↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか、風の吹いた意味を知るのなら  作者: Matsuoka


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/60

風の追想片々録/雨と鼻歌

 このまま時が過ぎていくものだと思っていた。


 最初は驚かれこそしたが、秘術を扱う者同士、鼓(つづみ)の時の流れ方にも、比較的すぐに理解が示された。


 倹(つづま)は長(おさ)を担っているだけあって、思慮深く、強い統率力を備えている。


 映(はゆり)は里の中に留まり、日々倹の元へ届く報(しら)せを一次的に捌(さば)くなど、副長のような立場にいる。


「何か手伝おうか」


 朝食を済ませた後はいつも畑へ赴(おもむ)いてから事務仕事をしている映が、雨天の今日はせかせかと書類を認(したた)めている。


「あらそう? じゃあその紙を束ねてくれる? もう片付いた仕事の雑記だから

 あ、でも裏が白紙のがあったら避けといてくれると助かるわ」


 指差された壁際には、大量の紙が絶妙な均衡を保ちながら山を成している。


「そっちのは?」

「これはまだ。明日の臨時集会が終わったら少しは片付くけどね」

「すげー量あんなあ」

「頭数は少ないけど、1つの集団をまとめるのは大変なのよ。うちみたいな気性の集まりは特にね」

「なるほどね」


 映の指示通り、片手で持てる程度に固まりを作り、紐で結(ゆわ)いていく。


 雑記と言えど、いずれ燃やすらしい。万が一のことに備え、忍にまつわる記録は徹底的に管理されている。


 だからこそ、鼓にとっては疑問だった。


「…………俺がここにいるのは、本当はよくないんじゃないのか」


 時を経るにつれて積み重なったもの。

 本当は口に出すことも恐れるほどの。


「何言ってんの。とんでもない輩(やから)だったらとっくに追い出してるどころか、あの人が声をかける前に亡き者にしてるわ」


「物騒だな」


 笑い種(ぐさ)に、なるといい。


 縋(すが)ることすら赦(ゆる)されない身にある己にとって、この場所はあまりにも居心地が良すぎる。


「故郷は蓬莱(ほうらい)なんだっけ」


 手を動かしながら映が問う。


「まあね」


「どんな所なの?」


 言葉に詰まってしまった。


 ただひたすらに、「抜け出したい」としか思っていなかったから。


 肌に触れる空気にも、目に映る花や木々にも、特別な感情や彩る言葉を抱いたことなど皆無だった。


 全て、全て己を縛る鎖でしかなかった。


「……ここに、似てるかもしれない」


「そう」


 再び会話が途絶えた。


 一定の動きを繰り返しながら、たまに止まりながら、それぞれの仕事をこなしていく。


「この里の方が、ずっといい」


 静寂を破るように、ぽつりと言った。


 生まれた地から伸びる鎖が枷(かせ)ならば、ここには錨(いかり)を下ろしたい。そう思わせてくれる場所だ。


「嬉しいこと言ってくれるねえ」


 つくづく不思議な人だ。


 いるだけでその場の空気を和(なご)ませるような彼女が、かつては死と隣り合わせの場にもいたことが、鼓には信じ難かった。


「うちの息子、いるでしょう」


 手を止めずに、映が話し出した。


 この夫婦には、すでに忍務に就いている一人息子がおり、鼓にもよく懐いていた。


「本当はね、もう一人いたのよ。生きていれば、来年成人」


 にわかには理解できなかった。


 「命」も「時間」も、鼓にとっては刹那的なものではない。


「雨季に川への立ち入り禁止にするようになったのは、うちの子が行方不明になったからなの」


 約1か月に及ぶ雨季を迎える前、そして過ぎ去るまで、しつこいほどの禁止令が周知され続けていたのを、鼓も幾度か経験してきた。


「あの人は言わないだろうけど、あの場所で鼓に出逢えたのは奇跡みたいなことなのよ。

 生まれ変わり、だなんて言ったらあなたには迷惑ね。でもそれくらい、倹にとっても私にとっても、嬉しいことだった」


 今、言葉が出ないのは、不勉強ゆえだろうか。

 もっと多くを知れば、胸中に生まれたこの感情を、どうにか表現できるのだろうか。


「……俺は、ただ、死ぬことすらできねえから生きてるだけだ。

 そんなこと言ってもらえるような奴じゃない」


「なら、あなたは『持ってる』んだよ」


「持ってる? 何を?」


「生きるか死ぬか、選べるなんて、何もない人の贅沢な特権だよ。

 どっちかにせざるを得ないなら、その人はそうならざるを得ない何かを持ってる。

 鼓が生きることしかできないなら、何か生きる意味を持ってるんだと私は思う。

 そんなの無くったっていいとも思うけど、探しながら生きてみるのも、いいんじゃない?」


 不思議な人は、不可思議なことを言う。


「よし、こっちは終わり!

 おやつでも食べようか。昨日隣のお宅から美味しいお菓子貰ったんだ♪

 準備しとくから、適当なところで居間に来てね」


 他の二人には内緒ねと言いながら、部屋を出ていった。


 一人残された部屋は、鼓に必要な孤独をもたらした。


 人は嬉しい時、楽しい時には笑い、悲しい時、寂しい時には泣くのだと、この里で初めて知った。


 けれど、今はなんだ?


 心を満たしているのは「喜び」のはずなのに。


 やがて雨音を割(さ)いて、機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてきた。


 それが止んだのは、鼓の視界が鮮明さを取り戻した頃だった。







お読みいただきありがとうございました。

偶然にも今の季節と合った流れになりました。


このエピソードについても書きたいことがたくさんあるので、折を見て出していけたらなと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。