Ⅶ.不穏な遭遇
「うぎゃあああ」
か弱い俺っ娘と男の娘は同時に悲鳴をあげた。中里は左肩を、オレは右肩を捕まれている。硬直した身体を瞬時に解いて曲者から逃れ、中里はヤツの顔面にパンチを食らわせ、オレは腹に蹴りを入れた。
「ふがっ、ごふっ」
暗闇の中、影が苦しそうに呻いて草叢に沈みこむ。
「てめぇ、どういうつもりだ!」
空かさず腰を屈めて曲者の胸ぐらを掴み、オレは怒鳴りつけた。
っとマズイ。中里の手前、オレは女のコでいなければならんのだった。
「じゃなくて、どういうつもりですの、あなたは!」
慌ててお嬢様言葉で言い直す。
「待ってくれ。怪しい者じゃない」
曲者は乱れた呼吸を整えながら声を発した。
男だ。小柄な俺や中里と身長はあまり変わらないが。
遅れて、もうひとつの気配が追いついた。
すぐさま返す刀で攻撃体制に入れば、遠慮がちに後退された。シルエットからして此方は女である。
「ストーカーは立派な犯罪行為だぞ。君たちは何者だ」
中里は糾弾し、手元の灯油灯を掲げて曲者の姿を照らしだした。
「誤解だって。話せば解る。僕たちは葡萄狩りのツアー参加者だよ」
素顔が顕わになった曲者の主犯が、両の手のひらを外側に向けて弁解しはじめる。
やはり男だ。三十歳前後だろうか。天然パーマが顎にかかる程度のややロン毛で。高く通った鼻筋、外人のように彫りの深い面立ちは、さながら現代版モーツァルトである。ストーカーとしては不謹慎だが、イケメンの部類に入るだろう。
モーツァルト擬きが述べた経緯によると。葡萄を採っている最中に土砂降り雨に見舞われ、葡萄畑の中にある避難所で雨宿りしていた模様である。近くで山崩れがあったこと、道路が遮断されてバスとケーブルカーが不通になったことは、持参したラジオから知ったらしい。
やはりゴンドラリフトの存在は、彼らも知らないのか?
「涼亭を出たあと、帰りの足がなくて途方に暮れていたら、君たちが歩いてくるのが見えた。何処かに宿があるなら案内してもらおうと、追跡してきたんだけど何か問題あったかい」
上体を起こして、やんわりと開き直る平成のモーツァルトに、
「ありすぎるわ、ボケェ!」
全身全霊で突っ込みを入れてやる。そういう事情なら、そもそも正面きってオレたちに声をかけてきたら良かろう。コソコソと跡をツケ回す必要はないはずだ。
ってまたやっちまった。女だよ、今のオレは。
「ありすぎますわ。ボケ茄子さん」
二重人格と思われてはいけない、冷や汗をかきつつ横目でチラと中里を盗み見る。
彼女は瞠目したまま固まっていた。オレの言動に対してではない。モーツァルト二世、いや、偽似モーツァルトの顔を凝視しているのだ。
「お前は――。江藤……!」




