光は折れども真っ直ぐに
鼓が最も守りたいものは希なのだと、瑞はずっと思っている。
辛い記憶を封じ、戦いから遠ざけ、常若という安全な地で暮らすこと。
彼女が真実を知り記憶を取り戻していく選択をするまで、鼓にとってはそれが「正解」だったはずだ。
だが道が想定から外れた方へ向かわんとする中で、鼓もまた新たな決断を下したのだろう。
常若の根底に流れる彼の願いを覆すような、人が変わったような物言いをしたことにもきっと訳があるはずだと、推測を走らせる。
──引き換えに、この先は、嫌でも認めなければならない。
冷静さを保とうとするあまりに自分はどこか、必死さを欠いている。
俯瞰で対象を捉える癖が、己に制限を強いている。
具体性のない「いつかの未来」に、靄がかった理想を押しやっている。
鼓には見透かされている。
焚きつけようとしたのは、瑞自身の心の中にある甘さを見抜き、このままでは駄目だという現実を突きつけているからだろうと踏んでいる。
けれどまたこうして性懲りもなく、思考の輪を延々と回り続けている──。
「分かってないなあ! 鼓も、瑞も!」
沈黙の帷を引き裂く希の声に目を丸くする。
「確かに私はさ、軌を許すなんて、きっとできないよ。
……でもそれ以上に自分のことが許せない。きっかけを作ってしまったのは私だから。
瑞や鼓が『そんなことない』って言ってくれるのにはすごく感謝してる。でもやっぱりその分、甘えちゃ駄目だって思う自分もいて。
けど、ここでもしも私が折れて、落ちて、飲み込まれて、ずっと戻れないままだったら、全部、全部間違いのままになっちゃう。
私を否定することは、私を肯定してくれる人がいたこと、いてくれることまで否定するのと同じなんだって、瑞が気づかせてくれたから。
私が私のことをちゃんと受け入れる……のはどうしたらいいのかまだ分かんないけど、自分を嫌わないでいるためには“負けない”ことなの。
頼りないかもしれないし、これから何度もボロボロになるかもしれないけど、私だって心、決めてる」
言い終えて、大きく一呼吸つく。
「私は力の根源を復讐心なんかにできない、したくない。絶対にしない。
望が目を覚ますのを信じて待つ。
取り戻す記憶と過去を全部受け入れて、忍として生きる。
これが全部、私の力の源」
魂を宿す言の葉に触れ、目に宿した空に陽が差し込む。
迷いを蹴散らす唯一無二の陽の光が、かつては空虚だった空間を照らし、今では様々鎮座する心理の陰影も彩度もくっきりと映し出す。
眩い光の持ち主の隣りに居続ける、そのために己は強く在れと、今一度頑なに思う。
陽を受けた空は、どこまでも澄み、碧く、瀚い。
「……俺はたったひとつだけ、想像もしたくない怒りや憎しみのきっかけになると思ってることがある。そんなことが起きないように、起こさないために何よりも強くいたい。
鼓からしたら甘いって思うのかもしれないけど、俺にはどう考えてもこれしかない」
2人の言葉を聞き終え、鼓の表情が困ったようにも笑ったようにも見えた。それも束の間、再び陰を帯びる。
「それじゃあ試そうか。お前らの決意を。
腹に決めたもんがどれ程の強さを呼び起こせるのか、それとも温くて甘いのかどうか」
諦め、覚悟、諦め──。
内側での抗争と外部との衝突で、表と裏が激しく入れ替わる。
折り合いをつける手段が、彼らが望んだことと言えども「戦い」の鎧を纏うことが、鼓にはどうしようもなくもどかしい。
*
その夜、瑞はなかなか寝付けなかった。
窓から見上げた夜空には、今日もまたゆっくりと紫煙が昇っていく。
(鼓、お前が思うように、いや、それ以上に、俺は希を守りたいと思ってる。恐れるとするなら希を失うことだけ)
いつの間にか眉間に皺が寄っていたことに気がつき、深呼吸をしてから布団に潜り込んだ。
ご無沙汰しております。
お読みいただきありがとうございました。
更新できる喜びに胸を躍らせていました。
瑞回だと個人的には思っています。
どこまでも彼にとって希は羨ましいほどに眩しいのでしょう。
私にとっても健気で眩しい存在です。
次回更新日はまたもや未定ですが、間もなく不定期更新から抜け出せるかと思います。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。




