第33話:波紋(後)
スタジオの照明がわずかに落ちると、モニターにCM映像が流れ始めた。
途端に、張り詰めていた空気が少しだけ弛緩する。
「はい、30秒です!」
フロアディレクターの声が飛ぶ。
スタッフが素早く山田の前に水を置き、別のスタッフが水崎の額を軽くパフで押さえていた。
「いやぁ遊佐さん、いきなりアクセル全開ですねぇ」
山田が苦笑混じりにそう言った。その声音には咎める色などまるで無い。
むしろ、視聴率の匂いを嗅ぎ取っているようにすら見えた。
「いや、わたしとしては思ったことを口にしたまで。まだまだ平常運転ですよ」
そう言う遊佐の胸中では、今出川タカシに対する警戒感と侮蔑が混じりあっていた。
故・今出川ヤスシ元総理にはまだまだ及ばない。
しかし、息子であるタカシは未だ30代にして、政界のスターと呼べる存在となっていた。
この男の履歴書には、政治家になる以前からして、綺羅星の如き経歴が並んでいる。
名門私立小学校に入学し、そのままエスカレーターで大学まで進んで経済学部を卒業。
在学中に海外の一流大学への留学経験もあるが、就職は日本の総合商社。
そこで5年の勤務経験を積み、27の時に父・ヤスシの私設秘書として政界に入った。
選挙への出馬は、ヤスシが死んだ後のこと。
タカシは当時30歳。東京7区から衆議院議員総選挙へ出馬し、初当選。
それからここまで、小選挙区で3戦3勝。
島津政権では、最年少の閣僚に抜擢され、その出世ぶりから気の早い一部からは既に「未来の総理大臣」の呼び声も高まっていた。
斯様な華々しい来歴を知っていてなお、遊佐のタカシに対する評価はそこまで高くなかった。
優秀であることは認める。
しかし、その能力の大半は恵まれた環境の産物だ。
学歴一つ取っても、親の力で小学校に入り、そのまま純正培養では威張れたものではない。
選挙での強さを評価する向きもあるだろうが、本人のメディア受けしそうなルックスと相まって、「悲劇の名宰相の息子」となればそれだけで票は集まる。
ここまで条件が揃っていれば、案山子だって当選するだろう。
それでいて、この男はいざカメラの前に立てば、相手に言質を取らせないような、煙に巻くような発言ばかりである。政治家らしいと言えばらしいが、ヤスシのような豪胆さはなく、いつも逃げ道を残している。
そんなタカシも、流石に年貢の納め時だろう。
魔素噴火への対応の不備で、111名も命が失われたのだ。
その責任をこの場でキッチリ追求し、タカシ、延いては島津政権に打撃を与え、国民の目を覚まさせなければならない。
それが、この席に座る前からの遊佐の腹積もりであった。
やがてスタッフがキュー出しをし、番組再開となった。
同時に司会がハイテンションで言葉を発する。
「いやー、いきなり議員辞職の要求ですか!これは、また大胆ですねぇ!」
「111名の尊い命が失われた先の魔素噴火。政府は災害だなんて言ってますが、あれは紛れもない人災です!」
遊佐の発言にスタジオの空気が変わり、画面の向こうからも注目が注がれていることを肌で感じた。
「わたしたち立憲正義党は、ずっと以前からダンジョンの危険性を訴えてきました!拝金主義の島津政権はそれを無視して、ダンジョンを掘り進めた結果が今回の悲劇に繋がったんです。こうなったら、当事者である今出川長官はいの一番に辞めるべきだし、島津総理も責任を取るべきじゃないんですか!?」
「それって、現実的な話なんでしょうかね?」
川上ダイが口を挟んだ。
「仮に今、今出川長官が辞任したとして、その後処理は誰がやるんです? 地階の調査も止めるんですか?」
即座の辞任が非現実的。
そんな事は遊佐にとっては百も承知だ。
しかし、大事なのは「本来責任を取るべき人間が辞めず、未だに権力にしがみついている」ことを一人でも多くの視聴者に認識させ、政府に批判や疑いの目を向けさせることにある。
一般大衆に理解を促すためには、時に敢えて自らのIQを下げて発言することも必要なのだ。
――しっかし、腹立つ言い方だな
そんな遊佐の苛立ちを無視して、川上ダイはなおも淡々と言葉を続けた。
「それに、モンスターだ何だと新しい事実が次々に明らかになっている現状では、安易に辞めるよりもまずは事実を明らかにすべきです。本人の進退は、事態が落ち着いてから決める方が国のためになると思いますよ」
「いやいや、今のタイミングで新エリアの調査なんてしてるほうがおかしいじゃないですか!そもそも、自衛隊に犠牲者が出たら、政府はどう責任を取るつもりなんでしょう!?」
111名の犠牲を出した魔素噴火。
その原因について、仮説レベルでの発表はひと月前の時点であった。
曰く、「魔素噴火の兆候として魔炭の生成はあったが、ダンジョンが休眠状態に入っていたことで、かなり控え目なものだった。そのため現場の多くの作業員が違和感を感じつつも、迅速な対応が行えなかった」とのこと。
また「対策として、採掘範囲の更なる制限、及び小さな違和感でも現場の報告を徹底させること」があげられていた。
しかし、その対策で運用が上手く回るかは未知数だ。
原因分析も仮説レベル、立案された対策も実証されていない状況で、新しいものに飛びついて矢継ぎ早の発表をする。
――それで国民の目を自分たちの失態から逸せると思ってるなら……
「ストップ、ストップ!」
遊佐と川上ダイがヒートアップしたのを見て、司会が慌てて割って入った。
「ちょっと潤滑油、ちゃんと仕事して!」
論客二人の間を行ったり来たりしていたカメラが、その間に挟まれていた水崎に切り替わると、この元アイドルは苦笑いを浮かべて「アタシですかぁ」と声を上げた。
その如何にも嫌そうな表情に、スタジオから軽い笑いが起こる。
「そうだよ、アタシだよ」
そう言う山田は脱力気味だ。
「アタシとしては、もう任期満了も近いんだし、このタイミングで辞められても、って感じです」
「しかし、責任を取る――」
「責任って意味では、前の選挙で自進党を選んだ国民にもありますから」
遊佐の発言に被せる形で、水崎が言った。
水を打ったように静まり返るスタジオ。
しかし遊佐には分かっていた。 今の発言に、画面の向こうで頷いている視聴者が少なからず存在することを。
――「もっとも興味深いのは、日本人そのもの」
この国の人間は、政府への不満を口にする。 失政を責める。
だが、いざ変化が現実味を帯び始めると、今度は何だかんだ理由を付けて、自ら現状へ回帰していく。
――何とも不思議な習性だよ
沈黙の中、それを打破するように水崎が無邪気に声をあげた。
「それよりわたし、気になる事があるんですけど」
「はいはい、何が気になってるの?」
司会がすかさず発言を拾う。
「話戻っちゃうんですけど、ダンジョンのモンスターをわざわざ生物じゃなくて事象って政府が主張してるのって、どうしてなんでしょう?」
「確かにそれ、気になるよね!」
話が既定の路線に戻ったからか、明るく返す山田の顔には安堵の色が浮かんでいた。
「遊佐さん、モンスターを事象扱いするのって、法律的には問題ないんですか?」
「政府のやろうとしていることの是非はいったん脇に置いて、まずは法律の話だけをします」
遊佐は咳払いし、事前に準備していた発言を紡ぎ始めた。
「結論から申し上げれば、政府の見解は明確な法律違反とまでは言えません」
「と言うと?」
「まず民法上、生物は原則として『物』として扱われます。しかし、ダンジョンの外に出た瞬間に消滅する存在であれば、所有・占有・管理といった物に不可欠な法的関係を成立させることができません。つまり、権利客体としての物にはなりえないということです」
スポットライトの外、カメラの後ろでスタジオを見守るスタッフのひとりが、眉根に皺を寄せているのが目に入る。
彼に限らず、この番組を見る視聴者の十中八九がこの発言を理解できないだろう。
――2割の人間が理解できれば、それで十分
必要なのは、一般大衆に一から十までを理解してもらうことでは無い。
むしろ、「コイツはいつも当たり前のことしか言わない」と思われるようじゃ、テレビに出る政治家としては失格だ。
「また、動物愛護管理法第2条が想定する『動物』も、個体として一定期間継続して存在することを前提としています。ダンジョン外に出た瞬間に消滅する以上、個体としての存続性を認めることは困難でしょう。このように、現行法上の物にも動物にも該当しない存在であることから、モンスターを生物としてではなく、ダンジョンという特殊環境下で発生する『危険事象』として整理したのだと考えられます」
「はぁーなるほど……モンスターは物でも動物でもないから、消去法で事象にしたってことですか」
山田のこういうところは流石に上手く、遊佐の小難しい発言を綺麗にまとめた。
「どう?ユウコちゃん、わかった?」
「うーん……モンスターは目に見える魔素噴火みたいなものってことですか?」
「政府の主張としては、そうですね」
水崎の問いに、遊佐が回答した。
「それって、どんな意味があるんだろう……?」
「モンスターは生物じゃないから、『対策』してもいいって言ってるんでしょうね。
――つまり、銃で撃っても問題ないと」
遊佐の発言に山田が目を剥き、顔面いっぱいを使って驚きを表現した。
「えぇー!政府の発表はそういう意味だったんですか!」
昨夜に政府の発表があってから、インターネットの掲示板なんかでは比較的早い段階でこの種の意見はあがっていた。
そのことを知らないはずないのだが、山田はテレビ屋としての職務にどこまでも忠実だった。
彼が道化を演じてくれる分だけ、ゲストとしてはやりやすい。
「今回の政府の意図としては法律上の立て付けを無理やりにでも整理して、モンスターを排除したい。それで地階の調査を進めたいってことなんですよ。スピード優先、法律軽視の島津政権の考えそうなことです!」
ここで一度言葉を切り、周囲を見渡す。
山田の顔が「呆気にとられて言葉が出ない」と言っているので、遊佐は更に言葉を重ねた。
「そもそも、今回の大噴火の原因とか、なぜ予兆が観測されなかったかとか、まだ仮説段階で確かなことは何も分かってないんですよ?政府の無為無策で111名の尊い人命が失われた。そのような状況で地階の調査を進めるのは時期尚早と言わざるを得ません!政府がするべきことは地階の調査ではなくて、いい加減、ダンジョンが日本の手に余ることを認めることですよ!その上でダンジョンを国際管理に移行する、その筋道を立てるべきなんです!」
ダンジョンの国際管理。
これは立憲正義党の主張であり、遊佐が今日一番言いたかったことの一つでもあった。
現状では、ダンジョンの管理は日本一国が行い、その権利を少数の国に貸与する形を取っている。
しかし、今回犠牲者を出したことからも分かるように、日本はダンジョンをコントロールできていない。であれば、国際機関に管理権を委譲してキチンとした安全基準を打ち立て、さらに各国から借地料を取れば国庫も潤う。
それが立憲正義党のみならず大半の野党が掲げる政策であり、自国管理に拘る与党・自進党とは真っ向から対立していた。
「遊佐さん。仮に国際管理するとして、それまでダンジョンはどうするおつもりなんですか?」
左から、川上ダイの問いが飛んできた。
「国際管理によってちゃんと安全対策がなされるまでは、ダンジョンなんて放置でいいと考えています」
「放置じゃ困りますよ!確かに大噴火は不幸な事件でしたが、それを理由にダンジョンを放置すると言うのは安易過ぎます。ダンジョンがどれだけの恩恵を日本経済に齎しているか、その具体的な数字を理解していますか?」
その問い掛けに対して誰からも回答がないのを確認して、ダイは続けた。
「魔炭が代替していた石炭は年間約1千万トン。これをすべて輸入で賄えば、現在の為替水準――1ドル200円で考えると、少なく見積もっても年に2兆円が海外に流出します。さらにCO₂排出枠の購入費用が約5,000億円。合計すると、年間2兆5,000億円規模です。換言すれば、ダンジョンの封鎖が1日延びるごとに、60億円以上の国富が国外に消えている計算になります。この金額を見ても、ダンジョンは封鎖したままにすべきと仰りますか?」
「お金になるのであれば人命を軽視して良いというのはーー」
遊佐の発言に、更に川上ダイは言葉を被せて発言を続けた。
「もちろん、一定の安全対策は必要です。しかし、わたしたちは放射能汚染のリスクを負って原発を使ってますし、墜落のリスクを負いながらも飛行機に乗ります。完全に安全なものなんて、そもそもないじゃないですか?」
「そんなの、開き直ってるだけじゃないですか!」
遊佐が怒気を発したが、川上ダイは無表情のまま首を振った。
「ダンジョンは世界に一つしかなく、魔素噴火は数年に一度しか起きません。地球の物理法則も捻じ曲がるような空間で、完全な検証は容易じゃありません。それは、仮にダンジョンが国際管理に移行しても同じことです。であれば安全に配慮した上で、政府が一貫したダンジョン政策を続ける一つの選択です。その選択のお陰で、日本経済はここまで持ち直したんですから」
「いやいやいや!その政策の結果が、今回の人災じゃないですか!?魔素噴火はこれまでにも複数回あって、今までだって死者が出ていました。それを対策したから大丈夫だって政府は主張して、今度は111名ですよ?川上さんは何回政府に騙されれば気が済むんですか!?」
「おふたりとも、いったん、いったん落ち着きましょう!」
大仰な手ぶりで、山田がふたりのやり取りを止めた。
「折角なのでふたりの間に挟まれて潰れてしまっている緩衝材、もとい潤滑油にも話を聞いてみましょう」
「はい、潤滑油です!」
水崎が元気よく手を挙げた。
その様子に、仏頂面だった川上ダイですら軽く頬を緩めている。
「ユウコちゃん的にはどう思う?」
「アタシは宝箱?から出てきた緑色の石が気になりますね。アレ、綺麗じゃないですか!?」
水崎の言葉を受け、モニターにはダンジョンから回収された石の画像が表示された。
画像は政府が提供したもので、過去に採取された黄色い石と並べられて撮影されている。
それを眺めつつ、山田が口を開いた。
「こうして見ると、今回の緑色の石と黄色い石は似てますよね。サイズとか色のテイストとか」
「従来の黄色い石について、政府は『魔素の塊だから危険だ』くらいのことしか言ってませんでしたけど、もしかしたらこれも魔炭と同じで、研究したら利用価値が見つかるかもしれませんね」
川上ダイが前向きなことを言い出した。
――確かにそうなれば喜ばしい。が、同時に政府に地階調査の口実を与えることにもなる
選挙前まではこれらの色石の効果が分からず、選挙が終わった瞬間に特別な希少資源としての価値が判明する。
都合のいい話であるのは重々承知だが、遊佐にとってはそれが理想のシナリオであった。
「そもそも、なんでこの石だけ持ち帰れるんだろう……」
水崎の呟きに対して回答を持ち合わせている者はこの場にいない。
問いが一瞬宙に浮きかけたが、そこを水崎は自分で拾いなおして話を進めた。
「地階から持って帰れる唯一のものがこの石なんだから、きっとすごい価値がありますよ!だって、モンスターが守ってる宝箱の中身がただの危険物なんて、夢なさ過ぎじゃないですか!?」
「そうだね、ユウコちゃん」
司会が笑いながら同調したところで、正面のスタッフがCM入りのカウントダウンを始めた。
「果たしてダンジョンに夢はあるのか?新エリアの石は綺麗なだけのただの石なのか、はたまた意外な使い道があるのか?専門家による研究が待たれます。といった所でダンジョンの話はここまでとして、次の話題に参りましょう。その前にCMです」
その言葉でカメラが切り替わり、モニターには「CMの後は――今年最後の運試し!年末ジャンボ売り場に長蛇の列」の文言が浮かんだ。




