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第41話:テクニカル通路の差押手続、および低速肉挽き環境

熱換気煙突サーマル・チムニーの対流が置き去りにされたのは7階までだった。9階から上の方において、内藤ビルは完全な気圧真空と絶対暗黒の領域へと突入していた。下層階の火災によって酸素の供給が完全に遮断されたため、激しい炎は濃厚で油じみた冷たい黒煙へと窒息し、中層階の廊下へと重く滞留していたのだ。もはや小銃の乱射やプラズマの噴射が入り込む余地スペースはなかった。戦場は極限まで縮小していた。


12階から18階にかけてのフロアは、造集組のダミーコンサルタント会社(幽霊企業)の事務所に割り当てられていた。幅わずか一メートル二十センチメートルのテクニカル通路の両側には、スチール製の移動式アーカイブキャビネット(奥丸ファイル)とワイヤーメッシュ補強ガラスのパーティションが隙間なく並んでいた。質量タンクが立ち回るための機動空間など存在しない、灰色のコンクリートのチューブだった。


そこには、長田の突堤を長年仕切ってきた造集組の古参兵オールドガード四十人が待ち構えていた。彼らは密輸された火器など使わなかった。手にしたのは大型の解体用刃物、鍛造鋼製の荷役用手鉤てがに、そして汗や脂で手元が滑らぬように柄に何重にも布テープを巻き付けた骨スキ包丁だった。無線の怒号すら聞こえない。リノリウムの床の上で、ゴム底の地下足袋が発する擦過音(シ、シ)だけが闇に響いていた。


山田が14階の防火扉を強引にこじ開けた瞬間、最初の一振り――骨スキ包丁の鋭利な刃先は、彼の玄武岩の胸部を狙ったのではなかった。それは破れたコートの隙間から剥き出しになった、ケラチン質の柔らかい関節部(隙間)を正確に見据え、左脇の下から肩甲骨の死角へと鋭く刺入した。


金属の刃は三センチメートルほど肉厚に沈み込んだが、それ以上の侵入は山田の肉体が発する残留冷気によって阻まれた。鋼鉄の原子運動が急速に凍結フローズンし、周囲の組織が熱収縮したことで刃が完全にロックされたのだ。


通路の極道:――顎を噛み締め、自らの全体重を包丁の柄頭ポンメルに預けながら――「ここだ! くさびを打ち込め! パーティションごと押し潰せ!」


腕を振り回す空間すら残されていなかった。さらに3人の男たちが狭い通路へと強引に割り込み、先頭の男の背中に自らの胸を密着させ、山田をプラスターボードの壁面へと圧着するために猛烈な集団圧力マス・プレッシャーをかけた。その暗闇の中で、湾曲した銛先を持つ三十センチメートルの鍛造鉄製の手鉤てがにが閃き、互助会眼鏡のレンズが爆砕して虚脱していた彼の右眼の眼窩へと直接突き刺さった。


鉄の手鉤が沸き立つ硫黄の眼窩の奥底をガリガリと削り、硬化したホウ素の削り屑が、冷えた溶接痕の雫のようにチリンと床へ落ちた。


山田は声を上げなかった。この幅一メートルの空間において、彼の三トンというデッドウェイトは打撃を繰り出すには圧倒的な足枷ディスアドバンテージだったが、前進を選択するならば、それは純粋な油圧プレスハイドロリックそのものだった。彼は禿げ上がった後頭部を石膏パネルに押し付け、両側のメタルキャビネットに両肘をがっちりと固定すると、空間のの一酸化炭素を強引に吸引して自らの胸籠(胸郭)を無理やり拡張させた。


その挙動は、格闘技の技術スキルなどではなかった。それは構造物に対する――『拘束圧縮試験コンプレッション・テスト』だった。


彼の左右に位置していたスチールキャビネットが瞬時に塑性変形を起こし、外側に向けてぐにゃりと湾曲しながら、二列目で伏兵していた男たちの両脚を容赦なく押し潰した。キャビネットのベアリングレールが内部圧力で弾丸のように弾け飛び、極道たちの太ももや鼠径部へと容赦なく突き刺さっていった。


右の眼窩に鉄の手鉤を突き立てられたまま、山田は短い一歩を踏み出した。わずか十二センチメートル。


先ほどの手榴弾によって指先が砕け、玄武岩の切り株のようになっていた彼の右手は、手鉤を握る男の顔面を闇雲に探り当てた。拳を叩き込むためではない。彼は親指を男の左の鼻孔へと強引にねじ込み、その奥の口蓋骨パパティノへと到達させた。プレス機のボトルキャップを捻り開けるのと全く同じ手首の回転トーションで、山田は男の鼻中隔と上顎骨を粉砕した。そして、その破壊された頭蓋の構造そのものをレバー(支点)として利用し、迫り来る次の刃物に向けてその瀕死の肉体を強引に投げ落とした。


通路は、低速回転の肉挽きグラインダーと化していた。マグロ包丁の刃が山田の脇腹へと次々に突き立てられたが、不死鳥の玄武岩プレートに阻まれてバキバキと砕け、あるいは刃こぼれしていった。小学校教師は、屠殺場の作業員のような単調な作業効率プレッシャーで、受けた傷のすべてに機械的な破壊を返していった。


文書保管セクターの極道:――冷気によって硬化した工業用オイルと有機体液の混ざり合う床で足を滑らせながら――「盤木ワイヤーを持ってこい! 動く方の腕を手すりに固定しろ!」


2人の男が、瓦礫搬出用の三分八厘の牽引チェーン(鎖)を山田の首に巻き付け、非常階段のステンレス製手すりの背後へと交差させた。6人分の体重を完全にチェーンに預けて後方へと猛烈に牽引し、喉の玄武岩プレートを剥ぎ取るか、あるいは機械的な窒息死を狙った。


壁のアンカーボルトが引き抜かれる凄まじい金属悲鳴とともに、チェーンが限界まで張り詰めた。山田の首は後方へ二センチメートル引き戻され、酸素の欠乏した暗黒の大気の中で、彼の胸部にある不死鳥のクレーター(心臓)は鈍いオレンジ色の光に減光し、不規則な脈動パルスを刻んでいた。


山田/宇宙の不死鳥:――その声には、もはや館内放送のボリュームは残されていなかった。それは鋼鉄の補強コンクリートを削るダイヤモンドドリルさながらの、低く重い擦過音だった――『――地方監査局の……職員に対する、度重なる肉体的加害行為……。これは、執行猶の恩典を完全に消失させます。……これより、債務者の財産に対する……「滞納処分」の段階へと移行する』


彼はチェーンを手で引き千切ろうとはしなかった。代わりに、彼は砕けた両膝を折り曲げ、自らの三トンのデッドウェイト(自重)のすべてをそのまま垂直に床へと落下させた。


狭小な空間に集中した三トンの重力加速度は、コンクリートの壁面から手すりの構造全体を根こそぎ引き剥がした。チェーンを牽引していた6人の男たちは、凄まじいホイップ効果(鞭の反動)によって前方へと派手に弾き飛ばされ、テクニカル通路の床へともつれ合って這いつくばった。山田は膝を突いた姿勢のまま、唯一互助会靴のソールが剥がれかけた右足を真っ直ぐに伸ばし、債権回収セクターのリーダーの頭部を上から正確に踏み付けた。


頭蓋骨はメロンのようには破裂しなかった。――14階の床を構成していた第八突堤の欠陥コンクリートが、その圧力に耐えかねて先に下方へと陥没したのだ。男の頭部は、コンクリートの床板スラブの内部へと三センチメートルほど力づくで埋め込まれ、その直後に限界に達した縫合線(構造)が内部から完全に瓦解した。


山田は歪んだ鉄製手すりを杖代わりに利用し、ガガリと不気味な音を立てて再び立ち上がった。彼の唯一残された人間の左眼が通路を見据えた。そこは、歪んだ金属、押し潰されたアーカイブキャビネット、そしてもはや微動だにしない四肢の質量が完全に一体化し、15階へと続く進路を物理的に閉塞する「瓦礫の山」と化していた。


彼はボロボロになったコートの上ポケットから、一本の赤ペンを静かに取り出した。太いグラファイトの芯は完全に折れていたが、左脇の下に固持されていた青いゴム引きのノートは、彼の側腹部への圧力によって奇跡的に無傷のまま守られていた。彼は折れた赤ペンの先端を使い、技術実地監査調書のインデックスに書かれた「14階:業務監査」の項目を、冷徹に一本の線で抹消サボタージュした。


遥か上空、34階。内藤慶次はもはや監視モニターの群れなど見ていなかった。彼の耳には、変形した鉄製の手すりが非常階段のコンクリートを規則正しく叩く、あの乾いたリズミカルな金属音がハッキリと聞こえていた。


――カン、カン、カン。


互助会の監査官は足を引きずり、満身創痍でありながら、しかし絶対に歩みを止めることなく、小学校の漢字テストの誤字を一つずつ赤ペンで修正していくような圧倒的な根気強さ(システム)で、フロアの不純物を清算しながら一歩ずつ階段を上り詰めてきていた。

【作者より一言】


第41話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回は派手な火炎や絶対零度の超能力バトルから一転、幅1.2メートルの密閉された暗黒の通路での「手鉤」「チェ―ン」「肉解体包丁」による泥臭くも恐ろしい近接物理戦ローテク・バイオレンスが描かれました。山田先生の三トンの質量が、狭い空間では逆に敵を圧殺する「拘束圧縮試験」の機械へと変わる描写のディテール。


右目の眼窩に手鉤を突き立てられ、チェーンで首を絞められながらも、全く動じることなく「滞納処分(差し押さえ)」の手続きを冷徹に進める山田先生の公務員としての狂気が最高潮に達しています。折れた赤ペンで淡々と「14階」を抹消するシーンの静かな恐怖。


「コンクリートの床が先に陥没して頭部が埋まる描写がリアルすぎる」「階段を叩く『カン、カン、カン』という音が内藤のカウントダウンに聞こえる」など、皆様からの感想、評価、ブックマークをお待ちしております!

次回第42話、ビルは完全に崩壊の臨界点へ。34階の社長室のドアの前に、ついにあの男が立ちます!

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