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葡萄館の殺意   作者: 乾レナ(冷愛)
謎解きは事件の前に
8/28

Ⅲ.そして道は閉ざされた


 狂った奏者が命の最後にシンバルを叩きつけたような。否、稲妻の轟音と地響き。

 オレと中里は固唾を飲んでロッジを出た。


 視界が遮断されている。目に飛び込んできたのは土砂と岩塊。あらぬ方向に折れ曲がった大木が、蓬髪の如く葉を振り乱して薙ぎ倒されている。落雷に撃たれたのか、幹の断面がパックリ口を開けていた。

 先程まで見晴らしの良かった道路は山の地盤で塞がれ、今や完全に埋め立てられていた。

 稲魂に焼け焦がれ、土と木々の断末魔の匂いがする。

 崖崩れ――

 前にもこんなことが……


≪……ンナ、アンナ≫


 またしてもオレを呼ぶ、アノ女の声。五歳の時、神香林夫妻に助けられた、あの病院で。あの日以来、思い出すことはなかったのに。葡萄村に来てから、プルースト現象が激しくなっていく。

 雷光のせいか。何かがフラッシュバックしている。気づけば両のこめかみと耳朶を押さえていた。

「大丈夫か」

 正面に回った中里に声をかけられる。

 ひしゃげた表示柱(ポール)に《葡萄村⇔山梨駅行き》と紫の文字が印字されているのを、ぼんやり見つめた。葡萄村からは折り返し運転なのか。   

 バス停と東屋の間にぽつねんと置かれた自動販売機で、中里は温かい飲み物を買って手渡してくれた。

 不幸中の幸い、この一帯で生き埋め被害に遭わなかったのは自販機と東屋だけ。

 伊藤園のおしるこ缶。つぶ餡だ。ほっくり甘い大納言あずきはお婆ちゃん家の味がした。


 ふたたび避難所に戻ってから。中里はログハウスに備え付けの、外線電話のプッシュボタンを操作しはじめた。

 公共交通機関の電話番号が記載された紙が壁に貼ってある。

 会話の内容から察するに、道路の開通作業がどれくらいかかるのかということ。要領の得ない禅門答が繰り返されている。

 オレもスマートフォンを取りだしてみたが、アンテナが立たない。使用圏外か。

 荷物をまとめていると、通話を終えたらしい中里が受話器を置いて嘆息した。

「ボンネットバス、ケーブルカー共に今日は運行できないそうだ。鋼索鉄道もお手上げらしい。復旧活動は数日かかる見通しだと」

 思ったより大規模な土砂崩れは線路にまで及んだようだ。鋼索鉄道と言えば。

「ロープウェイっていうか、ゴンドラリフトが」

 あるじゃねえかと続けそうになり、

「あ、あると思いますの」

「葡萄村にリフトの類いはないぞ。言ったように、巨峰郡からの足は路線バスかケーブルカーだけだ」

 中里は怪訝そうに眉根をよせる。

 そんなはずは。夜明け前、葡萄村行きのリフトにオレは確かに乗ってきたのだ。

 しかし言及する雰囲気ではない。

 暫しの沈黙が降りる。

「これからどうする」

 どうするも何も。どうしようもないではないか。

 選択手段を問うているわけではないだろう。中里はオレの意志を確かめるように、

「俺と一緒に来るか……?」

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