Ⅳ.ナイアガラの滝
え……。予想だにしなかった言葉に面食らう。まるでプロポーズのような。
「先方がなんて言うか判らないけどな」
中里は操作していたスマートフォンを、
「ワンチャン。やっぱ繋がらないか」
ポケットに仕舞うとナップザックを肩にかけ、オレについてくるよう促した。
「山梨の長月は冷え込む。此処には暖をとるものもないし、一晩中いたら凍死するかもしれない」
「行くって何処へ?」
続きは歩きながら話すよ、と中里は踵を返す。
ふたたび山小屋を出る時には、雨はだいぶ小降りになっていた。
巨乳少女は元来た雑木林の中へ先んじて入っていく。
日の暮れた夜の林藪は鬱蒼とし、不気味なほど静まり返っている。ガチの陰森凄幽。嵐も雷も鳴りをひそめ、樹木の息遣いまで聞こえてくるような。幹に手を当てると樹液がドクドク巡っていくみたいだった。
泥濘に足をとられぬよう、彼女はオレに歩調を合わせ、常に気遣ってくれた。
時折フクロウの鳴き声だけがする、深閑とした草叢の中、オレたちは持参したランタンで足元と視界を照らしながら踏破する。
十字路まで来れば、中里は慣れた足取りで音頭を取って左に折れた。
果実の潰れた小枝が落ちている。行きに通った先ほどの道を、もう一度引き返しているのだ。
ゴォーッ
まただ。流水の音がする。やはりこの近くにダムがあるのか。暗渠になっているのかもしれない。
立ち止まったオレに気づいた中里が、
「巨峰郡の深山幽谷には、ナイアガラの滝と呼ばれる滝壺があるらしい」
ナイアガラーー
くらりと立ち眩みがして足が縺れる。あらぬ方向に地面を蹴るオレを、中里が引き止める。
「この向こうは恐らく行き止まりだ。先刻の豪雨で山腹が押し流され、土石流が起きているかもしれない」
滝壺、豪雨、山津波……濁流……崩壊……
≪アンナ、杏柰≫
耳の奥で木霊す何者かの声は、先刻よりも生々しく聞こえる。
≪アンナ、杏柰……!≫




