十四話
昼前に雨が降り出した。
ようやく小雨になっている。
石壁の窓から外を眺めながら、「戦場に降る雨はもの悲しいもんだよ」とジェラールが話してくれたことをリュカは思い出していた。
病室に戻ると先輩はロザリーの看病をリュカに任せ街に行った。
戻ってくるなり、街の小火は消火されるだろう、と先輩はリュカに言った。そうして、雨が降り出した。
雨の中、蟲の駆除に兵士や有志の人が繰り出し、駆除を行っている。先輩もそれに参加して、此処にはいない。おそらく、もう終わる頃だろう。
ロザリーは落ち着いた寝息をたてている。その姿を見ながら、リュカはプコに言われたことを思い出した。
「ジェラールの旦那が逝ったのは本当なんか?」とプコに尋ねられたとき、ただ頷くだけのリュカにプコは悔やんだ。「そんでどうする気だ?」と質問されてリュカは困った。「再建すんのか?」と繰り返し質問された。
リュカは首を振った。「まだ判らない」と答える。跡取りであるロザリーも目を覚ましていない。「もし気があるなら教えてくれよ」とプコが言う。素面でいつもと違うプコが、頼りがいがあるように感じた。そう思ってしまう程にリュカは精神的に参っていた。プコが笑う。「へべれけの方が、性に合ってるわ。再建には協力する」と言って邪悪にリュカを見つめた。
「だから妾になれよ、傷顔」
思い出して寒気がする。背筋に感じた悍ましさは、簡単に再現できた。
リュカが自分の容姿から眼を反らし続けるのは、そういう目線に晒されてきたからでもあった。
プコの欲情の眼を思い出して、悪寒を催したリュカは拳をつくり手の甲で額を冷やす。
プコは「冗談ジョウダン」と笑うが、リュカには“妾”という言葉が突き刺さっていた。「これでも商家の倅で、金ならあるから」と言い、炊き出しに並ぶ周りを見渡してから「でも今は皆一緒だな」と悪びれることなく、炊き出しの順番まで話しかけられ続けられた。もう言葉は一切入ってこず、リュカは愛想笑いをするしかなかった。
「リュカ?」
目の前から声が聞こえる。自分の掠れた声にロザリーが驚いているようだった。
上半身を起こそうとするロザリーにリュカは首を振って制止する。
「お嬢さん……、よかった目を覚まして」
思うように動かなない自分の体とその痛みに諦めてロザリーは、目線をリュカに据えた。
「……そう、夢じゃないのね」
噛みしめるような物言いのロザリーにリュカは言葉をどうかけていいのか、判らなくなる。言葉を紡ごうとするが、途中で諦めてしまう。
「家の中を蟲どもに追いかけられる悪夢も、パパが死んだ悪夢も」と、悲しげにロザリーは呟く。リュカは小さく「はい」と言った。
「ここは?」
「城の治療室になっている部屋ですよ」
「そう。皆無事?」
「隣街や村に避難している丁稚もいるみたいです。馬で走ってくれてのがいるみたいです。……、誰かは判らないですけど」
「らしくないわね」
「そうですね、らしくないですね」
それらの指示はジェラールが行っていたことで、それを見ていた知り合いが教えてくれた。
「家は、……きっと燃えてるでしょうね」
「……はい、おそらくですが」
忙しくなるわね、これは。とロザリーは言った。言ってから黙ったロザリーが、「やっぱ無理」と瞑る。
「少し眠るわ」
「はい」
一刻経ったら、起こしに来てと言うとまた眼を閉じるロザリー。
リュカは立ち上がって仕切るカーテンを閉める。
中からは、咽び泣く声。リュカはたまらず、そこから遠退いた。
外から怒号があった。
兵士と住民との口論が原因のようだった。
近くの窓から、リュカが様子を覗き見ると数人の人が兵士に詰め寄っていた。
どうやら城に避難した人々が、今回の誰のせいなのかと騒ぎたてている。関係のなかった人が、数人、火に寄っていく蛾の如く集まりだした。
街を囲っていた壁の亀裂から蟲が入ってきただの、城門が“何か”に破られて入ってきただの、“黒い騎士”をみた、人よりも大きな蟲がいた、火事場泥棒がいた、小火がおこったのは竈の火を消さずに逃げ出した奴がいるからだだの、言葉が飛び交い色々な人が好きずきに八つ当たりするように言っていく。
段々と大きな声が重なっていく。話を聴いていた兵士も、段々とそれを抑えようとする。が、鬱屈とした空気が逃げ場を求め、人々が暴徒になりかけているようだった。
恐れを抱いた兵士が仲間を呼ぶ。怒号が飛び交う中に、何事かと武装した兵士が現れる。
それが人々の癪に障ることになった。
──けが人もいるんだぞ
と、リュカは憤慨して叫びそうになったが、ようやく戻ってきた理性がそれを抑制していた。
住民の一人が兵士に掴みかかると、兵士はそれを組み伏せる。
引き金は、それだった。
暴徒になった住民が兵士に襲いかかる。見張り塔の上から見守っていた兵士が鐘が鳴らす。
狂乱騒乱、民衆の声が響いている中、蟲狩りに出ていた一団が戻ってきた。鐘の音を聞いて、何事かと焦っている様だった。
領主が兜を脱ぎながら、兵士と住民の間に入って怒鳴りつけ、その場を収めることになった。




