十三話
しばらくすると先輩の自傷は跡形もなく、消えてなくなった。
「どうなって……」
「説明は出来ない。ただ、そういう身体になったのだと、この剣が……囁く」
先輩は剣を握る手に力がこもった。リュカが先輩を見つめたが、先輩は虚ろに目を反らす。
「つまり、ロザリーさんも……」
「あぁ、助けるには方法がなかった」
「火傷を治すために?」
「魔力を含んだ炎は、燃え移った物が燃え尽きるまで消えないらしい」と先輩はやはり剣を一瞥しながら言った。
そのため魔力を含んだ炎に長時間焼かれてしまったロザリーの皮膚は、回復と火傷の状態を繰り返していると説明の言葉を続ける。
「治るんですね?」
「あぁ」
時間はかかるかもしれないが、と先輩は小さな声で続けた。
「そうですか……」
リュカは次の言葉を紡ぐ事が出来なかった。何故か居心地が悪かった。
その考えに至らないように、リュカは話題を必死に探している。先輩にその何かを話させてはならないと、リュカの中で警鐘が鳴っていた。自分の心音が大きく跳ねている。
「すまん、リュカ」
先輩が謝ると、リュカの中の嫌な予感がだんだんと心拍数をあげていく。
話をそらそうとするが、いつものように言葉が出てこない。
「なにを謝ってるんですか?」
辛うじて返答は出来るが、解決になっていないことにリュカは焦った。
加速するように、不安が心にどんよりのし掛かったていく。リュカの不安と反比例するように先輩の眼は、リュカを捉えることができないでいる。それは苦しそうで虚ろだ。
「おそらく、おまえもそうなんだ」
そう言われても、リュカは理解できなかった。頭が事実を拒否しているようで、目の前がただ明滅しているように感じる。
黙る二人。
ロザリーの苦しそうな寝息だけが聞こえてた。
その気まずさは、リュカには永遠にも感じられた。いや、先輩もだろうか。
「ははは、笑える。笑えます、先輩」
ようやく絞り出した言葉は、掠れていた。喉が乾いて、手先が震えている。
意識せずに首を振っていた。全てを拒否したいリュカがいた。
リュカは縋るように先輩を見たが、彼はただ俯いてロザリーを看ているだけだった。
「ふざけんなよ!なんだよそれ!」
思わずだした大声に治療師がやってきて、注意される。押し黙るリュカ。
「俺もこんなバケ!……モノになったのかよ」
言葉に出してからリュカは、自分の浅はかさと身勝手さ、その下衆さに胸が痛くなった。
リュカの握り拳は自信の胸の前で、ただただ固くなっていく。
「ごめんなさい」
と、そう残して、リュカは外に走り出した。走るリュカを医療師の叱り声が飛ぶ。
先輩はただ黙っていた。
井戸から汲み上げた水に映る自分の顔は以前のままだ、何も変わりない。
村で暮らす中、自分の顔は余りすぎではなかった。周りから兄と比べられる材料だったからだ。「顔立ちはよく似ているのにね」「お兄さんの方が精悍な感じね」
桶の中の自分をすくって、顔を洗う。
ゆらぎがおさまって映っていたのは、やはりリュカだった。顔の半分を覆う顳紋人特有の幾何学模様の痣も変わりない。何も変わっていないように見えた。
治療質の場所を教えてくれた兵士は、何処にもいない。おそらく休憩をしているのだろう。
視界の端に現れては遠ざかり近づいては消える、てふてふ飛び回る妖精は気にしないことにする。
リュカは適当に拾った石を壁に投げつける。割れた石の中から鋭利なものをを拾い上げて、井戸桶で丁度に洗った。
親指ほどの小さな石片だ。意を決して自分の腕に突き立てる。
──痛ッ
赤い血が一筋に前腕を流れていく。手首、手のひら、中指を順に伝って滴る瞬間に、部屋で見た同じ現象がリュカ自身にも起きた。
復元されていく身体、その力に押し出されるように刺していた石片がぽとりと地面に落ちた。
リュカは呆然と眺めていたが、唐突に吐き気と嫌悪感が一気にこみ上げてくる。そのとき母親と父親の顔がリュカの脳裏に過った。次に、先輩とジェラール、ロザリー。
リュカの空っぽの胃は、これ以上吐きだせる物がないと、吐く行為を拒否している。じんじんとした胃痛がリュカを正気にさせていた。けれども、だんだんと虚ろになっていく自分とそれを為す術がなく見ている自分が同時にいるようだった。
明滅を繰り返しながら妖精が、リュカの周りを飛んでいた。
手で口を押さえながら壁によりかかるリュカに通りがかった兵士が声をかけた。と、妖精の気配をかき消える。「大丈夫か?」「こりゃ、腹減ってるな。おい、案内してやれ」と、付き添われ炊き出しの列に並ばされる。
兵士たちの問いや言葉に反応しようとしても、これまで自分がどういう具合に、それらをしていたのかを思い出せない。思考が上手くまとまらない、言葉を発そうとしても吃音ばかりでてきた。
「あぁ、いいって良いって」と去っていく兵士に礼も言えずに、ただ湯気の上がる大鍋へと続く最後尾へと立った。
陰鬱とした気分だった。何もかも上手くいっていた、昨日までは。いや、今よりマシだったと。
──もう人じゃない
自分の身体を確かめるように、リュカは手のひらを見つめた。人でないのなら何なのだ、解消さることのない疑問が思考を浸食していく。
後ろから「前」と小突かれた。
「すいません」
と、謝って振り返ると男娼狂いのプコがそこにいた。
「あれ、傷顔じゃね?」




