第4話:六畳一間の神聖領域!エアコン無き部屋でWi-Fi速度に怒る救世主
神戸にある一組の市営住宅、「希望が丘団地」の404号室。広さはちょうど六畳一間、そこには期限切れの牛骨カップラーメン、湿った布類、そして十日前に尊厳を捨て去った男の絶望が混ざり合った、言語絶する臭いが充満していた。使い込まれてすり減った畳の上には怪しいシミが点在し、その周囲には成人向け漫画やタイトルがモザイク処理されたDVDのケースが、不安定なタワーのようにそびえ立っている。
このゴミ溜めの真ん中で、山田武(41歳)は地べたに座り込んでいた。身に着けているのは、色あせた安物のトランクス一枚と、生き残った片方のグレーの靴下だけ。彼は、半分溶けかかったメガネのブリッジをガムテープで直そうと、無駄な努力を続けていた。
一方、天井のすぐ下では、死んだハエが詰まったペンダントライトと室内物干しロープの狭い間に、宇宙のフェニックスが窮屈そうに浮遊していた。神聖な炎の翼が壁紙を炭化させないよう、必死に小さく折りたたもうとしている。
宇宙のフェニックス:――流し台に積まれた汚れた食器をガタガタと震わせるほどの轟音で――「抵抗は無意味だ、山田武! 星のエネルギーがお前の腐敗したシナプスを再構築する。お前が眠る間、私はお前の精神を再プログラミングし、この銀河系のあらゆる生命体の痛みを実感させるのだ。お前は世界の共感の灯火となるのだ!」
山田:――手垢まみれのマウスを猛烈にクリックしながら――「うるせえよ、鳥。頼むから黙ってくれ。ダウンロード速度が落ちてんのが分かんねえのか? お前がそこに入り込んでから、うちのWi-Fiは2メガしか出てねえんだよ」
宇宙のフェニックス:「無価値な凡夫め! 私はお前に『全知の眼』を授けたのだ! お前には星雲の誕生も、魂の行く末も見えているはずだ!」
山田:――飛び出た目をこすりながら――「その全知の眼とやらで言わせてもらうけどな、画面が反射して見えねえんだよ。ルーメン(輝度)を下げろ、クソ鳥、偏頭痛が起きそうだわ。だいたい……なんで俺なんだよ? 俺は誰も傷つけちゃいねえ。ここで自分のことをやって、静かに暮らしてるだけだろ」
宇宙のフェニックス:「お前の精神は腐臭を放つ浄化槽だ! 周りを見ろ! この堕落の巣窟を……そのケイ素の器に溜め込んだ画像を……」――フェニックスの首がパソコンのタワー型本体へと向く――「どのファイルからも、お前の死に絶えたモラルが上げる救いを求める悲鳴が聞こえるぞ!」
山田:――心外だと言わんばかりに腕を組み、半分溶けたメガネを直しながら――「おいおい、失礼なこと言うなよ。これは韓国のコンセプトアートだ。それに『確定申告2022』のフォルダはプライベートだろ。男にだって趣味の権利はあるんだよ、学校で三十人のガキどもに二次方程式を怒鳴り散らした後はな。こっちは猫背なだけでも十分に不幸なんだよ」
宇宙のフェニックス:「お前はこの地上のクズだ! だからこそ選ばれたのだ! アルゴリズムに狂いはない。泥が深ければ深いほど、その救済はより輝かしいものとなる。明日、我々は南地区に平和をもたらすのだ!」
山田:「明日は三列目の親どもと三者面談なんだよ、ふざけんな。空にあんな履歴を晒されて、今更なんて言えばいいんだ。リンチにされるわ。あ、いや、今はクレジットカードを投げつけられるんだっけ……。てか、この火は消えねえのか? 暑くてたまらん。エアコンは去年の夏から壊れてて、ケツの割れ目から汗がノンストップで流れてんだよ」
宇宙のフェニックス:――憤慨した神聖な光を放ちながら――「聖なる炎は永遠なり! 不浄を焼き尽くすのだ!」
山田:「いや、うちのクッションフロアが焦げてんだけど。退去時に弁償させられたら、お前のその星雲とやらで払ってもらうからな」
その時、鋭く耳障りな音が、アパートの神秘的な緊張感を切り裂いた。
ピンポーーーーン!
死にかけたセミのような音を立てる、古ぼけたインターホンのブザーが廊下に響き渡った。
山田:――恐怖に顔をこわばらせ、玄関のドアを凝視する――「ヤバい……警察か? だから誰かが通報するって言ったんだよ」
宇宙のフェニックス:「気配を感じるぞ! 誰かがお前の霊的導きを求めている。救世主のオーラを察知した、苦悩する魂だ!」
山田:――脂シミのついたクッションの下に、慌てて成人向け雑誌を隠しながら――「違うわ、誰も入れるな! 俺は全裸なんだよ! あ、靴下は履いてるけど。お前は中に入れ、隠れろ!」
山田は自分の胸を強く叩き、まるでパンパンのスーツケースに服を無理やり詰め込むように、フェニックスの頭をシャツの中へと押し込もうとした。フェニックスは憤慨した聖なる鳴き声を上げた後、ベージュの生地の下へと消えていき、教師の胸をラバランプのように妖しく輝かせた。
引きずる翼で灰色の埃の舞い散る床を歩き、山田は激しく咳き込みながら玄関ドアへと近づいた。慎重にドアスコープを開け、外の廊下を覗き込んだ。
【作者より一言】
第4話をお読みいただきありがとうございます!
宇宙の偉大な力を授かったはずの山田ですが、現実は12平米のゴミ屋敷でWi-Fiの速度にキレる小市民のままでした。神のフェニックスと汚れたトランクス一丁の教師による、全く噛み合わないスピリチュアルな押し問答を楽しんでいただけたら幸いです。
そして、ついに鳴り響いたインターホン。ドアの向こうに立っているのは一体……?
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