「甘い呪縛に囚われて」幼馴染×陰湿女子
前に活動報告に載せてたやつです
触れていると心が落ち着く。心だけではない。落ち着くのは身体も落ち着くのだ。
小さい頃から私は彼に触れていた。幼馴染で同い年の彼に。
ずっと手を握ってもらったり、抱き締めてもらったりしていた。私が具合が悪い時も彼はずっと私に付き添ってくれた。
誰よりも彼は私の側にいてくれる。それがどんなに心休まることなのか、きっと私にしか分からないことだ。
なにせ、私は周りから病弱と言われている。それはいつも私が具合が悪そうだからだ。
それには理由がある。ただ一人、彼にしか言えない理由があった。
私の両親は不仲で私が物心付く前から喧嘩ばっかりしていた。
父親は私のことをいないように扱い、母親は私に暴力を奮う。そんな毎日が永遠に続いていた。
家にいても嫌なことしかないので子どもの足では少し遠いが親戚の家にいつも遊びに行く。その親戚の家の子どもが彼なのだ。
彼も彼の両親も私には優しかった。優しくて甘やかしてくれて、私は嬉しくて涙を流す。わんわんと子どもながらに泣いたのだ。
その時からだっただろうか。私の身体に異変が起きたのは。
私は人のぬくもりを感じなければ具合が悪くなってしまう身体になってしまった。
私が好意を抱いている人のぬくもりを感じなくなれば、めまいや嘔吐、酷い時は倒れて病院送りにされたこともある。
小さい頃から両親に酷いことをされていた為、その症状は精神的にくるものだと思う。思うのだが、どうやっても治し方が分からない。
だから、私は彼にだけそのことを話し、出来るだけ彼に触れている。私の状態が普通の時は手を触れるだけで、少し悪ければ抱き締めてくれた。
今日も私は学校の帰りに彼の家に行き、部屋で彼に触れている。
学校でも何度も彼に触れていたが、顔立ちが整っている彼は異性からモテる。その為、私に突き刺さる視線に私はまた具合が悪くなったりするので、学校では具合が悪化しないように触れ合うだけだ。
私が好意を抱いている人のぬくもりを感じればいいので、それは友達でも大丈夫なのだ。だから学校では一番仲がいい友達に理由を話し、触れさせてもらおうとしたことがあった。
だが、そのことに彼はいい顔をしない。その友達は中学からの友達でそんなことは絶対にしないと思うのに、彼は私の具合が悪くなる理由を他の人にバラされるかもしれないと心配する。そうして私をいじめるかもしれないと心配しているんだ。
「気持ちいい?」
「うん」
優しく包み込むように頬を撫で、彼は首を傾げる。頷きながら、私は彼に微笑みかけた。
彼から心配されることは嬉しい。彼の言い付けを守っているということは私も彼しか信用してないのと同じのような気がした。
耳元に彼は唇を寄せ、そっと囁いた。
「僕以外は誰にも触らないでね。もし触ってそれで具合が治らなかったら君も嫌でしょ?」
確かにそうかもしれない。私が好意を抱いているだけでは駄目かもしれない。本当は私の好意と相手の好意もいるかもしれない。そうじゃなくては具合が治らないかもしれない。
具合が悪いからといって好意を抱いている友達に触れ、もしも具合が治らなかったら嫌だ。もしも友達が私のことを友達だと思っていなかったら嫌だ。
一方的ではなく相愛ではなければ、治らないのだろう。そう考えると私は彼にしか触れれなくなる。
彼はいつでも私のことを心配してくれて、大切にしてくれる。彼は私に好意を寄せてくれる。
「うん。私はあなたしか触れない」
そうしたら、もしものことがあっても悲しまずに済む。私は彼にしか触れなかったら裏切られることもない。
私は幸せだ。彼の側にいて、彼に触れれて、彼に大切に想われて。彼以外、触れれなくなっても大丈夫なんだ。
私には彼がいる。彼さえいれば、私は幸せと感じられる。
クスッと笑みをこぼし、彼は私の髪を梳くように撫でた。それはもう愛しそうに。
「君を守る檻を作ろう。鈍感な君が気がつかないくらい広い檻を」
「それは私を守るためなの?」
「あぁ、そうだよ。君が幸せに暮らすために作る素晴らしい鳥籠だ」
僕が作る広い檻の中で自由に飛び回っていいのは君だけだよ。君が自由に飛び回れるように作るのが檻なんだよ。
耳元で囁きながら、カプッと耳たぶを彼は甘噛みする。ピリッとした痛みを覚えたが、それは嫌な痛みではない。心地よい痛みだった。
「君は馬鹿だね」
彼の楽しそうな笑い声に私はどうでもよくなった。彼の呟いた言葉の意味も深く考えてなかった。
優しく頭を撫でながら、耳たぶに唇を寄せる彼は妖艶で美しい。そんな彼に見惚れてうっとりとしてしまう。
「そんな馬鹿で鈍感だから気が付かない。本当の檻の意味を……」
彼が呟いた言葉の意味なんか私には分からない。分からなくていいんだ。
だって、彼はずっと私の側にいてくれる。それだけで満足なんだ。
「君は僕がいないと生きてはいけないんだよ?」
それは呪縛のように私の心にスッと入ってくる。
私は彼のぬくもりを感じてないと生きてはいけない。側にいないと具合が悪くなってしまう。ずっと彼の側にいないと駄目なんだ。
私を再度、ギュッと抱き締める。それはもう離さないというくらい強い力で、私の心臓がうるさいくらい高鳴るのを感じた。
「ずっと、永遠に僕の側にいてくれるよね?」
「うん」
違う。彼がずっと私の側にいてくれると約束してほしいんだ。彼は私がいなくても困ることはない。私は彼がいないと駄目なんだ。
彼が私の側から離れないと約束してくれるのなら、私はどんなことでもやろう。
「あなたも私の側にいてくれる?」
「君がそう望むのなら」
抱き締める力を緩めることは許さない。私は彼がいなければ生きていけないんだ。ずっと抱き締めていてほしい。
そんな私の願いを聞き入れたかのように彼はいつまでも強い力で私を抱き締めた。
あの時から私は更に彼に触れていけないと落ち着かなくなってしまった。それは楽しく友達とお喋りをしている時だって無性に彼を求めてしまう。
「ねぇ、大丈夫?」
「えっ?」
「凄く顔色悪いよ」
彼女は優しいからただ単に私の心配をしてくれたのだと分かる。分かるのだけど、私は彼女に失礼なことをしてしまった。
熱がないか確認するために伸ばされた手をパシッと払い除けてしまった。それは勢いよく拒絶するかのように。
優しい彼女は何が起こったのか分からずに私と自身の手を見つめる。赤くなった手は痛そうで、今にも彼女は泣きそうだった。
「あっ、ぁ……」
突き刺さるクラス中からの視線。優しい彼女の手を叩いたところから広がる気持ち悪さ。
視界が霞み、頭に激痛が走る。ムカムカと吐き気が込み上げ、立っているのがやっとだった。
辛い、痛い、もう嫌だ。もうこんなところからいなくなりたい。
友達である彼女の手を叩いた私が悪いのに私は誰かの所為にする。自分が一番悪いって知っているが、私は自分が悪くないと思いたくなる。
誰か助けてほしい。この状況から私を連れ去ってほしい。
「大丈夫だよ。君には僕がいるよ」
いらないものを見させないために、目を塞ぐように私の頭を胸に抱き寄せる。いらないことを聞かせないために、唇を耳に当て言葉を囁く。
私が壊れないように支えるのは彼だ。私の大切な彼だ。
彼に触れられると何もかもがどうでもよくなっていく。彼さえいれば私は生きていける。どんな世界でも生きていけるんだ。
「君が僕以外誰も触れれなくても僕いればいいでしょ?」
「うん」
今はクラス中から注がれる痛いくらいの視線なんて気にならない。友達だった彼女のことさえどうでもいい。
私は酷い女だ。結局は友達より彼を取る。友達なんてただの話し相手だったんだ。
「君は何も考えずに僕の腕の中にいるだけでいいんだ」
そう、私は彼の側にいられればいい。ずっと永遠に側にいてくれる彼がいるだけでいい。
彼の胸に頬をすり寄せて何もかもを見なくて、聞かなかった私は気付きもしなかった。これから先もずっと気付かない。
この時に彼が妖艶に微笑み、そっと呟いた言葉を聞いたクラスメイトが恐怖に震えていたことなんて知ることもなかった。
「君が僕だけを見るようにするためにどれだけ時間がかかったことか。君は気付かないんだよ、僕が君をこんな身体にした張本人なんて」
最初はただの両親から虐げだれてきたストレスからくるものだったのかもしれない。それでも今は彼の甘い呪縛に囚われたからだ。
彼以外には触れられない、という甘くて魅力的な呪縛に囚われていたなんて。彼が私を捕らえるためにじわじわと檻を作っていたなんて。
私には知らないこと。永遠に気付かないことだった。