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そらのうた~ことばあそび編~   作者: はねいわ いみゆう
現在編その2
141/141

天下は我の為に在り……嘘ですごめんなさい・十七

「……とは、……い……おい、もとは!」

「ハッ!?」


 飛び起きた。全力疾走していたかのように心臓が騒がしい。暑くはないのに何故か汗をびっしょりかいている。

 机に突っ伏していたらしい。顔に紙が引っ付いていた。剥がし取る。

 息を切らしながら、震える左手を見る。誰かと手を繋いでいた気が、したの、だが。……誰と?


「だいぶ疲れているみたいだな」

 苦笑いと共に差し出された緑茶に、思考が散った。戦友に礼を言い受け取る。ぬるい茶だった。こいつにしては珍しい。冷気の“力”をいつも自慢げに、茶一つにも欠かさず使うやつなのに。汗をかいた私に使わぬとは、槍でも降るか?

「まぁな。お前もだろう」

 だが、相手も疲れているせいだと思った。

 案の定、相手は頷いた。

「ハハッ。この時期に疲れていないやつなんか居ないか。……区長選、今年も出られなかったな」

「上がまだくたばらんからな」

「……こら、相変わらず口が悪いな」

 苦笑と共に頭を軽くはたかれた。


 その後は軽い雑談を交わして、「またな。次会う時は酒でも呑もう」と相手は帰っていった。

 一人残された部屋で、数口残ったぬるい茶と共にいつも通りの書類を捌いていく。


 ……いつも通りの風景だった。いつも通りの行動だった。いつも、通りの。

「私は、これを前にも処理した」

 手元の書類が以前のものと酷似している。

「これも、これもだ」

 均等に並べ置かれた書類を漁る。

 何故だ。何故、既視感を感じる?

 書類など、同じではないか。数字と人の名前と来た場所と往く場所が違うだけで。だが。


「違う」


 何が違う?


 分からない。


 書類を呆然と眺める視界に、湯飲みが入った。ぬるい茶だった。あいつが入れたのに。私が汗をかいていたのに。


 何故だ。


 あいつの顔を思い出そうとして、思い出せないと気付く。

 思い出せないというより、霞む。目元が靄に包まれる。顎の輪郭が輪郭を成していない。


 なんだ、これは。


 ふと、窓の外を見れば雨がしとしとと降っていた。


 雨が。


 あの日も。


 あの日?


 あの日とは。自分自身に呆然としたまま、覚束ない足取りで廊下へ、玄関へ行く。何故か足が向かうのだ。

 靴を無造作に履く。戸を開く。目を見開く。


「御愁傷様でした」


 誰かが誰かへ言っている。葬列?誰のだ?

 絶句した。

 泣く人の抱える写真に、何故、あいつが。


 ぬるい茶だった。そうか。

 いつも冷やしてくれていたあいつはもう。

 だから。


「これ、あげる」


 下から声を掛けられた。赤い目を、未だ涙が溢れそうな目をした子供が私にくまのぬいぐるみを持った両手を精一杯伸ばしていた。


「お父さんがくれたぬいぐるみなの。ぼくにはうさぎとねこのもあるの。だから、あげる」


「良いのか」

 君の、それは、父親の、形見となるのに。


「良いの」

 子供はあいつと同じ瞳で私を見上げてきた。あいつならば苦笑と共にする、心配している瞳。

「おじちゃんに、必要そうだから」


 人々はゆっくりと遠ざかって行った。


 しとしと降る雨の中へ一歩出る。ぬいぐるみは“力”で乾かせば良い。共に、今は流そう。


 しばらく濡れた後は、書斎に戻り、自身と共にぬいぐるみを乾かした。

 向きを変えながら“乾燥”させていると、重みに違和感を感じる。

 違和感の正体に可能性を感じ、焦燥感に包まれた。しかし、それを気取られてはいけないと何故か思った。


「疲れたな」


 ボソリと呟き、寝室へとぽてぽて歩く。走りたい気持ちを押さえて。この建物で一番、最上級まで行かなくとも上級者により防護壁の張られた、寝室へ。


 入り扉を閉めた。途端、私はぬいぐるみの背を裂いた。

 一つの“力”玉。記憶を固めたものだった。

 記憶を見た。“力”玉は開いた私のものとなった為、私の中へ吸収された。そうなるように、設定されていたのだ。


 ああ。


 膝から崩れ落ちる。


 私は、何を見ていたのだ。


 書類ばかりで、友の事も見ず。


 あの日、何か言いたげに苦笑して笑っていた友を、寝室で酒でも飲もうと誘っていたら良かったのだろうか。

 違う、あいつは、優しいやつだった。

 きっと、私にも。

 だから、あいつは言わなかっただろう。

 けれども、何かをあいつは危惧した。だから、これを。




 涙が枯れてから、外れ掛けた釦を付け直すくらいにしか使わない裁縫道具を引き出しの奥から出し、裂いたぬいぐるみの背を不器用に縫う。

 これは……裂いたと、バレる。

 縫い目が荒々しい。

 だが、あいつが子へ贈ったものだ。捨てる気にもなれない。どうするか。


『捨てられないならちょうだい』


 咄嗟に護身用の短刀を抜き、壁を背にした。

 相手の姿が見えない。誰だ。これ程の防護壁をすり抜けられる者など。


『私、楽子だよ。雨宿りしてたの。怖がらないで』


 何故か、泣きそうな声に思えた。子供の声にも思える。刃を鈍く光らせているのも悪く思えて、鞘に仕舞う。相手が肩の力を抜いた気がした。


 しかし。楽子か。……うん、楽子なら雨宿りの為に不法侵入くらいするな。

 思わず遠い目になったが、それが楽子なのだと分かるのでなんとも言い難い。勿論、注意はするが楽子にはあまり常識が通じないのが基本だ。

 とりあえず、部屋の間取りや物など見たものを全て他人に言うなと言うと、『分かった』と応えがあった。楽子ならば、確実に守るだろう。楽子ではなくとも、ここまでするりと入ってきた実力者へなんと抵抗出来ようか。

 これが譲歩の最大限であろう。

 そして、私は何故か、ぬいぐるみを渡したいと思っていた。

 証拠隠滅の為でもはなく、初めて会ったはずの見知らぬ不法侵入したこの子へ渡したいと、何故か。……本当に疲れているからかもしれないが。


「……大事にしてくれ。友の、……亡き友の、形見なのだ」

 絞り出すような声で、渡すと言った私自身を、私は他人のように思いながら、空虚へと、ぬいぐるみを差し出す。


『分かった。絶対に、大事にする。そして、全部終わったら、返しに来るね』


 全部……終わるのか?


『また、来るね』


 先程よりも力強く念押しする声に、張り手された気持ちなった。


 終わるのか?ではない。終わらせるのだ。


 友を殺した者へ、終末を。

 友を嵌めた者へ、絶望を。


「ああ、待っていてくれ。私も待っている」


 友の未来を見逃した自分へ、憤怒を。



 勢い良く目を開く。今度は本当に汗をかいていると分かった。原因が胸の上に頭を乗せて寝ている楽子なのも。ああ、環子だったか。しかしながら、重いわ。


「おい、はばたき」


「んー? おぢちゃん、起きたー?」


 はばたきは眠そうに目を擦りながら、「おぢちゃんねー、“力”溜まりの“力”に引き込まれちゃったから、死なない為に原初の楽子さまが『んぱー』してくれてたのー」と言った。

 んぱーってなんだ? 引き込まれただと? はばたきと手を繋いでいたのに?


『んぱっ?』


 気付けば、寄り目しそうな程近くで浮く透明な塊に「大丈夫?」と言われた気がしないでもないが気のせいだろう。絶対に気のせいだ。楽子の言葉が分かる気がするなんて絶対にあり得ない。

「大丈夫だと思うが、どこかおかしかったら言ってくれ」と答える。自分でも分からぬ不調が起こり得るのが、“力”溜まりである。


「おぢちゃんが? あんまり、おかしくない時がない気がするけど……」

『そうだね。でもまぁ、起きて良かったね。“力”に飲まれて正気を失ったら、殺すだけが救いになってしまうからね』

「殺されなくて良かったねぇ、おぢちゃん」

『良かったね』


「……」

 そう、これが、楽子なのである。


『んぱっぱっ』


 おい、笑ってる場合か!






















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