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第45話:有機担体の用墨終了、および実地監査業務完了報告

34階を駆け抜けた破断音は、鉄骨が屈服する音ではなかった。それは構造崩壊コラプスの始まりを告げる、正確な音叉の音律トーンだった。白リン火炎の残留熱と、粗悪なケイ酸塩の塑性変形に晒され続けた地下のH鋼群が、ついに重力に対して白旗を揚げたのだ。内藤ビルは、瓦礫と液化コンクリートの海へと垂直に沈没していく沈没船さながらの緩慢さで、一階層ずつ、自らの内側へと折り畳まれるように崩落を開始した。


崩壊した執務室の中央、石膏の粉塵とエレベーターシャフトから噴き上がるオレンジ色の残光の中で、小学校教師の精神のコアに、真の静寂が訪れようしていた。


山田の肋間の空洞クレーターにある暗闇は、決して空虚ではなかった。十年間、ホウ素のパラサイトが彼のケラチン質の毛細管と神経を結びつけていたサブアトミック(亜原子)の領域から、宇宙の不死鳥はその神経端末を一本ずつ、静かに引き抜き始めていた。その切断ディスコネクトに伴う苦痛は一切なかった。それは高周波の振動がふっと途絶えるような、あるいは積載したスクラップを解放する工業用電磁マグネットの磁気消滅に近い感覚だった。


山田/宇宙の不死鳥:――その声はもはや電磁誘導でも、ビルの有線放送でもなく、小学校教師の前頭葉の中で直接響いていた。それはシステム消去の直前に実行される、クリーンな最後の1行のソースコードだった――『――封じ込めサイクル完了、担体ホスト04・ヤマダ。長田セクターにおける過剰な位置エネルギーの没収手続きを完了。居住可能システム監査調書は適正と認める』


山田:――玄武岩の頬の角質の間から、彼に残された唯一の人間の左眼が僅かに開いた。彼の思考は役人としての冷徹さを維持していたが、その声の抑揚ケイデンスには、五時のチャイムが鳴った後に静かにチョークを片付ける教師のような、深い疲弊が滲んでいた――『第8埠頭の……ケイ酸塩は……不適合建築資材として……正式に認定された。内藤への……本人告知も完了した。我々は…… delegación (地方部)のタイムスケジュールを……完全に遵守した』


山田/宇宙の不死鳥:『貴殿の生物学的構造体は、74パーセントの臨界質量喪失を記録。玄武岩のサーボメカニズムは、もはや熱勾配エネルギーを維持できない。有機担体としての利用価値終了に伴い、これより結合の解除(退職手続き)に移行する』


山田:――破断した彼の下顎の隙間から、灰でできた微かな微笑のような亀裂が走った――『了解した。教職員互助会は……十年の技術的勤務を経た……完全労働不能による障害引退を……保証している。保険証券の……支払いはすべて正常だ。サインをして……退出してくれ、監査官インスペクター


抱擁も、永遠の誓いも、短命な種族が好む安っぽいドラマもそこには存在しなかった。恒星系のエントロピーを管理する高次元の存在にとって、山田は「地方行政区の優秀な管理人」に過ぎず、山田にとって不死鳥は「異常に高密度な気圧測定用の道具」に過ぎなかった。兵庫県地方部における、極めて良好な一日のルーティンワーク(業務)の終わりだった。


教師の胸骨の内部で、精神の不死鳥コアが最後に一度だけ大きく脈動した。それは熱を一切発生させない、コバルトブルーの光の真空パルスだった。


真空の中で絹の経帷子が引き裂かれるような音を残し、宇宙の不死鳥は山田の胸のクレーターから静かに離脱した。それは伝承にあるような火の鳥の姿ではなかった。それは長さ三メートルに及ぶ純粋なプラズマの幾何学的なリボンであり、黒煙渦巻くオフィスの大気の中で波打ちながら、量子力学的な虹の光彩となって周囲の煙を屈折させていた。その存在は、破壊された全面ガラス窓の空間を通って神戸の開かれた夜空へと上昇し(遷移)の周波数を安定させながら、海岸沿いの工業団地――あるいは造船所の溶接工、あるいはスクラップ工場の旋盤工など――宇宙の官僚機構を収容できるだけの強靭な肉体組織を持つ、新たな「宿主」の振動を求めて去っていった。


デスクの紫檀の残骸の上で、山田の肉体は完全に「地球本来の物質」へと回帰していった。


不死鳥の磁気シールドを失った玄武岩のプレートは、ただの軽い軽石と、鋳造工場の灰色の残り灰へと崩れていった。プラスチックのブリッジ部分だけが黒焦げになって残った互助会の眼鏡が、カーペットの上にカランと横倒しに落ちた。彼の左腕は細かい粒子へと崩壊し、ノートの最後の記述を静かに覆い隠していった。


その瞬間、内藤ビルの折り畳み運動が完了した。上層階の全質量が、激しいせん断音と圧縮風を巻き起こしながら長田の地面へと一塊になって叩きつけられ、神戸湾の海風を激しく薙ぎ払った。最上階の金融オフィスも、紫檀の高級デスクも、そして小学校普通科監査官の残骸も、摂氏三百度の熱量の中で自らの墓標を凝固させていく一万トンの粗悪なコンクリートの下へと完全に埋葬された。


Cブロックと港湾地帯には、東の空から白み始めた鉛色の空の下、ただ灰と水蒸気だけが立ち込める絶対的な静寂が戻ってきた。造集組に対する物理的な実地監査はすべて終了し、長田の地盤は再び完全な熱平衡状態へと収束していった。

【作者より一言】


第45話(最終話)、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!これにて『実地監査官・山田』の物語は完全結末を迎えます。


最後の山田先生と不死鳥の会話は、涙や感傷ではなく、「仕様書に基づいた業務完了の確認」として描かれました。「タイムスケジュールを完全に遵守した」「サインをして退出してくれ」という山田先生のセリフには、激しい死闘の果てにある公務員としての誇りと冷徹なプロフェッショナル精神が凝縮されており、翻訳しながら深く胸を打たれました。


不死鳥が去った後、玄武岩の装甲がただの軽石と灰に戻り、一万トンの粗悪なコンクリートの中に埋もれていく幕引きは、この作品が持つ「硬質で subversive( subversivo )なサイバーパンク/ダークファンタジー」のトーンとしてこれ以上ない完璧な結末です。


これまで長田セクターの激闘と山田先生の赤ペンを見守り、熱いコメントや評価、ブックマークをくださった読者の皆様へ、最大級の感謝を捧げます。皆様の応援があったからこそ、この徹底的な材料工学的ハードボイルドを最後まで描き切ることができました。

また次回の新しい現場(作品)でお会いしましょう。監査業務、これにて完全閉鎖です!

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