昼飯のお返しがまだだったからね
「希少種……連盟魚!」
全階層に希少種が出現することは、ダンジョン協会による探索者講習――受講必須である――にて周知徹底がされている。
その多くが次の階層に進むための地下階段の手前で湧く。まるで行く手を阻む守護者のように。
希少種を発見、または遭遇してしまった場合、まず撤退することを第一にする。そしてスマホやシーカーライセンスからダンジョン協会に報告して、深層で活動している高Lvシーカーに討伐を依頼する。これが低Lvシーカーの基本的な希少種への対処なのだ。
前回、明良はコブリンナイトを相手に死闘を繰り広げたわけだが、あれは一人だったからできた無茶だ。
仁と叶恵がいたなら、きっと戦いなど挑まなかった。だが今回は挑まざるを得ない。こんな戦闘の真っ最中に、敵の間合いに飛び込んでいる状態で、2人を逃がすことなど不可能だ。
さらに撤退にせよ徹底抗戦にせよ、こちらと敵の相性が悪すぎる。
「ジャラララララ!」
突然の急襲に動きを止めてしまった彼らに連盟魚の魚群の手が伸びる。実際には伸びるというより、並び連なっているというべきなのだが、人間臭い挙動をするため群体が動いている不自然さがないのだ。
「チッ!」
すぐに反応できたのは明良だけだった。明良が先ほどまで立っていた場所に数十匹単位で魚たちが激突しては消えていく。
あんな弾丸のような魚の雨を喰らったら、皮装備の明良はズタボロにされてしまう。
「仁ちゃんっ!?」
「こりゃやべえっ!」
仁たちの方は完全に甲羅に籠る亀のようになってしまっていた。できる限り姿勢を低くし、叶恵を庇う形で盾を掲げている。おかげで盾の方は表便がべっこべこに歪んでいるが、2人は無事のようだ。
仁は耐えることを選んだようだ。こうしている間にも連盟魚が束ねる湖群魚たちの個体数は少しずつ減っていく。激突の衝撃で少なくない数が消滅しているからだ。攻撃の切れ目が起死回生のチャンスとなる。
そう考えているのがわかるからこそ、明良は「それはダメだ!」と警告を発した。
その意味を理解するのはすぐ後だった。
「ジャララララッ!」
「「「シャー」」」
連盟魚と周囲の湖群魚たちが共鳴しあい、次々と連盟魚の本隊と合流していく。これが、連盟魚と出会ったら撤退しなければならない理由。
消耗戦になると、階層中の湖群魚を招集して無限の連戦をシーカーたちに強いるのである。その身が最後の一匹になるまで。
――何か……何かないのか!? アイテムは、有効なアイテムはフラ玉くらいか? いや、こいつらは聴覚もいい。閃光しか出せないフラ玉じゃ足止めになるかどうか……
そこまで考えてフラッシュ玉は、自分たちも一瞬目をつぶらなければならないことに気づき、その瞬間に反撃されるリスクが高いという結論を下した。
「ジャラァ!」
「ク、」
打開の策を練りながら連盟魚の猛攻を躱さなければならない。高速戦闘は望むところだが、休息が無ければ明良の動きは鈍っていくだけだ。いずれガス欠になり、スクラップにされる。
――そんなの御免被る。やらないで後悔するよりはやってやるさ。
「フラ玉を使う! 隙を見て6階層に向かってくれ!」
明良はアイテムポーチからフラ玉を取り出して二人に指示する。
「そんな! っ! アキはどうすんだよ! お前を置いてなんていけねえぞ俺は!」
「違う! 俺が仁ちゃんを置いていかないように先に行けって言ってんだ!」
「……!」
そこまで聞いて仁はようやく理解した。この場から一歩も動けていない自分が、いや自分たちが明良の足を引っ張ってしまっていることに。歯がゆさでつい嚙み締めた歯茎から血がしぶきそうだった。
「ちょ、私の事は!?」
「桜庭はついでだ!」
「ついでかい! 私の顔面安いもんだわっ!」
当然。長い付き合いの男幼馴染とぽっと出の面の良いだけの女なら、幼馴染を取る。少なくとも明良の中では自然の摂理と同義だ。
けれど助けられるのなら助ける。
それが昔、仁に助けられた明良の信念だ。
気に食わない相手だろうと、生きていてくれなければ嫌味や皮肉も言えないのだから。
「やるぞ!」
明良の合図で、仁と叶恵は目をつぶった。それを見て、明良も目をつぶって、中で火花が散る玉――フラ玉を地面に叩きつけた。
そして静かに、鮮烈な閃光が湖畔を満たした。
「いけええええ!」
「「……っ!」」
仁は叶恵と一緒に目を開けて走り出した。連盟魚への効果はあったようで、イワシたちは右往左往と隊列を乱していた。
仁は、連盟魚を警戒して動けない明良の横を通り過ぎながら「すまん」と一言だけ伝えた。「昼飯のお返しがまだだったからね」と明良は笑った。
「ジ、ジャララ」
「チッ、復帰が早い。視覚に頼りきってないからか……!」
連盟魚のターゲットが地下階段へと駆ける仁たちに移るが、明良すかさず大声を出す。
「出し抜かれてやんのバーカ! 悔しかったら俺を捕まえてみろ! 多勢だけが取り柄のアンチョビ野郎! すり抜け取り逃し間抜けイワシ!」
「ジャ、ジャラララララ!!!」
連盟魚に言葉は通じないはずだ。しかし、足を止めて剣を振って挑発する明良から、コケにされている雰囲気は伝わったらしい。
群魚たちの怒りの声が湖畔に響き、明良を再度獲物として定めた。
その間に、何とか地下階段まで逃げ切った仁は呆れながらその様子を見ていた。
「モンスターにも悪口効くんだ……」
「罵倒の語彙が豊富ね~……っとそろそろ援護でもしてやるか」
「え、ボウガンじゃあの数には焼け石に水じゃね?」
「まあ、見ててよ。私の切り札は――」
と叶恵が自信満々にオークの杖を掲げたときだった。
「君たちどいてくれるかい。ボクが通るから邪魔だよ」
いつの間にか階段の奥から上がってきた人物に話しかけられていた。仁たちがビクついて振り向くと奇抜なファッションの童女が立っていた。
白い椿の刺繡が入った、フリル付き和風カチューシャがまず目に映る。視線を下げていくとピュアブラックのゴシックロリータが似合う、色白の少女の顔と視線が合った。
人間離れした彼女の美貌に驚いて、さらに腕を覆う袖が、着物の振袖のように大きく広がっているのに違和感を覚えた。ゆったりとした下の服もフレアスカートではなく、着物の袴のような形をしている。
全体的にゴスロリ生地で和風の着物を繕った変な童女がそこにいた。
「ほら、どいたどいた」
呆然とする二人を軽くあしらう。童女は片手に持つ、湾曲した取っ手の付いた和傘――性格には白線の入った蛇の目の番傘――で二人を退けると地下階段から『群魚の巣』に平然と出て行った。
それを絶賛戦闘中の明良が見て目を丸くする。どうやってこの苦境を切り抜けるか模索していたのだから、その反応も仕方ないだろう。
「おい、こっちにくるんじゃ――」
「鬱陶しいなあ」
童女はつぶやくと番傘の先を連盟魚に向けた。傘の先は穴が開いており、それは銃口のようにも見えて――
周囲の光が傘先に集められていく。そこには手のひらほどの光の玉が形成されていた。童女はその仕上がりに満足したらしく、残酷なまでにかわいらしく笑った。
「深淵にお帰り、【魔砲・終息】」
極太の光線が『群魚の巣』を横断するように通った。その一撃は、当たり前のように湖の中心にいた連盟魚を消し飛ばし、湖自体を蒸発させたのだった。
一人だけ別ゲーしてませんかねこの人




