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第39話:内藤ビル正面突破、および第四種強制力の行使

長田の突堤のアスファルトは、山田の足歩あゆみの下で軋んだのではなかった。――それは収縮したのだ。


午前四時十分、神戸港の湾岸に金融の牙のようにそびえ立つ、プレストレストコンクリートと熱線吸収ガラスで構成された三十四階建ての構造物――内藤ビル本社の地階は、襲撃の通報アラートを受信したのではなかった。そこが受け取ったのは、凄まじい熱質量サーマル・マスの変動だった。ロビーから三百メートル離れた屋上のダイキン製ビルマルチ空調システムは、地階のセンサーがビル構造内への極前線(寒気団)の侵入と同等の圧力低下を検知したことでエラーを起こし、異常な熱風を不規則に排出し始めていた。


一階の受付に配置されていた警備班は、灰色の制服を着た警備員などではなかった。それは造集組の第二線(鉄砲玉)――濃色のスーツやサテンのスカジャンを羽織り、内部に鉛を注入した改造アルミバットを手にした十四人の荒くれ者たちだった。彼らは黒御影石のカウンターの後方から、監視モニターの群れを凝視していた。


【カメラ1(西側搬入口)】:モニターがコバルトブルーに明滅し、アナログ信号に激しい静電気(砂嵐)が走る。

【カメラ2(地下駐車場)】:蛍光灯が一本、また一本と破裂していく。過電圧によるものではなかった。配管スペースを伝って這い上がってきた絶対零度により、管内のアルゴンガスが瞬時に液化したためだ。


次の瞬間、正面ロビーの強化ガラス製の回転ドアが、文字通り「消失」した。衝撃によって粉砕されたのではない。それを支えていたステンレス製のフレームが一マイクロ秒の間に4%も熱収縮したことで、厚さ三センチメートルのガラス板が分子レベルで耐え切れなくなり、一瞬にして極寒の微粉末へと変質してエントランスの床を白く染め上げたのだ。


山田が、その境界を越えた。


青いゴム引きのノートは相変わらず左脇の下に抱えられていたが、教職互助会の支給品コートの背部は完全に引き裂かれ、鋳造された爬虫類の鱗のように脊椎に沿ってせり出した不死鳥の縞状玄武岩プレートが剥き出しになっていた。彼の眼球はもはや人間のそれではなかった。強膜(白目)には黒いホウ素の体液が溢れ、その中心で2つの黄色いプラズマの瞳孔が、奥のミドルエレベーターを確実にロックしていた。


カウンターの極道:――自動連射式フランキSPAS12(ショットガン)を構え、空調の不気味な駆動音を圧するような怒鳴り声で――「ハゲだ! 奴が来やがった! 足を……足を狙え――!」


命令が完遂される時間は残されていなかった。山田は走らなかった。彼は産業用コンクリートパイル(杭打ち機)のごとき油圧の歩幅で、前方へとその身体を射出した。


御影石のカウンターまでの十二メートルの距離は、撃鉄が雷管を叩くほどのわずかな時間で無に帰した。黒いケラチン質と粘着性の硫黄で形成された山田の右の質量(拳)が、二トンの御影石のブロックへと叩きつけられた。カウンターは後方へ押し出されたのではなかった。一平方センチメートルあたり七十気圧という超高圧の前に、中央から真っ二つに「破断」したのだ。その背後に遮蔽パラペットしていた2人の極道は、凍結した石材の破片(散弾)の下敷きとなった。教師の皮膚に触れたことで極低温へと冷却された御影石の破片は、彼らの大腿骨と腹直筋を、まるで粘板岩の剃刀のように易々と切断していった。肉体から血が流れることはなかった。傷口の断面は瞬時に窒素の冷気でカチカチに硬化し、純粋なアンモニアの臭いを放っていた。


左翼側から4人の男が、マグロ包丁や内藤の建設現場から持ち出された32口径の異形鉄筋を振りかざして一斉に突撃してきた。


最初の一振りが山田の首を正確に捉え、玄武岩の顎の下にある頸動脈へと突き刺さった。しかし、長さ四十センチメートルの炭素鋼の刃は、皮膚の一ミリ手前で完全に停止した。不死鳥の負のエントロピー障壁が打撃の運動エネルギーを瞬時に吸収し、それを逆方向の分子振動として相手へと突き返したのだ。マグロ包丁は制御不能な高周波で激しく振動し、加害者の手の中で粉々に爆発した。五十個以上の灼熱の金属片が男の眼球と顔面に突き刺さった。男は両手で自らの眼窩から鉄屑を引き抜こうとのたうち回りながら、絶叫して後方へと倒れ込んだ。


山田はそれを見向きもしなかった。彼は2人目の男のシルクシャツの襟元を掴み上げると、機械的な腰の回転トーションだけで、それを残りの2人に対する人間製のフレイル(大榘)として振り回した。


ロビーの床で肉体と肉体が激突した音は、建物の五階から瓦礫の袋を二つ同時に叩きつけたかのような鈍い破壊音だった。三トンのデッドウェイトを背負って突進する山田の質量の前に、3人の男たちの肋骨は互いの肉体ごと粉々に圧砕された。彼らの身体はロビーの大理石の床にめり込み、引き裂かれた衣服、脱臼した四肢、そしてドライアイスの塊が混ざり合う、一つの圧縮された質量ゴミへと還元された。


山田/宇宙の不死鳥:――その声はNHKの緊急地震速報の周波数へとモジュレートされ、天井のバックグラウンドスピーカーを一斉に破裂させた――『――技術実地監査の執行に対する犯罪的妨害行為……。これは行政主体に対し、第四種強制力フィジカル・コアシオンの行使を付与する。……進路を開放しなさい。三十四階。業務停止に伴う、最終的な事業清算を執行する』


ロビーに残された最後の6人の男たちは、グロック19(自動拳銃)を闇雲に連射しながら、非常階段へと退却を試みた。しかし、銃口から放たれた九ミリ弾は、山田の周囲二メートルの領域に進入した瞬間、その弾道モメンタム(推進力)を完全に喪失した。それらは線路上の列車に押し潰されたコインのように空中で平たく変形し、チリン、チリンと無害な金属音を立てて床へと落下していった。


山田は、スラムの裏路地に進入した装甲車のごとき質量でエレベーターホールへと突き進んだ。


彼は階段の一段目に足をかけようとした最後尾の男のかかとを捕らえ、単一の引き戻し(プル)によって、男の両足を階段のコンクリート構造物の内部へと強引にインプラント(埋め込み)した。第八突堤の粗悪なケイ酸塩で製造された内藤ビルのコンクリートは、その圧力に耐え切れず、一瞬で砂状の粉末へと崩壊して男の膝下を埋め立てた。山田は互助会靴の玄武岩のソールで、男の骨盤を容赦なく圧壊した。


中央のエレベーターシャフトが不気味に共鳴していた。軍用密輸品のH&K MP5(短機関銃)で武装した造集組の突撃班コア・メンバー8人を乗せたキャビンが、二十階から急速に下降してきていたのだ。


山田は一階のエレベーターのステンレスドアの前に立った。デジタルインジケーターが「0」を表示するのを待つことはなかった。彼はケラチン質の十本の指を金属扉の継ぎ目に突き刺すと、左右へと一気に引き裂いた。


厚さ二ミリメートルの鋼鉄が、内臓を割られる金属生命体のような鋭い金属悲鳴を上げて引き千切られた。山田は暗黒のシャフトの上方を見上げた。籠は毎秒三メートルの速度で、すでに二階付近まで下降してきていた。


躊躇ためらいはなかった。非常勤講師は、サイドレールを上昇していく鋳鉄製のカウンターウェイト(釣合おもり)の下へと右肩を滑り込ませ、玄武岩の脚をエレベーターピットの底に固定すると、左手で中央のメインロープ(鋼索)を強引に掴み取った。


不死鳥の力が、タワーの滑車システム(プーリー)を完全に逆転させた。屋上の電動巻上機は教師の油圧の力に対抗できず、銅の巻線が一瞬でショートして火花を散らして焼き切れた。エレベーターの籠は、鋼索が鋼鉄の鞭のように激しく跳ね返る凄まじい構造音とともに一階と二階の間で緊急停止(非常制動)し、内部でバランスを崩した極道たちの指先をワイヤーの張力で切断していった。


山田は宙吊りになった籠の底部へと跳躍した。彼の玄武岩の拳が、水に濡れた段ボールを破るかのような手応えで、エレベーターの亜鉛メッキ鋼板の床を突き破った。


彼は暗黒の籠内で最初に行き当たった2人の男の足首に指を引っ掛け、ピットの底へと引きずり下ろした。極小の空間コンパートメントにおいて、その引き戻しの暴力があまりにも破壊的であったため、極道たちの身体は山田自身が開けたわずか四十センチメートルの穴へと強制的に吸引サクションされ、金属板の鋭利なエッジによって肉と骨を削ぎ落とされながらシャフトの底へと脱落していった。


半壊した籠の内部から、残されたMP5のマズルフラッシュが暗闇のピットを激しく照射し始めたが、その銃撃の光は、自らの城へと侵攻する石のレヴィアタンのごとき山田のハゲ頭を虚しく浮かび上がらせるだけだった。シャフト内の大気はマイナス百五十度まで急降下した。ガイドレールの潤滑油は瞬時に凝固し、非常用の非常用ブレーキ(非常制動装置)を完全にロックした。


内藤の兵隊たちは、もはや防衛のために撃っているのではなかった。冷気によって自らの角膜が凍りつき、武器の金属に指が癒着して引き離せなくなったことで、パニックを起こしてトリガーを固定していたのだ。


山田は壊れた床から籠内へと半身を突き入れた。彼の胸部で矮星の狂気のごとく脈動するホウ素の寄生体の光に照らされ、造集組の最後の構成員の顔面が一歩手前で固定された。


山田:――彼の呼気から放たれた蒸気は硫黄の結晶を多分に含み、極道のまつ毛を一瞬で白く凍りつかせた――「建築基準法違反(不適合構造)……。一階セクターは、行政執行により完全に退去クリアされました。……三十四階へ移行。債務者本人に対する、調書の直接達達(送達)を執行する」


山田は肩の一突きでエレベーターの籠全体をガイドレールから引き剥がし、それを鉄屑と凍結した肉体の塊としてシャフトの最底部へと落下させると、自らはそのまま管理用階段へと身を躍らせた。


三十三階上空。内藤慶次は、ビル全体の電力供給が完全に遮断されたことで、デスクの金融端末のインジケーターが完全に消灯するのを目撃していた。オゾンが焦げる臭いと、湾岸からの凄まじい極寒の冷気が、すでにエレベーターシャフトの隙間を伝って最上階へと這い上がってきていた。


化け物は、すでに城の中にいた。――そして、奴は階段を三段飛ばしで昇ってきている。

【作者より一言】


第39話をお読みいただき、ありがとうございます!


ついに舞台は内藤重工業の本拠地、内藤ビル本社へ。映画『ザ・レイド』を彷彿とさせる、山田先生による一階ロビーからエレベーターシャフトにかけての怒涛の「物理的・熱力学的監査カチコミ」が描かれました。アルミバットやマグロ包丁、密輸されたMP5といった暴力装置が、歩く絶対零度である山田先生の前では「運動エネルギーを没収される不純物」として機械的に処理されていく爽快感。


エレベーターのロープを素手で逆転させ、ビル全体の空調システムをバグらせながら突き進む山田先生の姿は、まさに都市事案の「災害」そのものです。


「凍結した御影石の破片が刃物になる描写がエグすぎる」「『建築基準法違反により退去』と言いながら籠ごと極道をシャフトの底へ落とすシーンのスケール感がヤバい」など、皆様からの感想、評価、ブックマークをお待ちしております!

次回第40話、ついに Arco 3 最終回!34階執室、内藤慶次の目の前に赤ペンを持った神が降臨します!お楽しみに!

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