Ⅲ.そして道は閉ざされた
狂った奏者が命の最後にシンバルを叩きつけたような。否、稲妻の轟音と地響き。
オレと中里は固唾を飲んでロッジを出た。
視界が遮断されている。目に飛び込んできたのは土砂と岩塊。あらぬ方向に折れ曲がった大木が、蓬髪の如く葉を振り乱して薙ぎ倒されている。落雷に撃たれたのか、幹の断面がパックリ口を開けていた。
先程まで見晴らしの良かった道路は山の地盤で塞がれ、今や完全に埋め立てられていた。
稲魂に焼け焦がれ、土と木々の断末魔の匂いがする。
崖崩れ――
前にもこんなことが……
≪……ンナ、アンナ≫
またしてもオレを呼ぶ、アノ女の声。五歳の時、神香林夫妻に助けられた、あの病院で。あの日以来、思い出すことはなかったのに。葡萄村に来てから、プルースト現象が激しくなっていく。
雷光のせいか。何かがフラッシュバックしている。気づけば両のこめかみと耳朶を押さえていた。
「大丈夫か」
正面に回った中里に声をかけられる。
ひしゃげた表示柱に《葡萄村⇔山梨駅行き》と紫の文字が印字されているのを、ぼんやり見つめた。葡萄村からは折り返し運転なのか。
バス停と東屋の間にぽつねんと置かれた自動販売機で、中里は温かい飲み物を買って手渡してくれた。
不幸中の幸い、この一帯で生き埋め被害に遭わなかったのは自販機と東屋だけ。
伊藤園のおしるこ缶。つぶ餡だ。ほっくり甘い大納言あずきはお婆ちゃん家の味がした。
ふたたび避難所に戻ってから。中里はログハウスに備え付けの、外線電話のプッシュボタンを操作しはじめた。
公共交通機関の電話番号が記載された紙が壁に貼ってある。
会話の内容から察するに、道路の開通作業がどれくらいかかるのかということ。要領の得ない禅門答が繰り返されている。
オレもスマートフォンを取りだしてみたが、アンテナが立たない。使用圏外か。
荷物をまとめていると、通話を終えたらしい中里が受話器を置いて嘆息した。
「ボンネットバス、ケーブルカー共に今日は運行できないそうだ。鋼索鉄道もお手上げらしい。復旧活動は数日かかる見通しだと」
思ったより大規模な土砂崩れは線路にまで及んだようだ。鋼索鉄道と言えば。
「ロープウェイっていうか、ゴンドラリフトが」
あるじゃねえかと続けそうになり、
「あ、あると思いますの」
「葡萄村にリフトの類いはないぞ。言ったように、巨峰郡からの足は路線バスかケーブルカーだけだ」
中里は怪訝そうに眉根をよせる。
そんなはずは。夜明け前、葡萄村行きのリフトにオレは確かに乗ってきたのだ。
しかし言及する雰囲気ではない。
暫しの沈黙が降りる。
「これからどうする」
どうするも何も。どうしようもないではないか。
選択手段を問うているわけではないだろう。中里はオレの意志を確かめるように、
「俺と一緒に来るか……?」