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国家を超える個人  作者: 福鳥シン
第2章:お披露目編
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第21話:お披露目(5)

あなたのせいよ――


そう言って突然シュウジに敵意を向けてきた少女の登場に、アイは真っ先に反応した。


「リカコ。そんなこと言うものじゃありません……シュウジくん、こんな形での紹介になってごめんなさいね。娘のリカコよ」

「……今出川シュウジです」

「……清水谷リカコ」


どんな形での出会いであれ、形式は守ったほうがよい。

そう思って自分から名乗ると、相手もおずおずといった調子で名前を返した。


――言われてみれば、確かに似てる


リカコの顔立ちは、ひと言で言えば卵に目鼻。白くて透明感のある肌に、スッと通った細い鼻筋と大きな瞳は、完全に母親譲りと言える。


しかし表情のせいか、一つ一つのパーツは似ていても、受けるイメージは母子では正反対。柔和で優しげなアイに対して、「キツくてサバサバしてそう」というのが、シュウジがリカコに対して抱いた第一印象だった。


「さっきの、ぼくのせいってどういう意味?」

「どうって……あなたのお披露目会があるから来いって、わたしもママも今出川長官に駆り出されたのよ。あの人、名目さえあればすぐにあたしたちに構おうとするんだもの。そのくせ、ママを呼んだらこういう状況になるってわかるでしょうに……それなのに、何の配慮もないんだから」

「こら、リカコ……もう少し補足すると、タカシさん的には同い年同士、リカコとシュウジくんで仲良くさせたかったみたいなの。それに、上流階級の子たちと友達になるのも本人のためだろうって」


事前にタカシから「何人か紹介したい人がいる」とは、確かに言われていた。しかし、その中にリカコが含まれていたとは思わなかった。


「そういう事ですか……それで、リカコさんが人脈を広げに行っている隙に、アイさんがナンパされてたんですか?」

「まさか!流れてる血はどうあれ、あたしは庶民の子だもの。ここで友達を作るつもりは無いわ……ちょっとの間、ご飯を取りに行ってたの。そしたらママったら、一瞬で男の人に絡まれてるんだもん」


――それって、ぼくのせいなの?


そんな心の声が聞こえたのか、リカコが少しバツが悪そうに視線を逸らし、軽く頭を振ってから言葉を続けた。


「もちろん、八つ当たりだって分かってるわよ……でも、ママもママなのよ! あんな下心見え見えの酔っ払い、嫌なら嫌って言えばいいのに。なんでいつもあんな風に笑って我慢するのよ……そうだ、今度ヘンなのが来たら、あたしが蹴っ飛ばしてあげようか?」

「リカ、お願いだからヤメて!」


リカコの発言はどこまで本気か分からないが、アイは焦った様子で静止した。

しかし、娘の方はそんな母親の焦燥にも動じることなく、「なんで自分の心配が通じないんだろう」とでも言いたげな様子。


――いや、そもそもアイさんって我慢ばかりさせられて黙ってるようなヤワな人だっけ?


「……とにかく、ふたりはもう少し来賓エリアに近いところに移動したほうがよさそうですね。それなら客層も変わるし、なにかあっても黒服の人たちが対応してくれると思うので」


至極真っ当な提案をしたと思ったが、アイは少しだけ困ったように微笑み、首を横に振った。


「シュウジくん、ありがとう。でもね、あちらに近づくほど、今度はほら、別の意味で厄介な人たちが増えるでしょ?カメラのフラッシュも多いし、タカシさんから声が掛かるまではもう少しここら辺にいようと思うの……ふたりで固まってれば、そうそう近寄ってくる人もいないと思うから」

「そういうことだから、ママはわたしに任せて!」


アイの腕にしがみつきながら胸を張るリカコ。

そこまで考えてるならと、シュウジも頷いた。


「何かあったらすぐに電話してくださいね」

「ふふっ、優しいのね」


アイの微笑みと、リカコの探るような視線。

そのふたつを確認してから、「では」と言って場を離れた。


――そろそろ持ち場に戻らなきゃ。でもその前に、


シュウジはトイレに寄ることにした。

そこまで催しているわけではないが、念のためだ。


トイレは、会場を出て廊下を進んだ、少し離れた所にある。

用を足した後、大理石のシンクで手を洗い、冷たい水で額を濡らす。


大きく息を吐き出して顔を上げる。

するとシュウジは、いまだ見慣れない顔がこちらを見返しているのに気がついた。

すっきりとした末広型の二重と長いまつ毛。長めの首に対して、小さくアーモンド形に纏まったフェイスライン。髪型は美容師がセットした、緩いパーマのかかった前髪をサイドに流して額を出すスタイル。

今日は艶のあるダークスーツを着て、シルクのネクタイまで締めている。


――そりゃ、みんな写真撮りたくなるよな


鏡の中の自分をまじまじと見つめ、シュウジは内心でそう呟いた。

もし、自分が普通の高校生としてこの顔を手に入れていたなら、有頂天になっていただろう。客観的に見て、恐ろしいほどの美貌だ。


――もし、ぼくの顔がマシロに作り変えられる前のままだったら、あの人はぼくを養子にしようと思っただろうか?


タカシ、アイ、キョウコ、斯波姉妹にヨリコを含めた財政界のVIPたち。

日野姓時代はクラスでも目立たない存在だったからこそ、目を覚ましてからこの2週間で出会った人たちの自分への接し方に、シュウジは強い違和感を覚えていた。

これまでよりも、相手から注目され、関心を払われ、丁寧に扱われるのだ。

それが容姿によるものか、肩書かはどうでもいい。


いずれにしても、周囲が今のシュウジに価値を感じるということは、過去の自分自身にはそれだけ価値が無かったことの逆説的な証明と言える。


――いや、今更そんなこと気に病んでも仕方がない。とっくに腹は括ったはずだ!


シュウジはペーパータオルで乱暴に顔を拭くと、見知らぬ自分から逃げるように洗面所を後にした。


ホールに戻ろうと足を向けたタイミングで、不意に見知らぬ女性が立ち塞がった。


「すみません、わたくしこういう者なのですが、ちょっとお話聞かせてもらっても大丈夫ですか?」


すみませんと言いつつ、全くすまなそうではないその人物は、四十代前半といったところ。

煌びやかな女性ゲストたちとは明らかに異質の、実用性だけを重視したようなテカリのある黒のパンツスーツ。肩には、パーティーには不釣り合いなほど荷物が詰まった大きなトートバッグが食い込んでいる。


差し出して来た名刺には「東西新聞社 Webマーケティング編集室 記者 秦ウミコ」と書かれていた。


汗で少しファンデーションが浮いた額の下で、楕円の眼鏡越しの目が、シュウジの顔を舐め回すように下から上へと動く。

どう対応していいか分からず、「はあ」と曖昧な返事を返すシュウジ。

その返答を肯定と捉えたのか、秦は捲し立てるように質問を浴びせてきた。


「わたし、ダンジョン関係の集まりにはよく顔を出させてもらってるけど、キミを見るのは初めて。まずは名前を教えてもらっていい?」

「……今出川シュウジです」


警戒感を滲ませたシュウジに対して、ウミコは笑みを深くして質問を続けた。


「やっぱりそうよね。ホールでも今出川長官と一緒にいたし、SNSでもキミの写真、出回っているもの」

「……そのようですね」

「今出川と言っても、タカシさんの実子ではないんでしょう?お子さんはいらっしゃらなかったものね。キミのお父さんが誰か、教えてもらってもいい?」


ウミコは笑顔ではあったが、その探るような目は笑っていなかった。

面倒なことになったと思いつつ、シュウジは事前に叩き込まれたマニュアル通りの行動を取った。つまり、回答の拒絶だ。


「父から単独での取材には応じないように言い含められていまして……すみませんが、この場は失礼させていただきます」

「そう?確かに、取材に応じるか応じないかはキミの自由よ。でも、その場合はこちらも推測で記事を書かざるを得ないのよねぇ……『今出川長官のイケメン息子は何者だ!?養子?それとも実子?本人の隠し子の可能性に迫る!』とかね」


秦を躱そうとしたシュウジの背中に、背後からねっとりとした言葉が追い縋った。

振り返って睨み付けたが、この記者はニヤニヤ笑いを返すばかり。


「そんな妄想と推測ばかりの記事、書いたところで誰も真面目に取り合いませんよ」

「あら、そうかしら?世の中にはシュウジくんのことを知りたい人、結構いると思うけど?そういう人たちのガス抜きにはちょうどいいんじゃない?」


――つまり、ぼくから情報を引き出せれば良し。引き出せずに逃したとしても、「逃げた」という事実から「後ろめたいことがあるのだろう」と記事にしようって腹か。こっちからしたら、逃げ場のない二段構えじゃないか。


「父は北畑の姓を名乗るものです。ただし、詳しい回答はこの場では差し控えさせてください」


渋々、シュウジは回答した。

相手をのせることができた秦は、さも嬉しそうな様子で「んー」と唸り、記憶を探るように眼球を左上に向けた。


「北畑っていうと、北畑建設のノボルさん?昔、仙台に出向していた時にだいぶ調べさせてもらったけど、キミのような子供はいなかったと思うなぁ」

「ノーコメントで」

「確かに、ノボル氏はそっち方面の話題に事欠かない人だったから、把握していない子供がいてもおかしくない。でも――」


秦はシュウジの顔をじっと見た。


「北畑家の顔立ちじゃないのよねぇ。骨格が全然違う。キミみたいな、こう……線の細い感じの人、あの家系にいないもの。それに、こんなハンサムボーイがいたら、わたしが把握漏れするはずないんだけどねぇ」


「骨格が違う」はアイからも同様の指摘があったとかで、シュウジの裏設定は「北畑ノボルの義理の弟の婚外子」となっていた。しかし、


――そっちに関しての情報も抑えられていたら、下手な発言は墓穴を掘ることになるんじゃないか?


そこまで考えて何も言えなくなってしまったシュウジ。

数秒間の気まずい沈黙は、背後からの、低く落ち着いた女性の声によって破られた。


「秦さん、困ります。保護者の同意なしに未成年へインタビューされては」


その声の主は、いつもの無表情ながら足早にこちらに近付いてくるキョウコだった。

窘められた秦の顔からは、既に笑みが消えていた。


「なんとも絶妙なタイミングですね、一ノ瀬さん」と、言葉を取り繕っているものの、秦は言外に苛立ちが滲んでいる。


「シュウジ君への取材がしたければ、まずは今出川政治事務所まで申し入れをお願いします。もっとも、あなたに許可が下りることはないでしょうけど」


キョウコはそう言うと、「行きますよ」とシュウジの手を取ってその場を離れた。


「ありがとうございます。助かりました」


ホールへ戻る道すがら、シュウジがお礼を述べるとキョウコは淡々と返答した。


「礼には及びません。これが私の仕事ですから。ただ、感心しませんね。単独で取材に応じるのはNGと、事前にお伝えしていたはずです」

「すみません」


言い訳したかった。しかし、それは今ではないと思い直し、素直に謝罪した。

それに対して、キョウコはふーっと息を吐いてから言葉を続けた。


「おおかた、秦さんに上手いこと言いくるめられたのでしょう?そのような状況でどう対応するか、これから学んでいく必要がありそうですね」

「精進します」

「ほら、それではいつまでも悄気てないで、表情を元に戻してください。暗い顔をしてたら、折角の綺麗な顔が台無しです」


そう言うキョウコの顔は、いつも通りの無表情。

なんだか皮肉の利いた冗談みたいだな、とシュウジは思った。


「結局、見た目なんですかね」

「……何がです?」


藪から棒の切り出しに、キョウコの反応は一瞬遅れた。


「もしのはなしですけど――ぼくが元の顔のままこのお披露目に参加したら、周りの人たちの反応も全然違ったのかな、って思ったんです」

「……顔のこと気にしてるんですか?」


キョウコのいつもの平板な声。シュウジは答えられず沈黙した。


「わたしは、あなたの容姿がどういう経緯で変わったのか知りません。ただ、変わってしまった以上、今の顔と付き合っていくしかないんじゃないですか?」

「まぁ、そうですよね……ごめんなさい、ヘンなこと言って」


まだパーティーは終わっていない。こんなところで弱音を吐いている場合じゃないと思って話を切り上げようとしたとろこで、キョウコは呟くように言った。


「たぶん、慣れる必要があるんだと思います。あなたも、わたしも」

「一ノ瀬さんもですか?」


意外な言葉に、思わず頭半個分高いところにあるキョウコの顔を見上げた。

その顔は相変わらずの無表情。


「長官からは引き続きあなたの教育係を申し付けられています。お披露目はほぼ終わりですが、今出川の息子として学ぶべきことはまだまだありますもの。だから、慣れなければいけません。新しい仕事にも、その仕事相手がこんなにイケメンであることにも」

「一ノ瀬さんって亜空間庁の職員でしたよね……父の命令、職権乱用も甚だしいじゃないですか」

「お陰でわたしはこれからもあなたの世話ができます」


すまし顔でそんなことを言うキョウコに、シュウジは噴き出してしまった。


「なるほど、一ノ瀬さん的には仕事相手は顔が良い方が楽しいんですね」

「それは誰しもそうです。ただ、勘違いしないでください。あなたが仮に元の顔でも、わたしは同じようにあなたの世話を焼いたはずです。流石に、あなたが冴えない脂ぎった中年男性だったら、ここまで親身にはなれなかったかもしれませんが」

「……結局外見じゃないですか」

「いいえ。見た目だけの男なんて、わたしからしたらツマラナイです。孤児から急に名家の子供になって、右も左もわからないまま、それでも必死に頑張っているあなたの世話を焼くのが楽しいんです。顔のことを気にするなら、外見に見合うだけ中身を成長させればいいだけですよ」


これまで通りの淡々とした語り口。

しかし、そんなキョウコの顔には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。

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