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6.コバルトブルーの楽園と、一生に一度の誓い

「……ん……っ」


 深い闇の底から引っ張り上げられるように、私はゆっくりと目を開けた。


 視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど高くて青い空。そして、目の前には涙をボロボロとこぼしているハニーゴールドの髪の美形、タイラーの顔があった。


「ジェシカ……!ああ、神様、本当に良かった……!」

「タイラー……?私、生きてる?」

「ええ、大成功よ、ジェシカ!」


 横からひょっこり顔を出したのは、こちらは満面の笑みのローズだ。


 どうやら無事に仮死状態から目覚め、王都を脱出できたらしい。私たちが今いるのは、南国ネアポリア王国の高級リゾート地、シレーナ。丘の上の豪邸からは、息をのむほど美しいコバルトブルーの海が一望できた。

 パトリック様とカテリーザ王女のサポートのおかげで、私たちは偽造身分証を手に、完全な別人としてこの国に入国できた。


 さあ、自由を手に入れた私たちの、新しい人生の始まりだ!



 新天地シレーナでも、いとこのローズの輝きは健在、いや、セレニータにいた頃よりもさらにさらにパワーアップしていた。

 ネアポリア王国の上流階級が集まるシレーナの夜会。そこには、あの陰湿なストーカーに怯えることなく、本当の笑顔で男たちを魅了する『社交界の女王』の姿があった。


「まあ、皆様。シレーナの海の青さは、まるで皆様の純粋な心のようね」


 プラチナブロンドの髪を華やかに夜風に揺らし、ルビーの瞳をきらめかせて微笑むローズ。

 彼女の圧倒的な美貌と、さらに磨きがかかった完璧な演技に、南国の貴族や大富豪たちは一瞬でノックアウト。ローズが微笑むだけで、地元の社交界の勢力図が塗り替わるほどの熱狂ぶりだ。


 そして私は、そんなローズがせしめてくれた15億フローリンを元手に、パトリック様に教わった通りの投資を開始。


「西のカスティル王国のスパイス貿易株へ分散投資ね。これが大当たりの複利効果で……よし、また資産が倍近くに増えちゃったわ!」


 自由と大金を手に入れた私たちは、まさに無敵だった。


 一方で、タイラーは最近、何やらひどくソワソワしていた。

 怪我もすっかり完治し、その腕前を活かしてシレーナの警備組織のリーダーに大抜擢されたタイラー。仕事は完璧なのに、私の前ではやたらと上の空なのだ。


(実を言うと…タイラーは私のために、必死で『ある計画』を練っていたらしい。

 ローズからのリークによると、彼は「ジェシカに最高のプロポーズをしたい」と、街一番の絶景スポットや、一番ロマンチックな時間帯、さらには贈る指輪の石の輝きに至るまで、仕事の合間に頭がはげるほど一生懸命考えていたのだとか。あの生真面目なタイラーが、タイミングを見計らっては「いや、まだだ。今日は雲が多い」「驚かせたいけれど、不自然すぎないか?」と、一人で勝手に悶絶していたらしい。可愛いところあるじゃない)


 そして、彼が悩み抜いて選んだ運命の日の夕暮れ。


 タイラーに誘われ、私はコバルトブルーの海が一望できる、誰もいない丘の上の灯台へとやってきた。

 空は燃えるような茜色から、深い夕闇へと移り変わるグラデーション。波の音が心地よく響く、静かで幻想的な空間。

 タイラーは私を振り返ると、そのサファイアの瞳に、見たこともないほど真剣な熱を宿して私の前に跪いた。


「ジェシカ。あの7歳の夜の約束を、覚えているかい? 君を暗闇から連れ出すと誓った、あの日から……俺の心には、ずっと君しかいなかった」


 タイラーはジャケットの内ポケットから、小さなベルベットの箱を取り出した。蓋が開かれると、夕暮れの光を浴びて、大粒のサファイア…彼の瞳と同じ色の指輪が、美しくきらめいた。


「騎士の地位も名誉も、君を想う気持ちに比べれば何の価値もない。これからは、この輝かしい青空の下で、俺の生涯をかけて君を幸せにしたい。……俺の妻になってくれませんか、ジェシカ」


 胸がいっぱいになって、アメジストの瞳から涙が溢れ出す。

 ずっとお互いを大切にするがあまり焦れ焦れしていた10年間の初恋が、最高のロマンチックなプロポーズで、ついに成就した瞬間だった。


「はい……っ。喜んで、タイラー!」


 薬指にすっと収まった指輪を見て、タイラーは破顔し、私を力強く抱きしめてくれた。



 その後、セレニータ王国のカテリーザ王女から届いた秘密の手紙には、私を道具扱いした親たちの、最高にスカッとする結末が綴られていた。


『ジェシカ、朗報よ。あの後、キャンベル家の墓所で、ランスが遺体で見つかったの。有力家門の跡取りの死だから、王家による大掛かりな強制捜査が入ってね。

 そしたら、あなたの実家がエレグマニア帝国と行っていた、大規模な密輸と人身売買の動かぬ証拠が芋づる式に明るみに!

 公爵家は一瞬で没落よ。全財産と権力を国に没収されて男爵へ降格。今は王都の片隅で、誰からも相手にされず惨めに暮らしているわ。ざまぁ見やがれ、ね!』


 実の娘を物のように捨てた報いだ。自業自得としか言いようがない。

 パトリック様への感謝を胸に、私たちはもう、何にも縛られない。


「私たちの輝かしい未来に、乾杯!!」

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