十七話
「この洞窟奥に方尖柱がある、っていう文献はね、帝都の大図書館で見つけたんだけどね」
リュカは歩きを止めずに手に持った松明で洞窟の暗闇をを照らす。
「眉唾だと思わなかったのかよ?」
「まぁ、眉唾でも構わないんだよね」
乾いた笑い声が洞窟に響いた。
「あぁそうかよ」
牢に入っていた男と洞窟奥に向かっていると、幾つか脇道があるが、リュカは迷わず進んでいく。
「道あってるのかよ?」
その後ろ姿に男は不安そうに尋ねる。
「あぁ、この洞窟は一年位彷徨い続けていたからね。大体道は把握してるよ」
「はーん、本当に不死なんだな」
「ははは、盗賊には捕まっちゃたけどね」
「自分で言ったら世話ないぜ」
「いや、困るよね」とリュカが笑みを絶やさない。
「んで。その方尖柱には何が書いてあるんだよ?」
男が尋ねるとリュカは一瞬だけ動きを止めた。「あぁ、まぁ、気になるよね。確かにそうだ」と納得しながら、眉をハの字にして困り顔になった。
「端的に言えば、“何も”書いてない」
「は?」
「そして何でも“記されている”」
「つまり?」
「製造、建造の方法、意図不明。建材は場所によってまちまち。作られた時代も、これまたバラバラ。……、まぁこれは僕が観測できた範囲内だから、もしかしたら法則性があるのかもしれないけれど、その規則性は大まかにしか分類できてない。……これは、僕がその作業をサボっているからというは否めないね」
「……なんで、そんなもん探し回ってるんだ?」
「んー、何でも記されてるからこそ、“治す”方法が書かれているかもしれないんだよね」
「治す? 何を?」
「呪い、呪いだよ」男への返答にリュカは即答した。
言われた男は黙り込んでしまう。
「呪いって、…」と呟いた後、男は進んでいるその先の暗闇に目線を向けた。
黒く塗りつぶされた何もない空間。
闇しかなく何も見えない。
何も見えないにも関わらず、そこに何かあるということを感じていた。そちらに呼ばれている、と勘違いしてしまいそうな程の既視感と注視したくなる感覚に男は苛まれ初めていた。
男は頭振って、ぼんやりともしてくる意識を正気戻そうとする。「大丈夫?」と言うリュカに「あぁ、問題ないさ」と男が返した。
しばらくすると進んだその突き当たりに、盗賊たちが木材の切れ端で乱暴に封鎖した石扉があった。
「よかった。壊されてないみたいだね」
リュカが安堵の声に男は石扉に刻まれている彫刻を見るために切れ端を取り除いていく。
「なんだコレ。やけに古めかしい扉だな?」
「そうだね。文献によると少なくとも三百年前にはあったらしいよ」
「これは石なのか?」
「どうだろうね、一応、文献には石と記されていたけれど」
てらてらと光る部分が金属のようにも見える石扉を男は触って確かめる。
「盗賊たちはこの扉を忌み嫌っていたみたいだけど」
「なんで、だ?」
「近づくと悪夢を見るようになるらしいよ、あとは石扉の中に入りたくなるらしい」
「へぇ」
リュカは男の様子を伺いながら、ゆっくりと扉に近づいた。
「石扉って、儀式的な意味合いの疑似的な扉なんだよ。冷静に考えれば分かるんだけど、開閉はしない様に作るのが普通なんだよ、ほら、石って重たいからね。出入り口としての機能的な部分には期待されてないんだよね」
「じゃ、なんのために?」
「儀式的な意味合いが強いよ、出入り口としての。でも、本当に儀式的な物として作られているなら“向こう側”に行けるように作るんだよ、儀式を執り行う者が“向こう”側に行けないと、“儀式”の意味がなくなちゃうからね」
リュカの説明を聞きながら、男は石扉の彫刻をまじまじと見つめている。近づくリュカにはお構いなしのようだ。
「これは、何が書かれてるんだ?」
「古神と神との戦争の一部が描かれてるんだよ」
「古神?十二神教と違うのか?」
「んー、十二神信仰とはちょっと違うんだよね、残念ながら。んーこれは、……古神の二柱“火守女”と“持衰”のイザコザだね」
「どちらかが神なのか?」
「古神、旧神だよ。読み方はどちらでもいいか。まぁ神じゃない存在だよ」
男が少し困った顔をみてリュカは少しだけ言葉を続けることにした。
「“火守女”と“持衰”は、この世界の神になれなかったんだよ。この扉には描かれてないけどね、この後、“外なる世界”から襲撃を受けるんだよ」
扉の前で座り込んだ男は項垂れ地面を見ていたが、リュカの声には反応をみせる。
「習った神話にはそんな話はなかったぞ」
「最近の主流は、十一…二神信仰の神話だからね」
「なんだよソレ」
リュカが肩を透かすように笑う。石扉に手をかざして呟くと、石扉がゆっくりと開いていく。
「まだ着いてくる?」
「もチ論だ」
「一応、止めておくことを勧めるよ。見たところ、“何か”に精神汚染されているようだし……」
「行けるサ」
「それなら、さっさと立ちあがって道をあけてよ。邪魔で通れない」
愛想のいい口調だったが、リュカは辛辣だった。男は気力を振り絞るような声を出しながら、起きあがる。
「おぉ、すごい気力だ」
「馬鹿にすんな」という眼で男はリュカを睨んだ。
石扉の向こうも変わらずの洞窟だったが、時々に石扉と同じ建材の柱が建っていた。
リュカと男には既に会話はない。
男は上半身に力なく腰から前に折れ曲がり、腰から下だけが自動的に歩き続けていた。男に意識があるのかどうか、定かではなかった。
そんな状況にも関わらずリュカは、それを追って歩いていく。
少し天井の高い開けた場所が顕わになり、迷わずに男は空間の中心に向かっていく。
唐突に、男が立ち止まった。
空間の真ん中、二人の前には石扉と同じ材質の方尖柱が鎮座していた。




