《6》転生能力そのものがバッドエンドのトリガーなんだが?!
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それから目を覚ましたのはすでに日が落ちてからだった。2時間ほどの睡眠時間だった。外気の冷たさと甘い眠気により引き起こされるベッドの魔力に全力で抗いながらなんとか這い出る。菜穂はまだ寝ている。
起き抜けだが、夕飯を作らねば。今日は、二食分。
顔を洗ってエプロンを着ける。鍋に火をかけ湯を沸かす。ご飯は炊飯器に余りがある。ワラサは新鮮なものだから刺身に。骨引き包丁をふるって手際よく三枚に下ろして半身だけをリズムよく一口大に捌く。残りは煮付けにでもしよう。
沸騰しきらない程度のお湯に粉末だしをいれ、湯がいてない油揚げ、味噌を溶かして、一気に強火に。沸騰ギリギリを見極めて溶き卵を落とす。俺の自慢の味噌汁。あえて油揚げは湯がかないことで味噌汁をよくすい、うまさが出るのだ。
レタスをちぎって少し水にさらしておく、別の鍋を使ってもやし、ブロッコリーを入れて温野菜に、軽くゆすいで再び沸騰させる。今度は豚バラ肉をしゃぶしゃぶにするように湯に通し無駄な脂肪と油を落とす。これらをシャキッとしたレタスの上に盛り付けて6つに切ったトマトを添えてサラダの完成。
さて、そろそろ菜穂を起こさないと。穏やかな寝息をたてる妹に手榴弾をば……。
音量マックスにしたスマホを開いて目覚まし動画を再生する。それを耳元に投げ込む。耳をつんざくような高くやかましい目覚まし時計のベル音が部屋中に響いた。
「うるさっ!うるさー…ないわ〜…兄…ないわぁ。」
「ほら起きる。メシできたぞ。」
「でもこの起こし方はないでしょ!せめてさぁ揺すり起こすとかさぁ!兄はあたしもっとお姫様みたいに扱うべきよ!」
「いや何様のつもりだよ。」
「妹様。」
吹っ飛ばずぞ?お前…。
手榴弾の一発で飛び起きて、のそのそと動く菜穂に文句を言われながらテーブルの上をあけるように言って台拭きを絞って投げ渡す。
菜穂はもそもそと動きながらテーブルを拭き上げて、まるで空気が抜けたようにぺたぁんとしぼんでいる。
…このまま寝るんじゃなかろうな。
「箸を並べて、自分の茶碗にご飯をよそってレンジにかけろー。」
こうでもしないと動きそうにない。
手早く料理を運び醤油などを準備する。その間に菜穂が取り皿や醤油皿を用意してくれた。温まったご飯を持ってきたら、二人で手を合わせる。会話はさして多くない。家のルールで食事中はテレビを消してスマホは見ない。皿と箸が当たる音が時折するくらいで、晩ご飯というには静かすぎるくらいなものだが、寝起きだから頭が回っていないのだ。普段はもっとたくさん話す。
食事は団欒の時間ではな。
食事を終えればまた思い思いの行動をする。菜穂は洗い物を始めるし、俺はパソコンをいじり始めて動画見ている。
「そーいやお前、今日はどうすんだ?」
「ん、泊まっていく〜。」
「りょーかい。風呂用意するわ。」
のそりと立ち上がって風呂を洗いに行く。風呂場に入り汲水ポンプを入れて洗濯機に残り湯を移す。
貧乏になりがちな一人暮らしの学生には洗濯するのにも新しい水を毎日使うのは手痛い出費だから、こういう小さなところから節約しなくては…。
さっと風呂の掃除を終わらせお湯張りボタンを押した。
「ん?なっ……?!」
だれだお前は…?
リビングに戻ろうとした俺は鏡に釘付けになった。
風呂場を出るには洗面台に、脱衣所に行くのは当たり前だろう。そこには鏡がある。しかし、鏡に映った自分がまるで他人のように見えたのだ。そう、全く知らない赤の他人。外見はまるで変わらないのに自分を自分と認識できなかった。
俺か…。あれ?まてよ? 『俺はこの世界に来てまだ1日目なのだ。どうして菜穂がしばしば来ていることを何も考えずに認知できたのか。つまり、どうして初対面同様の寝ている妹の分を含めた二食分を無意識のうちに用意していたのか』
普通なら菜穂は夜になれば帰ると想像のに。なぜならこの家の住人ではなく自宅から来ているからだ。あるいはなにか記憶が映像のように流れるはずなのだ。それが今回は、体で覚えているかのように行動したのだ。
加えて食後の俺、どうしてパソコンを立ち上げた?
IDやパスがわからないってことじゃない。一人暮らしをしていた時は食べ終わったらすぐに片付けていた。つまり、習慣そのものが無意識のうちに崩れているということだ。
「なるほどな。寝ている間にいよいよ意識と記憶がリンクして馴染み始めたということか…。」
この主人公の人格と混ざり合いはじめているということだ。しかしそれが二本の記憶が混在して存在しているのもが一つになろうとしているのか。どうかはわからない。
しかし、転生権の効果は、ただ必要なものが全て入っている、その世界に馴染むため融通が利く代償なしの能力なんてもんじゃなかった。
知識面ではたしかに便利だが、人格面では枷だ。飲まれてしまえばいかなる結果をもたらすのだろう。たしかに今の俺は「柳原として」と「藤堂として」の二つ人格を持つ不安定な存在だ。
「さしずめ「柳原」の記憶は無くなって「藤堂」になってしまえばゲームオーバーといった具合か…。」
不思議さと愕然とした事実、恐怖など様々な感情が押し寄せる。
「なに鏡とにらめっこしてるの?お兄ちゃんキモいよ?」
「……なんでもない。ちょっと目の中にゴミが入ったから探していたんだ。あっちにいっておいて。」
鈴の音のような軽い小馬鹿にしたような声をしている妹の鏡に映った顔がダリの時計のように歪んで見えた。
急にめまいに襲われた。立ちくらんで膝立ちになった。どうでもいい嘘をついて菜穂を向こうに追いやる。
いまは一人にしてくれ…。
これがこの世界に「いた」あるいは「いる」藤堂照史に魂までなってしまうエンド「自我の消失=柳原照史の死」という一つ目のバッドエンドであると予想がつく。ゲームエンド後の世界は操作できないのだから、たとえ世界があったとしてもそこにいる俺は俺じゃなくて「藤堂照史」という名前のNPCしかのこらない。
「俺はこの世界の主人公だ。だから俺を俺でなくなるのはすなわち俺の死と同等ってわけか」
他にどんなエンドが存在するのか。ここに来て果てしない孤独感が押し寄せてきた。まずは一つ目。こんなところに落とし穴があったとはねぇ……。
「やってくれるじゃんか……。まさにデスゲーム。死亡がゲームオーバーとは趣がある。いいねぇ、攻略しがいのあるゲームじゃねぇか……。生き残ってやるよ。ふふっ。」
鏡に映った俺は見たことがないほど歪んだ笑顔をしていた。
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