二十話
リュカは魔術師、魔法使いというモノは、御伽話の中の存在で自分が目にすることは、一生ないと思っていた。
賢く、威厳があり、秘密主義者。世間一般的な認識はそうだ。少なくともリュカの生まれた村や、自分が過ごしてきた環境の中ではそういう認識だ。
自分が死なない身体になってすら、リュカはそう思っていた。
リュカが目覚めた場所は『竜院の塔』や『学院』、『塔』とも呼ばれているらしかった。“世にも珍しい魔術師の組合で育成機関”だと、バルヴィダから説明を受けたが、リュカは今一つ理解はできなかった。
その正式名称は所属する組合員すら知らないが、組合長がまだ五百年も生きていない竜だという事は周知されていた。
「でででーん。リュカくん、質問にして問題です。この世界には、貴族と平民という身分差があります。それは一体何故でしょう?」
答えが載っている筈の魔導書を手にし睨めっこをしながら、唐突なバルヴィダの質問にリュカは答えられない。
教師役のバルヴィダに大袈裟かつ仰々しい身振りでため息をつかれる。
内心、腹が立っていた。
「眼が怖いよぉ、コワいこわい」
暇を潰しために、バルヴィダの教師ごっこに付き合っているが、そろそろ限界かもしれないと街の情報を待っていた。
そんなリュカの期待虚しく、今日もその報はない。
バルヴィダの呼びだした妖精を見て“恐怖の記憶”を思い出し気絶したこともあって、授業は丁寧で優しい。
バルヴィダが「教師ごっこ」を始めたのは、リュカのせいと言えば、そうだった。
目覚めて二日が経ち、体調が整わないリュカは何気なく壁の本を手に取った。本という代物は、高価で滅多にお目にかかれない代物で、帰ったときに話の種になればと思ったからだ。すると、それを見かけたバルヴィダが「歴史的な価値換算だと、一生稼いでも買えない本」と言った。
「だけどね、それは、君や文字の読めない、読む必要のない者からすると、ただの紙切れ、薪に火をつけるときに役立つくらいなんだね、うーん意味深」
リュカが本を開くと、意味不明な記号が並んでいる。
「文字は勉強したのに」
「うん、そうだねー、違う言葉だからねー、ここから遠く南にある大陸の言語とそれとはまた別の言語で書かれてるん、だねー」
「へぇ」と、リュカは言いながら、別の本を開くと全く別の記号が並ぶ。
「その本は、あー、僕の研究の成果だね」
「へぇ」と本を元に戻す。
「いやいや、いやいーや。ちょちょい、ちょいちょい。興味持とぉ、命の恩人のやってることに興味を持ってみる試みを、持とうよぉ」
バルヴィダが少し涙目でリュカに迫ってくる。
「ち、近いです」
「興味ない?」
「えぇっと」
「ご興味ない?」
「興味な……」
「興味あるよね?」
「えぇ……」
「興味あぁ……りぃぃぃ……」
リュカを見つめるバルヴィダの眼は見開かれていた。
「……ます」
「だよね、ですよね、よかった。安心したわー。いやー僕、心に致命傷を受けて、リュカ君の看病を放棄しかけるところだったわ」
バルヴィダは遠くを見つめながら、拳を握りしめ喜びを顕わにしている。リュカも違う意味にで拳を握る。
「脅迫じゃねぇか」
「え?」
「……なんでもないです」
こぼしたリュカの言葉を拾い、自分の研究成果を披露した。
「世界中に建つ方尖柱に書かれた文字、碑文を集めた本ですよぉ、マジ貴重だかんな、マジでぇ。仲間内じゃ、あんま評価されてないけど!」
本を見開きながらリュカに見せつけながら、バルヴィダは叫ぶ。
──蜥蜴人は耳がないから、声が聞き取りにくいって酒場の噺は、与太だったなぁ
関係ないことをぼんやりと考えていると、興奮醒めやらぬバルヴィダが言った。
「よし、じゃぁ。……師匠と弟子ごっこしようぜ。お前、弟子な」
「は?」
無拍子にリュカは反応したが、バルヴィダはリュカを指さしたまま、自分の姿勢に違和感を持ったのか、長い首をひねりながら、「こう?」「いや、こうか」などと言っている。
「あの、バルヴィダさん?」
リュカが自分の体勢に夢中なバルヴィダに声をかけた。
「何だね?弟子よ」
「いや、ならないですけど」
「ぇぇえぇ!」
声が上擦るほどの声を出したがバルヴィダだったが、その表情はあまり変わらない。
「いや、なぜ?」
「丁稚ですし」
「丁稚にして、魔術師、格好良ぉ」
「……え」
「君も魔術師になれるよ、やったね、リュカリュカ」
「いや、ならんと言っとる。話、聞けボケ老人」
「まぁ“何かしよう”と歩いて、“何をしよう”としてたか忘れるからの、間違ってはない。流石、我が弟子」
「殴りたい、すげぇ殴りたい」とぶつぶつと言うリュカをバルヴィダが「そう怒ってやるなよ、アイツだって思うところがあるんだ」と諫めてきた。
「いや、アイツって誰です?」
「コトバノアヤさん」
思わず舌打ちをしたが、リュカの中で助けられた恩と揶揄され続ける苛立ちが葛藤していた。
「療養が終われば、ここを出て行きますから」
まだベッドから出れないリュカが強い口調でバルヴィダに言い放つ。
「それは、無理」
「あ、ちょっと強い言い方だったねぇ、怖いねぇ。えー、それは無理ですね、リュカ」と言い直すとバルヴィダは椅子に座った。リュカを見据える。
「一体なんなですか。馬鹿にしてるんですか?」
強い口調でリュカは発狂してしまいそうな感情が爆発した。バルヴィダは眼を細めて、穏やかに言葉を紡いだ。
「あ、えーっと確かに。他の種族を“鱗なし”と蔑む風習が蜥蜴人にはあるけれどね、でもねリュカくん。僕は魔術師なのだよ」
バルヴィダは一呼吸おく。
「馬の乗り方も知らないで馬を買う奴はいないだろう。僕としては、君に是が非でも魔術、妖精を制御する力を手にしてもらいたいね。君はどういう訳か、すでに妖精が二匹も憑いている。耳長でもないし、そういう訓練をしたわけでもない、そういう暮らしをしてきたそういう部族でもなさそうだ。一体なんのか、と君は怒るがね、それはこちとらの話なんだよ。そんなモノを持っているのに、使い方も乗り方も知らないで、一体どうする気だ。と、僕は思うんだよね」
語りかけるバルヴィダの口調は優しく、そして真面目で誠実だ。当たり前のことが、リュカに恐ろしく感じた。
「その力は、人の命を安易に左右できるし、人よりも苦労しないですむ方法でもある。勿論、それにも得手不得手、利害様々あるけれど、ね。まぁ、魔術師でもない妖精憑きの青年が、魔術師の学校に拾われるってのは、きっと何かしらの縁があるんだ。覚える事は幾らでもある、知るべき事も。そうだな、こう言っておこう、気楽にやろう」
バルヴィダの演説じみた語りに、リュカは固唾を飲んだ。
「あ、言い忘れてた。それに、此処はそうそう簡単には出れないよ」
語り終えた途端にバルヴィダの口調が戻る。
「そだなぁ大体、一ヶ月前後は協力な結界が張られてるからぁ、出ることも入ることも不可でぇす」
「はぁあぁ?」と、叫んだ後リュカは、一ヶ月限定で弟子になることを了承した。




