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荒野に命令は生きている  作者: ほらほら
西部総合避難拠点
8/9

管理地

内部は、外から見えた以上に歪んでいた。


元の避難施設としての構造はまだ残っている。


中央広場。

周囲を囲む低層棟。

地下区画へ降りる階段。

共同炊事場。

貯水塔。

小さな診療所。

災害時を想定した分散型配置だ。


だが、その上から軍の都合が塗り重ねられている。


広場の一角には検問柵。

別の一角には徴発物資の集積場。


さらにその先、元は集会所だったはずの建物の前に、粗末な晒し・・・があった。

柱が一本。

ロープ。


その足元に乾いた血の色が残っている。

エミリが足を止めた。


「うわ」


クロムウェルは晒し台を一度だけ見た。

視線はそこで止まらない。


その背後。

建物の壁に貼られた掲示を読む。


外出許可証 発給停止中

夜間出歩き禁止

無断取水 懲罰対象

技術者登録未了者 労役加算

反抗・扇動・配給妨害 厳罰


紙ではない。

薄い樹脂板に乱雑な手書き。


しかも同じ内容が何枚も重ねて貼られている。

命令の数だけ支配が強くなると思っている人間のやり方だった。


エミリが低く言う。


「気色悪い」

「まだ序の口だ」

「序の口でこれ?」


クロムウェルは答えなかった。

広場の端で、痩せた老人が手押し車を引いている。


中身は空だった。


兵がその前に立ちはだかり、何か言う。

老人は背を折るようにして頭を下げる。

兵は中身のない車を蹴る。


それで終わりだ。

殴りもしない。

だが、その蹴り方に慣れがあった。

暴力を行使する側の、日常の動作だった。


「止めないの?」


エミリが言う。


クロムウェルは老人と兵の距離、周囲の視線、広場全体の兵配置を見る。


監視塔二。

広場巡回三。

中央棟入口二。

表に見えるだけで七。


他に、隠しがある。

たぶん地下にもいる。


「今はな」


エミリが睨む。


「今は、って」

「まだ、見る」

「人が蹴られてるのに?」

「そうだ」


エミリは怒りで唇を引き結んだ。


そのまま何も言わず、クロムウェルの横を早足で歩いた。


宿泊用の空き区画は、旧来の避難者居住棟の一角に割り当てられた。

本来は家族単位で使う小部屋だろう。

薄い間仕切り。

二段寝台。

換気口。


今は病人や、こうして来訪者などの隔離用収容区として雑に使われているらしい。

少しだけ、アルコールの匂いが漂う。


そこにも兵がいた。

今度は女だった。

髪を後ろでまとめ、軍服の上だけを着ている。

腰には拳銃。

机の上には配給票の束。


そして、その横にちゃっかり個人用の徴収箱が置いてある。


「二人」


クロムウェルが言う。

女兵は顔も上げずに書類をめくる。


「ここは宿だよ。宿代を払いな。

一泊ごとに糧食一単位」

「高いな」

「安全料」

「安全があるようには見えん」


その言葉で、女兵が初めて顔を上げた。

目つきが悪い。

だが眠そうでもある。

疲れているのではなく、長くここで腐ってきた顔だ。


「口が立つ旅人は短命だよ」


エミリがにこりともせず言う。


「徴収箱が個人持ちなのも規則?」


女兵の目が細くなった。


「なんだって?」


クロムウェルが先に交換物資を置く。

それで会話を切った。

女兵は物資を箱へ押し込み、カードキーを放る。


「三号室。夜間外出禁止。中央棟、武器庫、貯水区画、北棟は立入禁止。違反は拘束」

「拘束後は」


クロムウェルが聞く。


「ケースによる」

「規定は」


女兵が薄く笑った。


「この中じゃ、私が規定」


クロムウェルは女の肩章を見た。


上等兵。

そこまでの権限があるはずはない。


だが、今この場では、彼女の言うことが、本当に規定なのだろう。



三号室は狭かった。

壁に古い避難手順ポスターが貼られている。


落ち着いて行動しましょう

子どもと高齢者を優先してください

係員の指示に従ってください

その「係員」のところだけ、誰かが爪で削っていた。


エミリが工具袋を下ろす。

乱暴な音がした。


「最悪」


クロムウェルは窓の隙間から広場を見た。


外ではまだ配給列が続いている。

兵が票を切り、住民に渡し、時々はねる。


理由は分からない。

だが住民は抗議しない。


エミリが言う。


「潰すでしょ」

「何をだ」

「何をって、あいつら」


クロムウェルは答えない。


「見たでしょ。門番も、配給も、晒し台も。あれ完全に私物化してるじゃん」

「してるな」

「だったら」

「それで終わらん」


エミリが眉を上げる。


「どういう意味」


クロムウェルは窓の外を見たまま言う。


「ここはもう、兵が住民を脅してるだけの場所じゃない」

「は?」

「脅しながら、回してる」


エミリは数秒、意味を測るように黙った。

それから吐き捨てる。


「だから何」


クロムウェルはようやく彼女を見た。


「だから、撃てば済む話じゃない」

エミリは腕を組んだ。

「でも撃たなきゃ済まないでしょ。あんなヤツら」


その言葉には勢いがあった。

まだ若さがある。当然だ。

理不尽を見れば壊せばいいと思える年齢のまっすぐさだ。

悪くない。



クロムウェルは窓から顎をしゃくった。


「見ろ」


広場の端。

水の配給を受け取った女がいる。

腕に子ども。

もう一方の手に容器。

その容器へ水を注いでいるのは兵だ。

住民ではない。


さらに別の場所。

外周へ出る作業班が整列している。

門を開けるのも兵。

記録板を持つのも兵。

戻り人数を数えるのも兵。


「配給、水門、外周警備、出入りの管理、労役の割り振り。全部あいつらが握ってる」


エミリが黙る。


「腐ってる。規律もない。私物化してる。だが、統治機能だけは持ってる」

「……だから放っとくの?」

「そうは言ってない」

「じゃあ何」


クロムウェルは少し間を置いた。


「切るなら、切ったあとを考える」


エミリは答えなかった。


いや。

答えられなかった、に近い顔だった。

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