第6話 観察
休日の疲れが抜けないまま、俺は倉庫の片付けを進めていた。
(あれから音沙汰ないけど、りるちゃんどうしたんだろう……)
連絡もなければこのところ店にも姿を現していなかった。
「ごちゃごちゃしすぎだろ……」
「しゃーないっすよ、不良在庫なんスから」
「捌け捌け、残ってたってどうせ1円にもならねぇんだから」
「ダメっすよ、比奈子さんに怒られるッス」
「少しくらいいいだろ、そうやって毎回在庫抱えてんじゃねぇか」
「まぁ、気持ちは分かるッスけどねー」
「ったく、だりぃな……」
その日は夜遅くまで作業が続いた。
ーー
「いってぇ……腰痛めたかな……」
連日連夜立ちっぱなしで腕も脚もパンパンだった。
荷物の積み下ろしで今にも腰が砕けそうなほど悲鳴をあげていた。
「ハジメさーん、あの子来てるッスよー」
「え?」
(もしかして……)
「ほら、あのー、地雷系っぽいツインテの子」
(りるちゃん、来たのか……)
「行かないんスか?」
「……てか、客なんだからそりゃ来るだろ」
「なに独り言いってんスか?」
「別に、フロアに出るまでもないだろ……」
「たまには腰でも伸ばして来たらどうッスか?ここ、俺が代わるんで」
「……別に、あの子が来たから行くってわけじゃないからな」
「ツンデレッスか?おじさんの需要はないと思うんスけど」
「今すぐお前を荷物にしてやろうか?」
「さーて、取り掛かるッス。ああ、忙しい忙しい」
「……ったく、調子いいヤツだな」
倉庫番はヨウイチに任せて、フロアに出た。
(えっと……りるちゃんは……)
「ハージーメーさん♡」
「うわッ!?」
(や、やわらか……)
りるちゃんが背中に抱きついてきた。
お互いの身体がぴったりと密着して、弾力のある柔らかい感触と人肌の生暖かさがじんわりと広がっていく。
「久々に来たよー!!」
「ちょッ、ちょっとりるちゃん……近いって……」
「りるに会えなくて寂しかった?」
「いや、その……とりあえず離れようか……他のお客さんもいるし」
「……もう少し焦らしてもよかったかな」
相変わらずボソボソと呟いていたが、何かを確認し終えたかと思うといつも通りニコッと笑った。
「ハジメさん今日もカッコいい♡」
「お世辞ありがとう」
「えー、なんかつーめーたーいー」
「いや、ほら、今仕事中だし……」
「仕事中じゃなかったらなんて返してくれるんですか!?」
(そんな期待のこもった眼差しを向けられても特に何もないけどな)
「内緒」
「えー、ハジメさんのケチー」
(拗ねてる顔もかわいいな)
他愛ない会話にどこかホッとする自分がいた。
だからといって、いくつも年の離れた女の子相手に何かを期待するほどのキャパシティなど端から持ち合わせてなどはいない。
「じゃあ、音ゲーやってくるね!」
「うん、ゆっくりしてって」
「はーい!」
(さて、俺も見回りしますか……)
しばらく歩いて腰を伸ばし、痛みが引いたあとヨウイチの様子を見に倉庫へと戻った。
「ーーハジメ、なにあの子」
「なんだ、いたのか」
「あれ、客?」
「そ、常連の子」
「ふーん」
ーー笹原 とばりは気怠そうに返事をした。
興味がないのに聞いたのかと思うと文句の一つでも言い返したくなるような態度だった。
「興味がないなら聞くなよ」
「……あの子、やめといたほうがいいよ」
「は?」
「アンタ、狙ってんでしょ?」
「狙うわけないだろ……ったく、なんでどいつもこいつも……」
「別に、客の女引っ掛けんなって言ってんじゃないわよ」
「じゃあなんだよ」
「あの女だけはやめときな」
「あのなぁ、あの子はただの常連だって……」
「刺されても知らないよ」
(誰にだよ……)
棒付きキャンディーを口に咥えたまま、とばりはメガネの縁を軽く持ち上げた。
「とにかく、忠告はしたから。あとはご勝手に」
「そいつは親切にどうも」
「いつか痛い目見るよ」
「へいへい」
「……あの子、ずっとアンタのこと見てたよ」
「はぁ?」
「アンタが巡回してる時も、ずーっと……」
「たまたまだろ」
「どうだか」
(……考えすぎだろ)
とばりはそれ以上何を言うでもなく、奥の作業部屋へと消えていった。
ーー
「すっごい綺麗になってる!」
「どうッスか、比奈子さん!めっちゃ頑張ったんスよ!」
「おー、結構片付いてるじゃん。やるな、ヨウイチ」
「これくらい余裕ッス!」
「途中泣き言いってたじゃねぇか」
「それはどっかの誰かさんッスね〜」
「ふふッ、二人ともほんとにありがとう」
柏木さんは礼を言うとハッとなり、 一枚のメモ紙をポケットから取り出した。
「あ!そうそう、ハジメくん。おつかい頼まれてくれない?」
「おつかい?」
「うん、第二倉庫の脚立が壊れちゃってるでしょ?新しいの買いたくて」
「脚立なら、確か一階のホームセンターに売ってますね」
「そうそう!で、他にも色々買ってこなきゃいけなくって。私も一緒に行くから荷物持ちお願い!」
柏木さんは顔の前で両の手を合わせた。
無論、断る理由もない上に女性に荷物を持たせるのは気が引けた。
「それくらいどうってことないですよ。でも、そうなるとフロアいなくなりません?」
「うん、そうなんだけど……実は、とばりちゃんがフロア見てくれるって言うから」
「えッ!?マジですか!?」
(巡回嫌いのアイツが?)
「明日雪でも降るのか……?」
「そんなこと言わないであげて、厚意には甘えておかないと」
「まぁ、そうですけど……」
(どういう風の吹き回しだ?あの陰キャ女)
「二人とも気を付けて行ってくるッスよ〜」
「結城君、とばりちゃんのことお願いね」
「任せてくださいッス!」
(柏木さんと二人で買い物、か……なんか、デートみたいだな)
そんな妄想に鼻の下が伸びそうになるのを抑え、俺は柏木さんと店を出た。
(ーーなんだ、今の)
「ハジメくん?どうかした?」
「ああ、いえ……なんでも……」
「そ?じゃあ、早く行こ?」
「はい」
店を出る直前、背中に妙な視線を感じた。入り口付近から誰かがこちらを見ているような気がしたが、人が多くてよく分からなかった。
柏木さんに急かされ、それ以上気にも留めず二人で買い出しに出掛けた。
「なんか、いつも重いものばっかり持たせちゃって、申し訳ないな……」
「いいんですよ、俺の存在意義なんてそんなもんですから」
「……全然、そんなことないのに」
「柏木さん、今何か言いました?」
「う、ううん!なんにも!」
「なんかあったらまたいつでも言ってくださいね」
「うん、ありがとう」
(マジで綺麗だな、柏木さん……)
脚立を担いで帰る間もニコニコと微笑む柏木さんの姿から目が離せなかった。
「おかえり」
「ただいま、とばりちゃん!巡回ありがとうね!」
「ムリ、疲れた、しんどい。帰ったならさっさと巡回戻れ、ハジメ」
「随分と偉そうだな」
「黙れデカブツ」
(やけに機嫌悪いな……)
「へいへい、すぐ戻りますよ」
「ーーハジメ、ちょっと待て」
「あん?んだよ、戻れっつったり、待てっつったり」
「あの子、見てたよ」
「は?」
「アンタとひな姉が一緒に店出ていくとこ」
「それがなんだってんだよ……」
「……アンタ、ほんと気付いてないの?」
「何が言いたいんだお前は、俺はフロア戻るぞ」
「どうなっても知らないから」
(なんだよアイツ……今日はやけにうるせぇな……)
とばりの生意気さは今に始まったことじゃない。
俺にだけ当たりが強いことにはもう慣れているが、今日はいつにも増してしつこかった。
「あ、ハジメさーん!」
「りるちゃん、今日はもう帰るの?」
「うん!結構遊んだから!」
「気をつけてね」
「うん!あ、そうそう、ハジメさんーー」
(ち、ちけぇ……)
鼻と鼻が触れそうな距離に一歩後退る。
しかし、りるちゃんはそうはさせないとでも言うかのように首の後ろに両手を回して退路を塞ぐ。
「さっき、どこ行ってたんですかぁ?」
「え、えっと……りる、ちゃん……?」
「いつもの先輩さんと仲良さそうに出掛けてましたよね?」
「あ、ああ!あれは備品を買いに行ってただけだよ」
「備品……」
(な、なんだ?急に真剣な顔に……時々こういう顔するよな、りるちゃんって……)
「ほんとに……それだけですか?」
「う、うん、それ以外には特になにも……」
「ふーん……」
りるちゃんは一瞬眉を顰めたかと思うと、いつも通りの笑顔で陽気な声を上げた。
「なーんだ、よかった♡」
(やっと離れてくれた……)
「りるちゃん、俺、仕事中だからこういうのはやめてね……」
「仕事中じゃなきゃいいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「……それにしてもあの女、ほんと目障り」
「女の子?が、どうかした……?」
「いえ、こっちの話です!じゃあ、ハジメさん、また明日ね♡」
「あ、うん……?」
(明日?俺、明日出勤だって言ったっけ……まぁ、いいか……)
りるちゃんはウインクひとつかまして店を後にした。
胸中を過る一抹の疑問は、その後の忙しさの中で跡形もなく消えていった。
第6話お読みいただきありがとうございます!
新しいキャラも増えてきて、どんどん楽しくなっていきますね!
面白いと感じていただけましたら感想&ブックマークも宜しくお願いします!
次回、第7話でまたお会いしましょう!




