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いつか、風の吹いた意味を知るのなら  作者: Matsuoka


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根源たり得るもの

 明確な時期は分からない。が、時間がないことは明白だ。


 己の心は決まっている。


 考えるべきは影響の及ぶ範囲をどこまで見極められるか、だ──。



「手加減なんか一切しないで。本気でやって」

「んなこと言われてもなあ」


 (わだち)の次なる標的が首都・麟鳳(りんぽう)と聞き、(のぞみ)は焦っていた。

 日々の修行をより厳しくする必要があると考え、(つづみ)を説得している。


「鼓が本気出してくれないと修行の意味がない」

「言っとくけどふざけて修行つけたことはないからな。油断した覚えもない」

「でも全力出したこともない、でしょ? 鼓がどうであっても私にとっては同じなの」


 引く気配の一切ない、突き進むのみの光を真っ向から浴び、影は色を濃くする。


 軽い溜め息の後、階調を落として静かに口を開く。


「……────俺はお前を殺すわけにはいかないんだよ」


 露出した肌に痛みを感じた。


 暗闇から出でて吹き抜けた風に切り裂かれたような感覚がして、希は思わず頬に手を触れる。


 血かと思われたが、流れたのは冷や汗だった。


 鼓は、本気で言っている。


 彼がその気になれば、希は一撃も与えることなく勝負を終えることになるだろうということも、理解ができてしまう。


「……そういう敵を、これから相手にしなきゃいけないんだよ、私たち」


 この程度では引き下がるまいと、言葉を返す。


「あいつと一戦交えるとも限らないだろ。むしろ俺は交戦は阻止したい」


「理想語るのは聞こえがいいけど、うまくいくとも限らない。現に俺らが狙われた事実もある。あらゆる可能性を考えて備えておくのが鉄則だろ。鼓に教わったことだ」


 (しるし)が割って入る。3人という共同体の都合上、どちらか一方の味方になるようなことは避けてきたが、この手の話に至っては中庸であるべきではない。


「物覚えのいい弟子だな。正しくはあらゆる可能性を考えて備えておくことで、潰しきれなかった最悪の事態に面した時に下す咄嗟の判断の正確さを上げること、だけどな。

 完璧な備えも万全の対策も間違いのない判断も存在しない。そんな中で真価を問われるのは──」

「『真価は究極の状態・状況でこそ問われる』だろ」


 静と動の主導権の奪い合いが続く。


「そろそろ口ではお前に勝てなくなってきたかもなあ」

「力でだって超してやるよ」

「力でだって、か」


 ()()だ。


 鼓の何某(なにがし)かに触れたと思われる時、平静を装いながらも彼の「表情」は瞳に出る。翡翠を宿したかのような碧緑が、内なる感情により揺らめく。


 どんな感情の表れなのかは悟らせてくれないが。


 最奥に何を未だに隠し持っているかは分からない。明らかになった真実と推測の欠片を1つずつ()めては組み替え、輪郭の見えない地図を少しずつ作っていく。


「ま、『いつかは』なんて甘い考え持ってるうちは無理無理」

「そんなこと思ってねえよ」

「そうか? お前の戦いぶりからは『そのうち』超してやるだの、『いつか』勝ってやるだの、不明確な未来に丸投げの決意しか伝わって来ねえけどな。

 今日は無理だった、でも明日ならできるかもしれない、今日できる精一杯はやり切った、そんなところだろ。

 いつまでも『明日』が来ると高括ってる。冷静なふりして誰よりも『理想』を語ってるのはお前自身だよ。だからお前は俺に勝てない、勝てる兆しすら無いんだよ。

 ──これからもずっとな」

「ちょっと、鼓……!」


「だったらどうしろって言うんだ」


 抑えてはいるが、瑞の声が震えている。怒りに似た感情を、彼が鼓に向けるのは希が覚えている限りなかった。軽口でおちょくる様は日常茶飯事でありながら、焚きつけるような鼓の物言いも。


「お前ら2人が俺を殺すつもりで来るなら、勝機はあるかもな」


 引き金を、引いたのだ。


 先刻波打った鼓動は合図でもあった。


 揺らめいた瞳は揺さぶられたわけではなく、鼓から向けられる新たな衝撃の発露だった。


「私たちはいつも本気で──」

「その『本気』の根源の問題だよ。単に『強くなりたい』なんて思いだけなら甘すぎる。

 衝動の最も強い源は『怒り』や『憎しみ』から来る『復讐心』だ。俺に向けることができれば軌にだって造作ない。練習やら修行やらってのはそういうもんだ」


「でも鼓は常若(とこわか)で一番遠ざけてきたじゃない。負の連鎖を断ち切るのが私たちだって──……」

 そこまで言ってからはたと考える。


 軌との戦いに備えるなら、鼓が守り抜いてきたものが瓦解することになるのではないか?


 彼が2つ目の故郷と言った「(つるぎ)(さと)」の消失が遺した教訓のようなものが、常若で貫いてきた信条の根底にあるのではないだろうか?


 そして希や瑞、救済した人々に決して抱いてほしくないと思い続けてきたのではないのか──?


 隣を見ると感情の混濁した様子の瑞が目に映る。


 「これまで」と変わらず守り続けるべきなのか、「これから」に備えて打ち捨てるべきなのか、すぐに答えの導き出せぬまま、(いたずら)に時は過ぎていく。




ご無沙汰しております。

お読みいただきありがとうございました!


なかなか頑固野郎な鼓ですが、全てを知っている書き手としては仕方ないよな…と思うほかありません。


そして瑞ですね。

彼も彼で、今の彼にならざるを得なかった道を歩んできているので、ここをどう乗り越えていくのか、書き続けます。


次回更新はまた未定ですが、引き続きよろしくお願いします。

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