第32話:波紋(前)
かつて、英国のとある世界的文豪が日本を訪れた折、とある記者が以下の質問を投げかけた。
「あなたが日本に来て、もっとも興味を惹かれたものはなんですか?」
それに対してこの作家はこう答えた。
「日本に来て最も興味深いと思ったもの、それは日本人そのものです」
野党第一党である立憲正義党の代表、遊佐タカヒロは当然日本人であるが、この作家の言葉には深い共感を抱いていた。
なにせ、111名が落命したあの事故の後でさえ、島津政権の国民支持率は30%台を維持しているのだから。
ダンジョン開発は島津政権の目玉政策である。
ダンジョンでは度々事故が起こり人死にが出ているため、野党とマスコミは散々その危険性を指摘してきた。
彼らはその声を無視する形で魔炭採掘を推し進め、その結果が今回の大惨事である。
いい加減、国民は政府に騙されていたことに気付いても良さそうなものだが、今もなお国民の10人に3人以上が与党・自進党を支持している。
遊佐にとって、彼らの存在は控えめに言っても興味深く、率直に言えば奇妙ですらあった。
そんな彼にとって、帝日テレビのお昼のトーク番組、「ひるナマ」に招かれたことは絶好のチャンスである。
ひるナマはその時々のホットな話題に対して、ゲストの論客たちが各々の意見を主張する番組である。タイトル通りの生放送で、時たま起きる放送事故気味の論戦やゲストの問題発言がウリとなっている。
遊佐は2年ほど前にこの番組への出演経験があった。
野党第一党の党首として、また弁護士資格も持っているため、法律家としての意見を求められての出演だったが、正直、その時は散々であった。
なにせ、当時は島津政権の成果が如実に表れ始めた時期である。
「一時の経済的な混乱から日本は徐々に立ち直りつつあるようですが、遊佐さんは政府の政策についてどのようにお考えですか?」
逆風の中でそんな質問をぶつけられたところで、遊佐としては控え目な反対に終始する他ない。
それですら、発言を切り取られ、SNSや動画共有サイトで散々に叩かれた。
しかし、今回の状況は前回とは大きく異なる。
政府のダンジョン政策の誤り。それを追及するだけで、政府に対する不信感を視聴者に植え付けることができるはずだ。
あわせて、立憲正義党の主張をアピールすれば来るべき選挙の布石にもなる。
そのような思惑を抱えて遊佐が番組に出演したのが12月の下旬、件の大災害から1か月余りが過ぎた時分のことであった。
放送開始の1分前。
遊佐は他のゲストたちと横並びで席に着き、番組が始まるのを待っていた。
スタッフが指で示すカウントダウン。
それがゼロになったタイミングで司会の山田キョウジが口火を切った。
「こんにちは!12月23日金曜日、本日もスタジオからナマで旬の話題をお届けする『ひるナマ、ニュース最前線』の時間がやってまいりました」
山田はカメラに向かって人懐っこい笑みを向け、大げさな身振り手振りでオープニングの挨拶を続けた。
元々は地方局の局アナからフリーに転身し、今や昼の顔として全国区の知名度を誇る山田。
彼の最大の武器は、その「絶妙な軽薄さ」と「庶民派を装う強かさ」にあった。
しかし、遊佐は知っている。
その愛嬌のある笑顔の裏には、視聴率という数字にのみ忠誠を誓う、生粋のテレビ屋としての冷徹な計算があることを。
「いやぁ、クリスマス、それに年の瀬の足音が聞こえ始めた今日この頃ですが!スタジオの方はですね、外の寒さなんて関係ないとばかりの熱気です。なんせ、お呼びしたゲストが豪華ですからね!」
山田は手元の進行表を丸めて指揮棒のように振りながら、ひな壇に並ぶ論客たちを舐め回すように見渡した。
その視線が遊佐の前で止まり、ニヤリと口角が上がる。
「それではさっそく紹介していきましょう。まずは立憲正義党の遊佐タカヒロ代表」
カメラが切り替わると、遊佐は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
続いて、左隣に座る元人気アイドルの水崎ユウコ、もう一つ左の経済学者、川上ダイが紹介された。
――今日はまた、ヘンな並び順だな
水崎は透明感のある顔貌に、引退から3年経った今でもアイドル時代のトレードマークである大きなリボンをつけていた。リボンの色はその日の服装によって変わり、今日は落ち着いたブルーのワンピースに白いリボンを合わせている。
ぱっと見はどこかコミカルな雰囲気の彼女だが、国内の有力大学で学位を取得した才媛でもある。
さすがに専門的な話は出来ず、どこまで素なのか、抜けているところはある。
しかし、だからこそ視聴者に近い立場からコメントすることを期待され、近年ではこういった時事ネタを扱うトークショーでの露出が増え始めていた。
一方の川上ダイは、カメラの前でも仏頂面を崩さない学者然とした人物である。
第一印象はいかにも真面目くさった学術畑の人間だが、論理的、それでいて時に情熱的な語り口は、保守層やインテリ層を中心に支持を集めていた。
特に、具体的な数字を列挙して相手を圧倒する口上は「川上節」と呼ばれ、番組の盛り上がりにも貢献するためメディアから重宝されていた。
――今回の論敵はこのふたりか……ちと厄介だな
「いやー、今日は遊佐さんと川上さんお揃いですからね、こちらからお呼びしておいてアレですけど、番組としても収拾つかなくなっちゃうかもしれませんね」
山田がおどけた口調で言う。
川上はあくまでも「学術的見地からの中立スタンス」を装っているが、その実は政府に阿る御用学者だ。メディアの露出も多く、これまでも散々島津政権を称揚する発言を繰り返してきた。
そのカウンターパートとして自分が呼ばれていることは、遊佐も自覚している。
――とは言え、その島津政権が傾きかけているんだ。流石にこちらの方が旗色は良いだろう
頭の中で思考を巡らせていると、不意に川上ダイが声をあげた。
「すみません、山田さん。わたしでは、山田さんの期待に応えられないんじゃないかなって思ってるんです」
「ほう、それはまたどうして?」
「わたしの意見って常識的な、ごくフツーの意見ですもの。喧々諤々の議論が巻き起こるような発言なんて、できるかなぁ?」
「いや、いや、いや!」
山田がいかにもワザとらしく、ずっこけるようにして突っ込んだ。
表情は崩さなかったが、気持ちは遊佐も同じだった。
「遊佐さん、川上さんはこう仰ってますけど、どう思います?」
「まぁ、人が100人いたら、100人分の常識がありますからね」
少し迂遠に当て擦りをすると、山田は薄く笑みを浮かべて水崎に水を向けた。
「早速火花が散っているようですね。そんな二人に挟まれてますが、ユウコちゃんどうですか、今の気持ちは?」
「まず、アタシ今日なんでこの位置なんだろうって」
早速スタジオに笑いが起きた。
「そりゃあ舌鋒激しい二人を呼んじゃったからね、緩衝材が必要だろうって番組からの配慮だよ」
キョウジは含みのある言葉と共に、いかにも演技らしい思案顔を浮かべた。
「この席に座るまではお二人の潤滑油になろうと思ってたんですけど、今は火に油を注ぐのは逆にまずいんじゃないかって思ってます」
水崎の発言に再び笑いが起きた。
「ユウコちゃんが無事に潤滑油の役目を果たせるのか、はたまた自ら燃料となってしまうのかも今日の注目ポイントだね――さて、本日の最初の話題ですが、まずはこれから行かせてください!」
山田が発声すると、スタジオ中央のモニターには、「ダンジョンが変容!?魔素噴火から6週間ー次々に明らかになる衝撃の真実!」のテロップが出た。
「今月の頭にですね、政府から発表があったことは皆さんご存じかと思います――突如としてダンジョン内に、地階へ降りる階段が出現したと」
山田が会場を見渡すと、カメラに映っていないスタッフ含め、その場の人間が頷いた。
「それから今日までの間に、立て続けのアナウンスがありました。やれ、地階は森林があって山々が聳える亜空間になっているだの、その亜空間にはゴブリンや巨大狼のようなモンスターが徘徊しているだの、どれもちょっと信じられないような内容です」
山田はそこで大げさに肩を竦める。
「いやだって皆さん、ゴブリンですよ? 巨大狼ですよ? もうゲームか映画の世界じゃないですか」
ゲストの3人が無言で頷いた。
「川上さん、どうですか?正直、最初に聞いた時は」
「驚きました」
川上ダイが1ミリも表情を崩さずに言った。
「日本はクマ一匹出ただけでも大騒ぎですからね。万が一ゴブリンだの巨大狼がダンジョンから溢れ出るようなことがあれば、今頃は大パニックだったでしょう」
「ところが、そうはならなかった!どうしてならないのか、どんな経緯でそれが分かったのか、これまで政府が発表した内容を簡単に整理します」
山田がモニターへ振ると、背後に箇条書きのテロップが表示された。
『地階の植物・土壌はダンジョン外へ持ち出せず』
『通称“宝箱”から出現した緑色鉱石のみ持ち出し成功』
『拘束したゴブリンは躙口通過時に消滅』
文言を一瞥した山田が、半笑いで口を開いた。
「いやこれ、改めて並べると凄い話ですよねぇ……地階の木や土を持ち帰ろうとしたら、躙口を通った瞬間に光になって消えちゃったと」
「しかも、ゴブリンも同じですからね」
川上が低い声で補足した。
「既存の物理法則では説明がつかない現象です」
「そこなんですよ!一昨日、政府からリリースされた映像、改めて確認しましょう!」
山田のキュー出しで、モニターに映像が映る。
迷彩服の隊員たち。
手足を拘束された状態で尚も暴れる、緑色の肌をした生物。
パッと見は人間の子供のような体躯だが、その耳は尖り、口は大きく裂けている。
画面下部には「仮称:ゴブリン移送時の映像」の映像の文字が出ていた。
電子機器の使えない躙口内部のため、アナログ8ミリカメラを用いて撮影されたその映像は粗く、音声も無い。
しかし、ストレッチャー上に仰向けに寝かされ、手足を縛られているゴブリンが暴れる様子は、それでも十分な迫力があった。
――来るぞ
突如、ゴブリンの身体が足先から砂のように崩れ始めた。
場の全員が、固唾を飲んでその場面を見守っている。
――何度見ても信じられない
この場にいる面々も遊佐と思いは同じなのだろう。
ゴブリンの身体が完全に消滅し、映像が終わった後でも、スタジオにはしばしの無音状態が続いていた。
「……いやぁ、凄い映像ですよね。まるで映画ですもん。ぼくは今でもコレ、政府のドッキリなんじゃないかって疑ってます!」
我に返った山田がおちゃらけた調子で言ったことで、場の空気が少しだけ和らいだ。
「この映像見てユウコちゃん、正直どう思った?」
場の空気を重いと見たのか、今度は水崎に球が飛んだ。
「えっ、いや……なんか、すごい怖かったです」
水崎は困ったように肩を竦めた。
「でも、ちょっと思ったんですけど」
「はいはい」
「クジラって、海の中でしか生きられないじゃないですか?」
「えっ?」
山田が素っ頓狂な声を上げる。
「いや、えっと……だから、モンスターにとってのダンジョンって、クジラにとっての海みたいなものじゃないかなって。そこから出たら生きられないみたいな」
「水崎さん仰る通り、特定環境下でしか生存できない生物の可能性はじゅうぶんにありますね」
遊佐がフォローしたのは、この後の展開を見据えてである。
案の定、遊佐の発言に司会がすぐさま喰い付いた。
「それが、政府は違うと言っているんですね。続いて見ていきましょう!昨日、政府が新しく発表したのがこちら!」
モニターの表示が切り替わり、『モンスターは生物ではなく“事象”』のテロップがバンと表示された。テロップのバックには、記者会見に臨む亜空間庁長官が映っている。
「政府はですね、このモンスターを生物ですらないと言ってるんです。それでは改めて、昨日の今出川長官の会見を見てみましょう」
山田が手のひらを縦に振ったのを合図に、モニターには会見の映像が流れた。
映し出されたのは、亜空間庁の記者会見室だった。
壁面には青地に白抜きの亜空間庁エンブレム。
長机に並ぶ大量のマイクと居並ぶ記者たちを前に立つ今出川タカシは、いつになく神妙な面持ちをしていた。
「政府は現時点において、亜空間内の当該存在を既存生物学上の『生物』としてではなく、特定環境下においてのみ実体化する現象的存在――すなわち『事象』として分類することを決定しました」
本当はこの前に、これまでの調査の経緯だとか「これはあくまでも暫定見解だ」とかの長い前置きがあったのだが、それらはカットされ、要諦のみがモニターに流れた。
すぐさま「モンスターが生物でない根拠は?」の文字が画面に表示され、それに答える形でタカシが言葉を継いだ。
「『生物のように見える』という点については我々も同意します。ただし、一般的な生物であれば、環境変化によって死亡することはあっても、存在そのものが消失することはありません」
淡々とした声。
まるで既に結論が出ている事柄を確認するかのような口調だった。
「今回確認された存在は、通常環境下において実体を維持できず、特定環境――すなわちダンジョン内部においてのみ継続的な存在を示しています」
タカシは手元の資料に一瞬だけ目を向ける。
しかし、口を開くときは決して視線を落とさないのがこの男のスタイルだ。
実際に原稿を作ったのは官僚だろうに、それだけで「ただのスポークスマン」ではなく、「自分の頭で考えて発言する人」に見えるのだから不思議だ。
タカシは顔上げ、軽く報道陣に視線を流してから言葉を続ける。
「加えて、消失時には肉体組織、体液、骨格等の残留も確認されておりません。これは既存の生物学的死とは明確に異なる現象です」
すぐさま、画面上のテロップは「モンスターはホログラムや蜃気楼のようなものか?」と質問を飛ばす。
「現時点で政府として、そのような単純化された表現を用いる予定はありません。我々は、確認された現象を既存概念へ無理に当て嵌めるのではなく、観測結果に基づき定義を行っています」
その言い回しに、遊佐は思わず眉を顰めた。
――上手いこと煙に巻く
言っている内容は大胆だ。
にも関わらず、語り口は徹頭徹尾、冷静な実務説明に終始している。
だからこそ厄介だった。
断定を避けつつ、しかし聞いている側には「政府はもう結論を出している」という印象だけを与える。
今出川タカシとは、そういう男だった。
VTRが終わり、再び司会がゲスト席に視線を送ってきた。
――自分だろうな
その予想通り、山田は遊佐に水を向けた。
「遊佐さん、この会見をお聞きになって、どうお考えになりましたか?」
「モンスターは生物にしか見えませんでしたね。ただし、法律的な定義として、これが政府の暫定見解なのであれば、そうですかとしか言いようがないです。それより、わたしはもっと疑問に思ってることがあるんですけど……」
「ほう!?どんな疑問ですか?」
山田の声色が弾み、その口元が愉快そうに歪んだ。
それを見て、遊佐はずっと心に溜め込んでいたことを言ってやった。
「この人、いつになったら議員辞職するんですか?」
スタジオの空気が一瞬で凍り付く。
「おぉっと、これはかなり踏み込んだ発言が飛び出しました!」
山田の煽るような声と同時に、画面下に派手なテロップが躍る。
『今出川長官は辞職すべき!?』
『魔素噴火は人災か!?』
「このあと大激論です――CMの後!」




