二十一話
「神話の時代に、ある一族がとある神様と契約をした」
それぐらいは知っているとリュカがバルヴィダの話を遮ろうとしたが、それをすると散々な煽りを受けると学習したので堪える。
「もちろん、これは十神教の神話じゃないのよ。そーれよりも前の話だ」
薪が燃える音と部屋が仄明るい中、リュカはただ師の話を聞いていた。
「ここで言うある一族ってのは、一部の歴史書に書かれているしかないのだけれどね。この一族っていうのは滅び去ったで、残念ながら歴史からは忘れ去られるのね。んーオダブツ」
怖いね、意図的に何かを隠すということに意味があるなら、何を隠したんだろうね、とバルヴィダが意味深に笑う。
「それが成功したなら、どんなことになったんだろう」
「滅んだ一族は故意に消された?」
「んー、どうだろうね」
「まるで、そういう言い方ですよ」
「でも断言は出来ないんダヨーネー」
「あぁ、はいはい。確信できる仮定に過ぎないからでしょう?」
「ぉを、解ってきたじゃないかリュカくん。バル爺感激っすわー、よきよぉ。ヨキよき。まぁ、彼らは消された、つまり消した“何か”がいるということだね」
バルヴィダの弟子となったリュカがこの手を話を繰り返しされている。
「誰かと誰かが手を組めば他の誰かが狙われていて、誰かと誰かが争えば他の誰かが何かを企む。それが歴史と語られない歴史の原理だヨー」
「一つ、訊いていいですか?」
「ぉ、久しぶりだね、質問は。いいヨー、どうゾー」
「魔術と歴史にどういう関係があるんです?」
「……、ない」
間をあけて言い放たれた言葉にリュカの眼が見開いて、バルヴィダを睨む。
「というのは、嘘でーす。前した質問は覚えているだしょーぅか?」
すかさずなバルヴィダの言に、ぐっと作った握り拳を解いて顎を手で触るリュカ。
眉をハの字にして思い出そうとするリュカをバルヴィダは面白そうに見ていた。
腕を組み唸っているリュカ。
そして、バルヴィダは満足そうに口を開く。
「この世界には、貴族と平民という身分差があります。何故でしょうか?」
「あ」言われて思い出すリュカ。
「えっと、持つものと持たざるものの違いですよね」
「ですねですよ、そうですよ。はい、答えです。今の魔術師たちの結論はこうです。“彼ら”の始祖は、魔術師だった説。ででーんででん」
バルヴィダが数日前に出した問いの答えをあっさりと言うことで、リュカの力が抜けた。
「じゃあ、所謂、夜の神が魔術を滅んだ一族に与えて、別の一族がそれを奪ったと言うことですか?」
「あー、凄いねリュカくん。うん、凄い」
バルヴィダが感心しながら、腕を組んで首を揺らしている。
「うんうん、半分くらい合ってるわー」
「半分かよ」
まぁ、とある一族云々は僕の推論、というか持論だから憶測に過ぎないんだけどね、とバルヴィダが前置きをした。
「だから、魔術師の間でも異端の考え方だし、大きな声で言わない方がいい」
この部屋は暖炉で暖かいはずなのに、段々とリュカの体温が冷えていく。
「ちなみにリュカくん、君の言った事が魔術師の見解に近しいね。だから、教会、十神教奴ら、“教会”と呼ぶけれど、教会と魔術師たちが仲が悪い理由の一つだね。これでリュカ君も魔術師の思考法に近づいたわけだ」
おめっとさぁん、とバルヴィダが声をあげた。
「はーい、まとめでぇす。十神教の言うところの神との契約の場面は、契約せずに楽園にとどまるか、それとも契約して楽園追放されるかの選択を迫られるように描かれているけれども、我ら“魔術師たち”は魔術の原理を盗んで逃げ出したのだと主張している、のぉだよぉ。はぁい、ここテストにでまうす」
「すみません、それだと先ほどの神話と辻褄が合いません」
「まぁ、十神教の教えによるところだと、そうなるねぇ」
リュカの知る神話は、十の種族が順番に神と契約して楽園を追放されていく。龍、巨人、耳長人、儀紋人、この後に六つほど種族が続く。
「ちなみに魔術至高主義の魔術師たちは、神から魔術を盗み取った種族の順に世界の覇権を握ったのではないか、と推論をぶち上げて、めでたく、この界隈じゃそれが主流の考え方だね、でめたし。まぁ、この時点で異端で、教会から処されそうだけども」
「違うんですか?」
「んーどーでしょうね、僕バル爺の見解は違うかな」
急にモジモジとし始めるバルヴィダにリュカが「またか」と呆れた。
バルヴィダという蜥蜴人は、巫山戯てなければどうにもならない性格のようだった。
呆れるリュカに気がついてバルヴィダは、体をくねらせる。どうにもリュカにバルヴィダが思う確信を言おうとしているのだろう。
「ここで、とびきり狂った爆弾な意見を言うぜ」とバルヴィダが念押しをした。
「十神教の信仰対象は、在る周期に一度、増えている」
「大体六柱ほど、ね。一番卓、六柱入りまぁす」と巫山戯ながら話を続けようとするが、リュカがそれを止めた。
「ちょっと、待ってください。神様が増えた?」
「いやいや、増えたんじゃない。そう、増やしたんだよ、政治的な介入のために」
「は?」
「ですよね、そういう反応、そうなりますよね。でも、少なくとも千年以上前には、事実、十神教は三神教だったんだよねぇ、その前は、おそらく別の神が一柱」
巫山戯ることで場を和まそうとしているバルヴィダの行為虚しく、リュカの常識がぐらついてくる。
老蜥蜴人は、それを察しながらも無慈悲に言葉を続けた。
「今では夜の神、太陽神、生と死の神、なんて呼ばれてるけど、五百年前位の書物には夜の神は黒神、太陽神は幽神、生と死の神は死神という記述されてる。最古の教会と言われてるボルッチ大聖堂の書庫まで忍び込んだから、間違いない。ちなみにその件で、このバル爺、教会からは無期限の指名手配犯でぇす」
リュカの頭では理解が追いつかないでいる。
「あの血塗られ帝が死にものぐるいで立て直した帝国、その建国当初の話だよ。だから大体千五百年前位。帝国は異種族異文化の国家を作り上げるために、その当時三神教の教皇に教義改訂を迫ったんだ」
君が今聞いているのは、まだ深淵のほんの少しだけなんだから、しっかりしなさい。とバルヴィダが師匠らしく言うが、リュカは俯いて黙ってしまう。
今日はここまでか。冷たく言い放つとバルヴィダは、食事の用意を始めた。リュカはそれを黙ってみていた。




