第37話:純血の狂犬(中)
地球に唯一存在する多摩丘陵のダンジョン。
そこから採掘できる資源は主に2つあることが知られている。
一つはクリーンで高効率の石炭とでも言うべき、「魔炭」である。
そしてもう一つは「黄色い石」と呼ばれる魔素の塊だ。
黄色石は滅多に見つかるものではなく、危険物であるため日本政府が厳重に保管している。
その事前知識があるだけに、グッドフレンドは目の前に置かれている石が何か、見当はついても確信が持てなかった。
「中々綺麗な石じゃないか。ぼくへの贈り物かな?」
おどけた調子で言ってみたが、心臓は早鐘のように脈打っていた。
なにせ、目の前の石から魔素が漏れだしたら死ぬ可能性だってあるのだ。
ヨリコもタカシもいるのだから、まず大丈夫なのだろうと予想はつく。
そこまで頭で分かっていつつも、グッドフレンドは堪らず目の端で出口となる扉を確認した。
「ええ、受け取っていただけると嬉しいです。ただし、取り扱いにはくれぐれもご注意ください――これ一つで、小国の国家予算程の価値がありますから」
「どういうことかな?」
自信満々に宣ったタカシの言葉に、グッドフレンドは思わず眉根を寄せていた。
地球上のどんなに希少な宝石だって、一つでそこまでの価格はつかない。
小型の兵器としての利用価値はあるのかも知れないが、それにしたって国家予算というのは無理がある。
「この石には二つの価値があります。一つは綺麗だということです。よければもう少し近付いて見てみてください。ただし、危険ですのでお手は触れないように」
「……もう一つは?」
もう一つはこの場であなたの命を人質に交渉ができることです。
タカシはそう言う代わりに、大仰に腕を広げて意外なことを口にした。
「もう一つの価値は、この石が人知を超えた奇跡を起こすことです」
「奇跡?」
「触れた状態で快癒を願えば、この石はどんな身体の不具合であっても治します。それこそ、四肢の欠損から、不治の病までね」
出てきた単語の大きさに困惑を隠せないグッドフレンド。
対するタカシは、数枚の写真と書類を机の上に並べた。
写真の1枚には腕を失った男性が、その隣の写真には五体満足の同一人物が写っていた。
「これがその証拠だとでも言うのかね?」
書類に視線を流すと、それは膵臓がんステージⅣの患者の治療記録となっていた。
そこには、がん細胞が全身に転移し、根治不能と診断された患者が、石の奇跡によって完治したと記載がある。
「俄かには信じられないな」
ストレートな言葉だが、これでも内心よりは穏やかな表現を選んだつもりだった。
そんな心の裡を見透かしたかのように、それまで黙っていたヨリコが口を開いた。
「そのような反応をなさるのも無理ありませんわ。最初に聞かされた時は、わたしもすぐには信じられませんでしたもの」
「いや……ぼくも、キミたちが噓をついているとは思っていないよ。ただ、そうなるといろいろ疑問に思うことが出てくる」
どうぞ、とばかりにヨリコが頷く。
「この石に奇跡を起こす効果があるとして、なぜそれが公表されていないのかな?そもそも、キミたちはいつからこのことを知っている?」
「この黄色い石の効用は我が国でもつい最近、偶然発見されたものです」
先程見た診療記録でも、確かに石が使われた日付は2か月程前となっていた。
もちろん、それだけでヨリコの発言が真実となる証拠にはならない。
――もしや、彼らはダンジョンが出現した当時からこの石のことを知っていたのでは?だとすれば、日本が頑なにダンジョンの国際管理に反対した理由も納得できる
「石の効果を周知していないのは、無用な混乱を避けるためです。奇跡を起こすお宝があるとなれば、ヘンな野心を抱く権力者や、命懸けで危険なダンジョンの奥地を目指す一般人が出かねない。無論、許可の無いダンジョンへの立入は禁止ですが、盗掘者が出てきても困りますから」
そのタカシの発言に、グッドフレンドは軽い引っ掛かりを覚えた。
「ミスター西川との間でこの石の話はまるで出なかった。それは、どちらと捉えればいいのかな?」
つまり、日本政府として黄色い石を秘匿する方向で動いていたのか、そもそも西川が知らなかったのか。
問い掛けられたタカシが無言で頬の端を歪ませる。
それが答えだった。
――いや、待てよ
「もしかしてキミたちのプライムミニスターも……」
その呟きは、誰にも拾われることなくカーペットが敷き詰められた床に落ちて、消えた。
「……しかし、いいのかな?こんな秘中の秘を外国人に話して。ぼくは政治に携わる者として口は固い方だが、それでも組織人だ。然るべき方々にエスカレーションする義務がある」
「構いませんよ。エスカレーション先を厳選していただけるのなら」
発言の真意が分からず黙っていると、タカシが言葉を続けた。
「仮にこの石のことが世界中に知れ渡ったとしましょう。そうなった場合、得をするのは誰でしょうか?」
現代医学では治療不能な病気や怪我が本当に治るとすれば、その価値は計り知れない。
そうなれば、世界中の国々がこぞって日本に殺到することになるだろう。
必然的に対立が生じる。
――西側対東側で。いや、日本対世界でか?それとも……
「わたしが考えるに、答えは『誰も得しない』です。であれば、得できるように分け合えばいい。日米中露の4か国で」
逡巡の切れ目を突くように、タカシの声がグッドフレンドの鼓膜を揺らした。
その真剣な眼差しが、ここまでの言動が冗談ではないことを物語っていた。
「ぼくとしても、余りに突飛な話を方々に共有して正気を疑われるのは本意ではないんだ……今回の話は、まずプレジデントだけにしてみようと思うけど……」
「もちろん、交渉の前金としてこの石は持ち帰って頂いて結構ですよ」
ヨリコが穏やかな笑顔で言った。
――取り敢えずの外交成果にはなったか
一瞬の安堵。
しかし、続くタカシの言葉を受け、グッドフレンドの肩がビクりと跳ねた。
「石に触れた状態で快癒を願うとその時点で効果が発動します。石は一度使うと消えてしまうのでお気を付けください……言うまでもなく、その石は大変貴重なものですから」
その夜から間を置かずして、グッドフレンドは厳重に梱包を施した石の入った箱を抱えて本国に一時帰国した。
ホワイトハウスから指示を仰ぐためである。
人払いがされた大統領執務室。
午後の日差しが南側の窓から差し込み、分厚い絨毯の上に長い影を落としている。
壁には歴代大統領の肖像画。
その中央で、当代のモリアーティ大統領は執務机の上に置かれた黄色い石をじっと見つめていた。
「考えなきゃならないことは色々あるけど、結局のところ、論点は一つに集約されるようだね」
こういった投げ掛けに対して、先んじて答えられる人物を評価する。
そのような独自の査定基準を理解していればこそ、グッドフレンドは相手の言葉を待たずに口を開いた。
「この石が本物かどうか、でしょうか?」
「それもあるだろうね」
その口ぶりから、自分の回答が的を外したことが分かった。
「本物かどうかに関しては、正直ぼくはそこまで心配していないんだ。取引を持ち掛けてきたのが日本の次期総理大臣の最有力候補となれば、真っ赤な嘘ということもないだろうし、こうして現物もある」
「なるほど」と素直に同意するグッドフレンド。
――とすれば、論点は石の数だろうか?
日本が奇跡を起こすと主張するこの石が、仮に5個しかないのであればただのコレクションにしかならない。
しかし50個あれば外交カードになるし、500個ならば国際秩序を書き換える兵器と言っても過言ではない。
しかし、その予想はすぐに覆された。
「この石に関しては、他にも知りたいことが山のようにある。どこまで効果があるのか。副作用はあるのか。想定埋蔵量はどれくらいか……でも、わたしが本当に気にしているのは、石に関してじゃないんだ」
「……と言いますと、支援の枠組みに関してでしょうか?」
中露を交渉に噛ませるか、あくまで西側、と言うか米国単体での支援に拘るか。
確かに単独支援となれば負担は大きいが、日本を事実上の経済植民地にしてしまえるのは非常に大きい。将来的に、あの島国を51番目の州として併合する道筋だって見えてくる。
――それが許容できないから日本は中露に声を掛けたのだろうけど……
しかしその予想も、モリアーティのひと言で否定された。
「それも気にしてる。だけど、我が国の台所事情だって決して明るいわけじゃないんだ」
モリアーティは肩を竦めた。
「黄色い石の存在を伏せたまま、日本を単独で救済する。悪くない案だけど、議会がそんな予算を承認するとは思えない。だから現実的には、中国やロシアも巻き込んだ多国間支援になるだろうね。単純に我が国の負担が低下するし、中露が我々の邪魔立てをしないことの証明にもなる」
「ですが、それでは日本に対する影響力は大きく低下します」
「その通り。だからこそ重要なのは石じゃないんだ」
大統領は一度フッと息を吐き、それから言った。
「最終的に日本がダンジョンの管理権を渡すつもりがあるかどうか。それが全てだと思う」
ヨリコに呼び出された日から石と新たに登場した商売敵のことばかり考えていたグッドフレンドにとって、その発言にはハッとさせられるものがあった。
――石ではなく、ダンジョンそのものをおさえてしまえばいい。そうすればぼくたちは疑問に対する答えに直接アクセスできる。でも……
「恐れながら、管理権を要求したところで彼らがその条件を吞むかどうか……それに、我が国が要求すれば中露も間違いなく同じものをと言ってくるでしょう」
「ふむ……ヴィンス、キミがこの件をわたしに直接エスカレーションしたのはファインプレーだったかもしれないね」
「と、言いますと?」
困惑して訊き返すと、モリアーティは苦笑した。
「仮に今回の件が広く知られることとなれば、誰も得をしない。それはミスター今出川の言う通りだ。しかし、最も損をするのは誰かと言えば、それは日本だ」
グッドフレンドは曖昧に頷く。
「石を巡って各国が争う第3次世界大戦が起きるとなれば、その戦場は日本になる」
――そうか
「ぼくたちは日本の側に立って戦うこともできるし、静観する選択肢だって有り得る。奇跡と安全、その二つを天秤にかけた場合、彼らはどちらを選ぶんだろうね?」
どこまでいっても、日本の安全保障を握っているのは米国だ。
日本はこれまでも周辺に仮想敵国を抱え、更に今回戦争の新たな火種を抱えることとなった。
我が国に強く出れる道理など、どこにもないのだ。
「承知しました。日本に戻り、きっとダンジョンの管理権を手に入れて参ります」
「うむ、期待しているよ!」
執務室を出る間際、グッドフレンドは一瞬だけ後ろを振り返った。
米国国民の支持と期待を集めた晴れやかな笑顔。
その残像がグッドフレンドの脳裏から消えるより早く、モリアーティの顔からは表情が抜け落ちていた。
大統領はただ無言で机上の黄色い石に視線を注いでいる。
奇跡を起こす石。
世界の秩序を書き換えるかもしれない石。
その内部で揺らめく黄金色の光に魅入られるように。




