5.不気味な墓所と、天才投資家の冷徹な目算
キャンベル公爵令嬢、ジェシカ・キャンベル急逝。
王家親戚であるパトリック・バレンタイン伯爵との婚約破棄が発表された直後の、あまりにも突然すぎる悲報だった。
「……本当に、救いようのない連中だな」
自身の執務室でその報告書を受け取ったパトリックは、金髪を軽くかき上げ、冷え切った声で呟いた。その鋭い瞳には、いつもの優雅な微笑みは一切ない。
ジェシカの実家であるキャンベル公爵夫妻の対応は、人の親としてあまりにも非道だった。娘が急死したというのに、夫妻の口から出たのは悲しみの言葉ではなく、「王家との婚約破棄の直後に娘が死んだとなれば、我が家が毒でも盛ったと疑われる!」という保身の叫びだった。彼らにとって、ジェシカの死はスキャンダル以外の何物でもなかったのだ。
さらに、東のエレグマニア帝国との人身売買の大規模な商談が明日に迫っていた夫妻は、調査の手が入ることを何より恐れた。結果、まともな葬儀すら出さず、ジェシカの遺体を布切れで巻くと、夜陰に紛れて密かに公爵家の地下墓所へ投げ込むようにして葬った。人目を避けるために、墓の管理人にすら口封じの金を握らせる徹底ぶりだ。
すべてはジェシカとカテリーザ王女が立てた計画どおり。とはいえ、実の娘をゴミのように処理した夫妻の冷酷さには、パトリックも激しい嫌悪感を抱かざるを得なかった。
「さて、可愛いお嬢さんを迎えに行くとしよう。タイムリミットが迫っている」
パトリックは上質な外套を羽織ると、カテリーザ王女が手配してくれた、夜の闇に溶け込む精鋭達「王家の影」を従え、キャンベル家の地下墓所へと向かった。秘薬の効力が切れ、ジェシカが仮死状態から目覚める時間は完全に計算してある。
静まり返った真夜中の墓所。
パトリックたちがジェシカの棺が納められた場所にたどり着いた、その時だった。
「…ああ、ジェシカ。やっと二人きりになれたね」
暗闇の奥から、ねっとりとした、背筋が凍るような甘い声が響いた。
パトリックが視線を向けると、そこには、真新しい棺の蓋に愛おしげに頬を寄せているピンク髪の美男子、ランス・モンゴメリーがいた。不法侵入などというレベルではない。彼は完全に狂った目で、ジェシカの遺体をここから拐おうと画策していたのだ。
「ランス・モンゴメリー卿。公爵家の嫡男が、夜中に他家の墓所で何をしているのかな?」
パトリックが冷ややかに問いかけると、ランスはゆっくりと顔を上げ、ミントグリーンの瞳を三日月のように歪めた。
「何って、僕の可愛いジェシカを迎えに来たんだよ。バレンタイン伯爵。君みたいな冴えない金髪のおじさんに、彼女の美しいミストホワイトの髪は似合わない。死んでしまったのなら、なおさら僕のコレクションにするべきだ。彼女を綺麗に剥製にして、僕のベッドの横に飾ってあげるんだ」
すらすらと吐き出される、常軌を逸したサイコパスのセリフ。
パトリックはため息すらつかなかった。彼のなかでは、すでにこの男の「排除」という結論が出ていたからだ。
「そうか。ならば、ここで死んでも文句はあるまい」
「はは、君みたいな商人に何ができる!」
ランスが嘲笑い、懐から鋭利な刃物を取り出そうとした、その刹那。
「……王命により、粛清する」
ランスの背後の影から、音もなく現れた「王家の影」の刃が、一閃。
シリアルキラーとして夜の王都を恐怖に陥れていたランスは、悲鳴をあげる暇さえなく、その場で首を跳ね飛ばされて絶命した。床に転がるピンクの髪の頭部を、パトリックは一瞥もしない。
「棺を開けろ。急ぐんだ」
影たちが手際よく棺の蓋をこじ開ける。
中には、まるで眠っているかのように美しい、ミストホワイトの髪の少女が横たわっていた。パトリックが彼女の冷たい頬に触れた瞬間、トクン、と小さな、だけど確かな脈動が手のひらに伝わってきた。
「……よく頑張ったね、ジェシカ。さあ、新しい人生の始まりだ」




