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国家を超える個人  作者: 福鳥シン
第2章:お披露目編
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第11話:保障の保証

シュウジとタカシ。

歳も立場もまるで違うふたりは、出会った瞬間から激しく衝突した。


いや、正確には違う。一方的に恫喝されたのだ。


「おまえの人権は既にない。知っていることを全部吐け」


あの時のタカシは、人間というより人間を喰らう側の大型肉食獣に近かった。

ただでさえ強面なのに、亜空間庁長官という肩書まで乗っている。 普通の人間なら、その場で泣きながら全部喋って終わりだろう。


だがシュウジは、震える腹の底を無理やり踏み締めつつ、仄めかす以上の回答、核となる情報の提供を頑として拒否した。


「早く吐いた方が身のためだぞ。また明日来る」


そう言い残してタカシが去った後、シュウジは一晩かけて熟考した。


――持っている情報を自分の中で腐らせておく意味はない。条件次第で話してもいい。問題はその条件をどうするかだ


考えた挙句、シュウジは3つ条件を要求した。


それが「自由」、「戸籍」、「生活」の3つである。

どれも、生きていく上で最低限必要なものだ。


まず自由。

ダンジョンから救助されたシュウジは、ダンジョンからほど近い場所にある亜空間庁の施設に移送された。外出の自由はなく、外部との接触もできない。

自分の知っている情報を渡したら、その軟禁状態から解放するのが最初の条件だ。


しかし、ただ施設から出してもらえば良いというものでもない。

戸籍上の日野シュウジはもう死んでいて、法律上存在しない状態のままなのだ。

仮に警察に行って、「ぼくは日野シュウジです。国に戸籍を奪われたんです!」と言ったところで信じてはもらえないだろう。身分を保証する術が無く、顔すら違うのだから。それでは将来的に職に就くことも家を借りることもできないし、まずもって学校にすら通えない。

日本国民として最低限の権利を保障してもらうためにも、戸籍は何を置いても必要となる。


最後の条件は生活、つまりお金の話だ。

孤児であるシュウジは、これまで養護施設で暮らしていた。しかし、日野シュウジが死んだとなれば、もはやそこに戻って生活することは不可能だ。代わりとなる住居と、生活するためのお金が必要になる。

最低でも中学を卒業するまで、できれば高校、あわよくば大学までの学費と生活費。


元々、シュウジは進学に備えてダンジョンでアルバイトをしていた。そのバイト先で九死に一生の労災に巻き込まれたのだから、これくらいの埋め合わせはしてもらわないと割に合わない。


――あとはこの条件をどうやって飲ませるかだけど……


最初は、もう少し条件を膨らませて吹っ掛け、相手が飲めばよし。飲まなければ条件を下げる、所謂「ドア・イン・ザ・フェイス」を考えた。

情報料と見舞金、合わせて3億円。

おかしな要求ではないし、政府の予算なら無理なく払える金額だろう。


――もし3億あったら、一生働かなくて済む


そこまで考えて、ヤメにした。

相手は海千山千の怪物だ。付け焼き刃のテクニックが通用すると考えるのは甘過ぎる。


――ぼくの目的は、あくまで自分の人生を取り戻すこと


であれば、無用なリスクを冒す必要はない。


――大切なのは、自分の条件を「確実に」飲ませて、履行させること


そのような指針を胸に秘めたシュウジは、翌朝再び姿を現したタカシに対し、ストレートに条件を突き付けた。

条件は盛っていない。顔は平静を保てている。それでも心臓はバクバクだ。

オゾン臭の漂う施設の一室。ベッドの縁に腰掛けるシュウジとその斜向かいに立つタカシ。

壁際にはタカシの部下、一ノ瀬キョウコも相変わらずの無表情で視線をこちらに向けていた。


「わかった。その条件、飲んでやる」

「……いいんですか?」

「ああ、おまえが喋ればここから解放してやるし、戸籍も生活費も保証してやる。だから、おまえが知ってることを話してくれ」


そう言われて、はい分かりましたとペラペラ情報を漏らすほど馬鹿ではない。

シュウジの口から思わず声にならない苦笑が漏れた。


「どうした?」

「今すぐ話せは無いんじゃないですか?戸籍ができて、生活する場所とか、そういうのをちゃんと用意してもらって、ぼくが話すのはそれからです」

「戸籍はすぐに準備する。元居た所は無理でも、近場の養護施設に入れるよう手続きもしよう。あと、見舞金って形でまとまった額の金も渡す」


――ああ、やっぱりそういうことか


相手は拍子抜けするほどあっさりとこちらの条件を飲んだ。

どころか、頼んでもいないのに見舞金まで払ってくれるらしい。


――だからこそ


「すみません。どうやら条件の見直しが必要みたいです」

「見直し?見舞金の額なら――」

「保障の保証が無いので」


その瞬間、タカシの顔から薄い笑みが消えた。

空調の低い駆動音だけが、やけに耳につく。

タカシは何も言わず、ゆっくりと歩き出した。 革靴が床を叩く乾いた音が、一定の間隔で室内に響く。


一歩。 また一歩。


ベッド脇まで来たところで足を止めると、シュウジを見下ろすように視線を落とした。

壁際では、キョウコが僅かに顎を引いている。


喉が渇く。

それでもシュウジは、膝の上で組んだ指を解かなかった。


「折角戸籍やお金をもらっても、すぐに取り上げられたら意味ないじゃないですか」

「おいおい、そんなことする訳――」

「あなたは日野シュウジから戸籍を取り上げました」


被せるように言う。


「国家機密を知る『ただのシュウジ』を口封じするため、同じことをしない保証がどこにありますか?」


早鐘のように鳴り続ける心臓を無視して、努めて冷静にシュウジが言った。

タカシは怒鳴らない。代わりに、低く、地を這う様な声が鈍く響いた。


「じゃあ、おまえはどうしたら喋るんだよ」

「……段階的に喋る、というのはどうですか?」


無言。


「ぼくが知っている非公開情報が3つあるとする。まずはその内の1つを伝えます。その時点で、さっきの条件は全部叶えてください。その後、その情報が一般に公開された時点で、2つ目を伝えます。そして2つ目の情報が公開された時点で3つ目とするんです」

「なるほどな」


タカシは小さく笑った。


「そうやって自身の情報の価値を落としていけば、その分だけ抱える機密のヤバさが下がるって訳か。ガキの思いつきにしてはよくできている――が、論外だ」


冷たい声が室内に響く。


「第一に、おまえの持ってる情報が公開できない類のものであれば、その時点で手詰まりになる。時間を掛ければ公開できるものだとしても、それこそ時間が掛かり過ぎる」


全くもってその通りだし、シュウジも自分の案に穴があることは気付いていた。

もしかしたら、目先の情報欲しさにタカシが喰い付いてくるんじゃないか。喰い付けば、あとは何とか時間稼ぎして、自進党が失脚するまで逃げ切れば何とかなるんじゃないか。

そんな希望的観測に基づく提案だったが、目の前の男には一顧だにされなかった。


「もっと言えば、情報の出処であるおまえがヤバい存在であることは変わらない。仮に抱えている情報を全部吐き、かつそれらが公開情報となったところで、おまえの身の安全が保証される訳じゃない。そんなこと、言わずとも分かるだろ?」


ぐぅの音も出ず、シュウジが押し黙った。


「更にだ、おまえが俺を信用できないように、俺もおまえを信用できない。仮に情報を喋ったところで、それは正確なのか、何か隠してないか、他に漏らさないかと、いろいろ心配しなきゃならん」

「そんなこと言ったら、そもそも取引なんて成立しないじゃないですか」


交渉の根幹に対して疑義を呈するタカシ。

流石に黙っていられずシュウジが反発すると、タカシは短く息を吐いた。


「そうでもない。俺たちの交渉が纏まらないのは、利害が対立しているからだ。そこが解消すれば、自ずと交渉は纏まる」


タカシはそう言うと、不意に口を閉ざした。

そのまま部屋の奥へ歩き、窓際で足を止める。

もっとも、窓と言っても外の景色など見えない。 はめ殺しの分厚いガラスの向こうにあるのは、薄暗いコンクリート壁だけだ。


腕を組み、何かを考え込むように数秒沈黙した後、タカシは振り返った。


「……つまり?」


シュウジが促す。

タカシは、まるで世間話でもするかのような口調で言った。


「おまえが俺の身内になればいい。どうだ、シュウジ?おまえ、俺の養子にならないか?」

「はぁ!?」


思わず素っ頓狂な声が出た。

事前に何も知らされていなかったのだろう。壁際で佇んでいたキョウコも鉄仮面が外れて驚きが顔に滲んでいる。


「おまえが俺の子供になれば、俺たちは運命共同体。利害は一致する。どうだ?わるくないだろう」


想像の埒外からの提案。

現役閣僚の息子ともなれば、自分の人生が大きく――多分、いい方向に――変わる。

それは分かる。


だからこそ、シュウジの胸に芽生えたのは歓喜ではなく猜疑だった。


――情報を得るために、普通そこまでするだろうか?


「一瞬、名案かと思いましたけど……それだって、保証としては不十分ですよね?」

「なぜ?」

「戸籍だけあなたの子供にして、ぼくが情報を吐いたら後は消せばいいじゃないですか」


――戸籍からも、地球上からも


「おい、おい、おい。発想が物騒だな。親は子を守るものだぞ?そんな酷いことする訳なかろう」

「知りませんよ。生憎と親の愛情を知らずに育ったんでね」


ぶっきらぼうに言ってやると、タカシは短く息を吐いた。


「まぁ、おまえの心配も分からない訳ではない。であれば、おまえが簡単に消されない存在になればいい。具体的には、俺の息子として社交界にデビューさせてやるよ。財政界の大物たちと知己を得られれば、それが保証になるんじゃないか?」

「それなら、まぁ……」

「よし、なら話は纏まった!その方向で進めよう!」


タカシはポンと手を叩いたあと、少しトーンを落として言葉を継いだ。


「言っておくが、これはおまえが養子縁組の書類にサインして終わりって話じゃないからな」


表情を引き締め、シュウジは言葉の続きを待った。


「孤児から俺の子供になるってことは、相当の努力が必要だ。おまえのお披露目は5日後。まずはそれまでに最低限の振る舞いを身に着けろ。願わくば、おまえが自慢の息子になってくれればと思ってるよ」


自慢の息子になれば、その分だけ安全になる。


――でも、もしお披露目で下手を打つようなことがあれば


「じゃあ、これからよろしくな」


大きな右手が差し出される。袖を留める丸いカフスが目に入る。


「こちらこそよろしく。お義父さん」


努めて平静を装いながら、その手を握る。


次の瞬間。

万力のような力が、指の骨ごと握り潰さんばかりに食い込んだ。


「っ――!」


息が詰まる。

反射的に顔を上げると、タカシの黒い瞳孔が真正面からシュウジを射抜いていた。


――笑っている


そう思うより一拍だけ早く、力は緩められていた。

驚きに目を見開くと、タカシの黒い瞳孔もシュウジを捉えていた。

そのふたつの目は、無言で雄弁に語り掛けていた。


裏切るなよ、と。

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