい」


リュドはうなずいた。彼は剣を抜いていなかった。抜いていなくてよかった、と理解した顔だった。


ジャサントは家屋の札を確認した。


「サラ・ベルン宅。家屋構成、母一、子一、夫一」


「夫」


「未確認欄」


「夫の遺体は」


「現時点で未発見」


「家屋内には」


「ないです......」


ジャサントは札に書いた。


家屋二、サラ・ベルン宅。

潜伏個体、中型一、死亡確認。

住人、母および子、第11話で確認済み、欄外。

夫、未発見、未確認欄継続。

家屋内、無人確認、完了。


「次へ」


「はい」


三軒目で、リュドが咬まれた———


戸は開いていた。屋内は暗く、家具の配置がほかの家屋と違う。寝台が中央にあり、壁際に大きな箱が積み重ねられている。倉庫を兼ねた家屋だった。


ジャサントは戸口で止まった。


中の気配は二つ。

両方とも、低い。

小型二。並列に潜伏していた。

位置は寝台の下の影と、箱の隙間。


「リュド」


「はい」


「入口の右へ。動かないでください」


「右」


「動かないで」


「はい」


ジャサントは先に入った。寝台の下の一体に、まず剣が届く角度を取る。寝台の縁に左手を置き、片手で持ち上げる。寝台が傾いた瞬間、影の中の小型が露出した。剣が首に通る。


一体目、死亡確認。


その瞬間、箱の隙間から二体目が飛んだ。

ジャサントは振り向く動作の途中で、視界に入れた。

二体目は彼女の方ではなく、入口の方へ向かっていた。


リュドの方だった。


「右ですか」


リュドが言いかけた。

言いかけて、声が止まった。

小型の口が、彼の左前腕に当たっていた。


「あ、」


短い声だった。


ジャサントは寝台を離し、踏み込みの方向を変えた。

小型の背中に、剣が真っ直ぐ通る位置に入る。リュドの腕に咬みついたままの個体の脊椎を、骨の浅い位置で断つ。剣の戻りは、リュドの腕を傷つけない角度を取った。彼女は剣を一度引き、もう一撃で頭を断った。


二体目、死亡確認。


個体は崩れた。

リュドの腕に、咬まれた牙の跡が残った。


「動かないでください」


ジャサントが言う。


「は、はい」


「腕を上げて」


「はい」


リュドは左前腕を上げた。咬傷は二箇所。深さは中。骨までは届いていない。出血は中程度。動脈には掠っていない。彼女は止血具を取り、傷の上下を圧迫した。リュドの息は浅くなっていた。


「呼吸を二拍に」


「は、はい、ぃ」


「圧迫を続けます」


「はい」


「動脈には届いていません」


「はい」


「歩行は可能ですか」


「あ、はい、たぶん」


「立ち上がってください」


リュドは立ち上がった。膝はふらついたが、立った。


「処置を行います」


ジャサントは家屋の中央に布を敷き、リュドを座らせた。止血具を巻き直し、上から革帯で締める。包帯はまだ持参分が残っている。咬傷の周囲を清拭し、止血の確認を行う。すべて、病舎の処置の手順と同じ動作だった。違うのは、エルヴァがいないことだけだった。


リュドは布の上で座っていた。

左前腕を見ていた。

それから、ジャサントを見た。


「ジャサント殿」


「はい」


「処理してくれ」


ジャサントは止血具の位置を直した。


「処理、ですか」


「咬まれたから」


「現時点で感染兆候はありません」


「でも」


「経過観察です」


「夜になったら」


「経過観察です」


「俺は」


「規定外です」


リュドの呼吸は乱れていた。

ジャサントの呼吸は変わらなかった。


「咬傷は感染源になる場合があります」


「はい」


「ただし、咬傷だけで感染が確定するわけではありません」


「はい」


「規定では、隔離搬送のうえ、経過観察」


「はい」


「即時処理は、感染兆候が確認された場合のみ」


「はい」


「現時点で兆候はありません」


「……はい」


リュドはうなずいた。

うなずいたが、彼の左手は右手で右の革帯を握っていた。剣を抜こうとして、止めている動作だった。自分で自分を処理しようとしていた手だった。


ジャサントはその手を見た。

だが、止めなかった。

止めなくても、彼は剣を抜かなかった。

抜かないと決めるまでに、しばらく時間がかかった。


「立ってください」


「はい」


「外で待機」


「はい」


「残り三軒、私が処理します」


「はい」


ジャサントはリュドを家屋の外へ出した。陽の当たる位置に座らせ、水袋を渡す。水を一口、含ませる。リュドはそれを飲んだ。飲んでから、自分の左前腕をもう一度見た。包帯の上から、血はもう滲んでいなかった。


「動かないでください」


「はい」


「呼ばれるまで、ここで」


「はい」


ジャサントは家屋三の札を書いた。


家屋三、ミア・オル宅。

潜伏個体、小型二、死亡確認。

住人、ミア・オル、現地確認以降未確認継続、外部所在欄へ移動。

家屋内、無人確認、完了。

損耗、リュド・カイン、左前腕咬傷、感染兆候現時点なし。


書き終えてから、彼女は次の家屋へ向かった。


四軒目は、寝台の下に小型一体だけがいた。


ジャサントは寝台を蹴って動かした。家具を蹴ると、位置が露出する。リュドに教えた通りの動作だった。寝台が傾いた瞬間、小型の頭が見えた。


剣は既に下ろしていた。


一撃で首を斬る。

戻りはほとんど必要なかった。

個体は鳴かずに崩れた。


家屋四、ヤン・トリ宅。

潜伏個体、小型一、死亡確認。

住人、外周戦闘時に死亡確認済み、欄外。

家屋内、無人確認、完了。


五軒目は、屋内の中央に中型一体がいた。


戸を開ける前から、気配が動いていた。重い。中型のものだった。位置は屋内の中央、隠れていない。彼女は戸を開け、開いた瞬間に踏み込んだ。


中型の頭がこちらを向くより、剣の方が早かった。


首に真っ直ぐ通る角度。

骨の浅い位置。

一撃で抜ける。

個体は崩れる方向を変えなかった。

崩れた位置に、もう何も足さなかった。


剣の戻りは、踏み込んだ右足が床から離れる前に終わっていた。


家屋五、ベルク宅。

潜伏個体、中型一、死亡確認。

住人、外周戦闘時に死亡確認済み、欄外。

家屋内、無人確認、完了。


残る四軒は無人だった。


ジャサントは順に戸を開け、屋内を確認した。家具の影、寝台の下、煮炊きの竈の裏、寝具の中。気配は一つもなかった。家屋ごとに札を書いて、家屋の壁の釘にかけ直した。


家屋六から九、無人確認、完了。


外周の柵の脇に立つと、影は伸びていた。日は傾き始めている。村の中の音は、もう一つもなかった。


リュドは家屋三の前に座っていた。

水袋は半分減っていた。

咬傷の包帯から血は滲んでいなかった。


「歩けますか」


「はい」


「馬まで戻ります」


「はい」


「呼吸を二拍に」


「はい」


リュドは立ち上がった。膝は最初の時よりふらついていなかった。咬まれた腕を、もう右手で握ってはいなかった。剣も抜かなかった。抜かないと決めた手は、もう右の革帯から離れていた。


馬まで戻る道で、リュドは一度だけ言った。


「ジャサント殿」


「はい」


「あなたは、怖くないんですか」


「現時点では」


「現時点では......?」


「はい」


「俺は」


「呼吸を二拍に」


「はい」


リュドはそれ以上発言もなくただ静かにジャサントを見つめていた。

そしてジャサントもそれ以上は言わなかった。


馬は林の縁で待っていた。鞍の前の水袋は減っていない。彼女はリュドを馬に乗せ、自分は手綱を引いて歩いた。咬傷者を歩かせるのは規定外だった。揺れの少ない移動が必要だった。


南の小道に入る前、ジャサントは一度だけ振り返った。

ベルハイムの外周は影に沈み始めていた。

家屋の壁の釘には、新しい札が並んでいた。

書く。

かける。

位置を揃える。

それで、九件の欄が閉じた。


砦が見えた頃、空はもう夕方の色だった。


東門でジャサントは止まった。

リィナが東列の縄の前にはいなかった。

中庭の長机の左端に立っていた。

朝、見送った位置と同じだった。

動いていなかった。


「よかった・・・」


「はい」


「リュドは?」


「咬傷一」


「かまれたの?」


「左前腕、感染兆候現時点なし」


「処理は?」


「隔離棟経過観察」


リィナはうなずいた。

うなずいてから、机の左端のノアの札の隣に立ったまま、ジャサントの方を見た。

彼女の胸の内側には、三つの半分の乾パンと、彼女の札があった。

朝と変わらない位置だった。


ジャサントは記録室へ向かった。


エルヴァが隔離棟の前で待っていた。リュドを馬から下ろし、咬傷の確認を行う。深さ、中。出血、止血済み。感染兆候、現時点なし。経過観察、開始。


「ジャサント」


「はい」


「この子、自分から処理してくれって言ったのですか?」


「はい」


「で、規定外と.....」


「はい」


「そうですか」


エルヴァはうなずいた。診断ではない。確認だった。


「経過観察、夜間も」


「はい」


「明朝、再判断します」


「承知しました」


エルヴァはリュドを連れて隔離棟へ入った。

リュドは振り返らなかった。

振り返らないことも、欄の上では同じだった。


ジャサントは記録室の机の前に立った。


帳面を開く。

新しい欄を書き加えていく。


ベルハイム、追加確認、完了。

家屋確認、九。

うち戦闘発生、五。

無人確認、四。

死亡確認、追加七、村内残存。

うち中型二、小型五。

損耗、リュド・カイン、左前腕咬傷、感染兆候現時点なし。

処置、止血、隔離搬送。

未確認欄、村内残存に関し、閉鎖。

ベルハイム未確認、外部所在、二、追加確認要、保留欄。

担当者、ジャサント、変更なし。

補助、リュド、隔離棟経過観察。

帰還、本日中、達成。


砂を振る。

頁を乾かす。

閉じる。


机の中央のベルハイムの束は、また少し薄くなった。

死亡確認済みの札が、別の束へ移った。

残ったのは、外部所在の未確認二と、保護対象のノアの札だけだった。


リィナはまだ机の左端にいた。


ノアの札の隣だった。今朝と同じ位置だった。


「終わったの」


「家屋確認、九件、閉じました」


「リュドは」


「経過観察」


「明日も」


「再判断次第」


「咬まれた人は、消えるの」


ジャサントは少しだけ間を置いた。


「現時点で兆候はありません」


「出たら」


「再判断です」


「出なかったら」


「再配置です」


「ノアと、おなじ?」


「欄が違います」


「おなじとこ?」


「欄が違います」


リィナはうなずかなかった。

うなずく代わりに、机の左端のノアの札を見た。

ノアの札の隣に、新しい札は加わっていなかった。

リュドの札は、隔離棟経過観察の束に入っていた。


「明日も、ここにいていい?」


「妨げにならない範囲で」


「うん」


「再評価ではありません」


「うん」


「現状維持です」


「うん」


リィナは机の左端から半歩、離れた。

半歩だけだった。

それから、もう半歩、離れた。

東列の縄の方へ歩き出した。

途中で一度、振り返った。


「ねえ」


「何ですか」


「リュドも、書いてあるの」


「はい」


「じゃあ、いる」


「現時点では」


「うん」


リィナはそれだけ言って、東列の縄をくぐった。


夜が近づくと、中庭の声は少しずつ下がった。


煮炊き場の鉄鍋は底を見せている。

配給帳の不足欄は埋まっている。

未配給繰り越しの欄は、まだ一のままだった。

火床の脇に、半分の乾パンが一つ残っていた。

誰の名で書かれるかは、決まらない。


ジャサントは灯りを点けた。

明朝の業務予定を書く。


リュド・カイン、隔離棟経過観察、再判断予定。

ベルハイム、村内未確認欄、閉鎖。

ベルハイム、外部所在未確認二、保留継続。

ノア、隔離棟経過観察解除予定、再配置先、未定。

リィナ、現状維持。

配給、補充見込みなし、半量継続予定。


砂を振る。

頁を乾かす。

閉じる。


机の左端のノアの札は、束には入らないまま机の上にあった。

机の中央のベルハイムの束は、外部所在二だけが残った。

机の右端の損耗欄には、リュド・カインの名が新しく書かれた。


机の上のすべての欄は、それぞれ別の幅で並んでいた。

だが、同じ机の上にあった。


家屋の数は、九だった。

処理した個体は、七だった。

咬まれた者は、一だった。

書かれた札は、九だった。

書かれなかった欄は、まだ二だけ残っていた。

ご拝読ありがとうございました。この章では結構戦闘シーンを多く描いていければいいなと考えています。

最後までお付き合いください。

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