十一話
「ありがとうございます」
リュカはそう言われて我に返った。
優しい日差しにぼんやりとしてしまったようだった。
「いいよ。そんなに畏まらないで。ごめんね遅くなっちゃて。材料とか集めるのに一週間かかっちゃって」
慌てて取り繕うリュカ。隣に座る人物がリュカから受け取った眼鏡ケースを大事そうに握りしめた。
「とんでもないです」
街の象徴ともいえるこの広場には、記念碑として方尖柱が中央に建ち、その周囲を芝生の絨毯が取り囲んでいる。適度にある樹は木陰を人々に提供し、思い思いの憩いの場になっていた。昔に強固な城が建てられていたと伝えられているが、そんな面影は何処にもない。
リュカは遠い過去を思い出してしまって、寂し気な微笑みを浮かべていた。
その視線の先には、明るい笑い声や、楽しげな声が溢れている。
「平和だね」
「そうですね」
リュカが呟くと、横に座る制服姿の少年が返答した。
「何歳になったっけ?」
「十八です」
「そっかぁ、智亮も大きくなったね。前会ったときは、同じ背丈だったのに」
「そりゃ、十年も前ですから」
「そうだね、えっと病院だったかな?」
市内だったかな、それともあの山奥の、とリュカが目玉を上に向けながら思い出そうとした。
「市外の……」
「あぁ、あそこね。近くにキャンプ場なかったっけ?」
「いえ、よく覚えてないですね」
「まぁ、子供の頃だしね」
「はい」
近くの街路樹にとまったいるだろう鳥の声が聞こえる。
「……あそこの森で生活してたことがあってね」
「え?」
「うん、まぁ、もっと大昔にね」
「そうですか……」
「いやー、あれはサバイボーな生活だったなー」と空を仰ぎ見るリュカ。
「しばらく、こちらにいらっしゃるんですか?」
智亮と呼ばれた少年が、慣れない手つきで眼鏡の位置をなおした。眼鏡には傷一つない、どうやら新品のようだ。
「そうだね。十年前とは違って、そうだなぁ……うーん十年はいると思うよ、今決めた。ヨシ、今回は十年は滞在する。……それにこの国は、気に入っているからね」
「なんと言ってもこんな外見でも、誰にも咎められないからね」と、肩下まである赤髪に少女の様な中性的な容姿でリュカはシニカルに笑った。長い前髪から顔の半分に幾何学模様が見え隠れする。
「そうですか……」
そんなに気にしなくてもいいよ、とリュカが笑う。思い出したようにリュカが智亮に言った。
「君の眼も不安定な時期だし、ちょうどいいと思うんだけど?」
「そう、ですね」
智亮が申し訳なさそうにして、リュカは話題を変えた。
「そうそう、大学に受かったんでしょ? おめでとう」
「はい、この眼のおかげで」
またまたそんな謙遜して、とリュカが笑う。
「でもなぜ知ってるんですか?」
「あぁ、少し前に猟兵団とドンパチしたでしょ?」
気さくに答えるリュカに少年の身体が強張った。
「……関係者なんですか?」
「そうだね、一応創設メンバーだからね」
「は?」
「まぁ、十年顔出してないから、退団扱いされてるかもしれないけど」
智亮が唖然としてるのが可笑しくてリュカは笑う。
「その眼で観たんじゃないのかい?」
智亮は首を振った。
「その、見れる範囲というか、見たいものは見れないんです。見たくないものは見せてくれるのに」
「おぉそれは厄介な目だね」とリュカ。「呪いですよ、こんなの」と智亮。
「そのお陰で、猟兵団と互角に戦って大学にも入れたと思えば、……まぁ、感じ方は人それぞれか」
自分の価値観を提起してからリュカは、それをあっさりと取り消した。
「それで猟兵団の中に弟子みたいなのが一人いてね、そいつから聞いたんだよ」
「一人変わった子がいて、とか言って詳しく話を聞いてたら、あーそれ僕の患者だわってなったんだよね」とリュカが笑うが、その目線は広場中央の方尖柱を見据えていた。
「いやー、吃驚するよ。自分の弟子と患者が知らない間にガチンコの喧嘩してるんだもん。千年以上生きてても驚くことはあるもんだね、いやー世間って狭いよね」
リュカは朗らかに笑う。
「じゃぁ、僕からの連絡も……」
「そうだね、ある程度は予想してたよ。だから材料とか早めに集めれたしね。あぁ誤解しないでね、喧嘩のことは別に怒ってるとかじゃないんだよ。でも、ほら仲良く暮らした方がいいこともあるじゃない」
気まずそうにしている話し相手にリュカは、方尖柱を指さして智亮の視線を促す。
「アレは模造品なんだけど。本物の方は五年前程に完全に崩壊しちゃって、ね。アレが僕が世界中をぶらぶらとしてる理由」
君たちの喧嘩で壊されそうになった時は本当に肝が冷えたよ、と付け足してからリュカがまじめな顔になった。
「あの方尖柱の模様、あれは実は文字なんだ。碑文になっているんだよ。誰も解明していない文字で書かれた文章」
「何が書かれてるんですか?」と智亮が尋ねた。
「色々だね。記号論、暗号学、魔導幾何学とか紋章術とか、そっち系の専門分野になるのかな……。まぁ、書かれていることは方尖柱によって様々だね。昨日の晩飯だったり、魔術式の走り書きみたいなものだったり、姑にたいする恨み節、智亮の眼のことも書かれてる。いや、龍眼についても書かれてると言った方がいいか」
「あんな方尖柱が何本もあるんですか?」
「あるよ、あるある。世界中に散らばっててさ、探すのも大変なんだよ。古書っていうか文献で方尖柱らしき表現を見つけてさ、現地に確認しに行って、文字を解読して読むんだよ。行っても地中に埋まってて読めませんとかあるし。考えてみたら、この作業って気が遠くなる時間を消費してるんだよね」
そう考えると、不死でよかったかもしれん、とリュカがしみじみとする姿に智亮が笑った。
「そういう考え方もあるんですね」
「そういう考え方もあるんだよ」
二人は声を出さずに笑っていた。
空は優しい青色だった。




