天下は我の為に在り……嘘ですごめんなさい・十六
のびるー起きてりゅー?
はばたきは今、オン村の“力”溜まりに来ちぇるよぉー。入口はれいりん地区。でもここは別空間だぬ。
なんかにぇ、不思議なところだみょ。
のびると行ったことありゅ“力”溜まりは、こっちに怒っちぇきちゃり、こにゃいでーって怯えたりしてたでしょ?
ここはね、そんにゃことないにょ。
でも、全部受け止める感じでみょにゃいから、気をつけるにょ。
旅のおともは愛子さみゃと、過去に悪だったおぢちゃんだみょ。
愛子さみゃを抱っこしてりゅおぢちゃんは、はばたきのおててもぎゅっとしてるみょ。
はばたきがはぐれにゃいかしんぴゃいしてるんだとおみょうけじょ、どちらかと言うとおぢちゃんの危ないかもちれないなぁ。今すでに地平線を見て固まっちゃってるもんにぇ。精神が吸い込まれそうだにょ。
ちょっと、おぢちゃんを助けちぇくるにぇ。まちゃねー。
のびるへのお手紙風独り言終わり。
小川や草花の生えているここらのずっと先。灰色の地平線。あそこは、はばたきでも未踏の“力”の世界。只人には荷の重過ぎるもの。楽子には魅惑的過ぎるもの。
「おぢちゃん、おぢちゃん」
はばたきは、地平線の先を見たまま動かなくなったおぢちゃんを何度も呼んだ。
でも動かない。ので、蹴った。そう、脛を靴のつま先で。
「いっっっっっっ!」
と言ったまま俯いて動かなくなったおぢちゃんの前髪がさわさわ揺れているので、愛子様が撫でてあげているのだろうか。
構わず手を引き歩き出す。
こっちだよ、こっち。
「すまん、助かった」
「ううん、案内ほっぽった楽子が悪い」
そう、楽子まさと名乗った元包子の現楽子は、ここへ到着したなり、「ん?異物があるな!」と叫んで走って行ってしまったのだ。
いざという時は避難させるんじゃなかったんかーい!とおぢちゃんが叫んだが、振り向かず行ってしまった。
「方向が分かるのか?」
『あっち』
「分かる」
「私は目を瞑っていても?」
「それはダメ。視覚以外の感覚でも“視える”くらい他の感覚が研ぎ澄まされていれば良いけれど、ほとんどを視覚に頼っているはずの只人は視覚を塞いだ途端に他の感覚が引き摺り込まれる。目を開けていて。はばたきと愛子様を感じていて」
「あ、ああ。君、そのまま話せる……あ、うん。そうだな。そうしておこう」
『私もそのまま話せるよ』
「何故私が目を瞑った箇所に触れる」
『ん?目は開いているよ』
「そうだけどそうじゃない……そうじゃないんだ……っ!」
悶えるおぢちゃん。これだけ自分の感情が動いているのなら大丈夫だね。
つい幼い言葉使いをせずに答えてしまったが、まぁいいや。愛子様には始めから気付かれていたようだし、おぢちゃんも薄々感じ取っていたはずだ。「まぁ、楽子だからね」とおぢちゃんを宥めておく。
「ああそうだな……これだから楽子は……本当っ」
過去にいろいろ、楽子とあったんだろうなぁ。
こういう人は割といるので特に放っておく。
当人の楽子が何もしていないのに、こちらがどうこうする事でも無い。
『外では幼いふりをしているの?』
愛子様に少しだけ興味を持たれたようだ。
「それに近いかな。次期環子当主候補とはばたきの年齢が近いから、当主を狙っていると疑われたくないの。当主候補へ推薦されたくもないし。のびるとはお友達だから、競う気は無い。側近になるのも嫌。お友達でいたいの。あと、のびるの話し方が素でこんな感じだから合わせてるの。嬉しくなるから」
嘘など言わない。楽子は真実の塊で在るべきだ。そうでなければ、強大な“力”が歪む。
『大変だ。はばたき、頑張っているね。次期当主候補争いは愛子では無い。その時期は逆に、候補から逃れようと家出する愛子で良い感じの宿になりそうな木の上が溢れかえる。逃げられなかった者がなる。走らない鬼ごっこ行事みたいなもの』
「行事になっとるんかい。しかし、逃げ先一定過ぎんか?」
『確かに。木の洞でも良いかもしれない』
木しかないのかな?
「愛子は平和なの?」
『平和にしないと誰も生き残れない。里が原初の楽子の里に近い。騒いだら殺られる』
「ぶっ……物騒だな、おい。引っ越さないのか?」
『引っ越さない。騒がなければ良いだけの事。愛子は《他》に狙われやすい。《他》が愛子の里で騒げば、原初の楽子と始まりの楽子が殺ってくれる。その分昼寝できる』
「昼寝の為かい?! 他とは、他の楽子か?」
「それはないよー。愛子はほとんどの楽子より“力”が強いんだよ。こっちが絶えちゃうよぉ」
「そ、そうなのか」
『《他》は、《他》。この世界の、《他》』
「あーなるほど。えっとね、人間で言う傷口に出来る膿みたいなものだよ。この世界の膿だね。誰かがこの世界を傷つけてるんだねぇ」
その誰かは、楽子かもしれぬが。
『あれらは私達愛子の“力”を旨いと思うらしい。あれらが私達愛子を狙うが故、人里には降りれない。被害を広めてしまう。愛子ですらほぼ互角の他と、楽子を戦わせる訳にもいかない』
「そうだったのか……。それで、原初の楽子や始まりの楽子?とかいうのの側に居るのだな」
『そう。原初の楽子や始まりの楽子は《他》より強い。比べるのが申し訳ない程に強い』
「はばたきはまだ原初の楽子様にお会いした事はないなぁ。始まりの楽子様はお見かけした事があるけど」
『そのまま会わなくて良い。私達でも怖いと思う“力”だから』
「そっか」
「違いはあるのか?」
『原初の楽子様は“力”の原初をお持ちでおられる。始まりの楽子様は原初の“力”ではない。私達より強いけれど同じ“力”』
「なるほど……どちらにしても只人の手には余るな。会わんに越したことはない」
『そうだね』
「だにぇー」
その後は何の気なしに誰も何も言わずにしばらく歩いていた。
突然だった。
『んぱー?』
「ん?」
「ん?」
『ん?』
「誰かなんか言ったか?」
『私ではない』
「はばたきも違ふ」
口々に否定し合う中、再び短めなエコーがかかったような不思議な響きの声がした。
『んぱー?』
それと同時に、今度は決して軽くない重みが身体を圧してきた。
これは……。
おぢちゃんと握り合う手に汗が滲む。
なに、この得体の知れない“力”は。
はばたきは固まって冷えている手を懸命に動かしておぢちゃんの手を強く握った。
しっかり、はばたきも二人も。ここが正念場だ。敵対しないと表明せねば。
『……愛子のゆみと、と申します。原初の楽子様におきましてはご機嫌麗しゅう』
愛子様が先陣を切ってくださった。はばたきも続く。原初の楽子様なのか。どうりで得体の知れない“力”な訳だ。
「きょんにちは、環子のはばたきと申します」
噛んでしまった。
「たひゃ人、た、只人のもとはです」
おぢちゃんまで。
『んぱ?』
『私達は愛子の体を探しに参りまして』
『んぱっ。愛子の体。ぷきゅっ』
きらきらと、透明な、何か。
それが数歩先の空中に現れた。
まだ固まっていない水飴の塊のような。しかし水飴とは言い難い内部からの七色の煌めき。
この世のもののようなそうでないような不可思議な感覚が、頭からざばりと被せられた。
これが、原初の楽子の“力”。なるほど、確かに楽子と違うが違わない。しかしながらやはり違う。これは、不純物の入っていない“力”だ。
『ぷきゅっ?体。んぱー』
それが遠ざかっていく。が、見えるそこらで止まる。こちらを見ている、気がする。
『案内してくださるご様子。行こう』
「う、うん、行こー」
「あ、ああ、そうだな」
三人は戸惑いながらも歩き、進む。
未来の仕舞いを知る自分へ悲しみを覚えている者と。
とうにこの身の役割は終えたと油断している者と。
自分を含む世の全てを欺いて生きていこうとする者と。
『んぱっ?』
……何を考えているのかさっぱりな者の、しばしの散歩、始まる。




