4.すり替わったターゲットと、決死の秘薬
修道院へ行くという名目で、15億フローリンをせしめたローズ。
彼女が公に王都を発つ前夜、カテリーザ王女の粋な計らいで、私、ローズ、カテリーザの3人によるローズ送別会という名の女子会が極秘で開催された。場所は王宮の奥深くにある、カテリーザの私室だ。
「ローズ、本当にお見事だわ!一族全員、完全に騙されたのね!」
カテリーザが高級なベリーのタルトを頬張りながら、嬉しそうに声を弾ませる。
「もう、必死だったのよ!?でも、あのピンク髪のストーカーにさよならできると思えば、涙なんていくらでも流せるわ」
ローズはいつものサバサバしたお姉様に戻り、優雅に紅茶を飲み干した。
「これで私たちの未来の元手は完璧ね。ローズ、潜伏先の隠れ家でタイラーの看病をお願い。準備ができたら、南国ネアポリアのシレーナで合流よ!」
私が拳を握って言うと、二人は満面の笑みで頷いてくれた。最高に心強い、一生モノの友達だ。
しかし翌日、我がキャンベル公爵邸に。
ローズを一目見ようと、あのピンク髪のサイコパス…ランスが不法侵入してきたことで、計画に激震が走る。
よりにもよって、ローズはもう隠れ家に移動した後。庭の薔薇の陰から、ぬっと現れた妖精美男子と鉢合わせしたのは、運悪く私だった。
「……あれ?君は、ローズのいとこの……」
ランスのミントグリーンの瞳が、不気味に細められる。
「ごきげんよう、ランス様。不法侵入なんて、公爵家のご嫡男ともあろうお方が随分と大胆ですこと」
私は逃げ出したいのを必死に堪え、アメジストの瞳で彼をキッと睨みつけた。
「ローズなら、もうここにはいませんわ。それから……私、あなたみたいな陰湿で気味の悪い男、反吐が出るほど嫌いなの。今すぐお引き取りになって」
精悍なタイラーが大好きな私にとって、ストーカーでサイコパスな彼は視界に入れるのもおぞましい。コテンパンに拒絶されたランスは、一瞬、呆気に取られたように目を見開いた。けれど次の瞬間、その綺麗な顔が、歪んだ歓喜にクシャリと歪んだのだ。
「……すごい。僕を前にして、そんなに激しく、はっきりと拒絶する女の子なんて初めてだ……。ああ、なんて美しいミストホワイトの髪なんだろう。ねえ、君の名前は? 確か…ジェシカ、だったね……!」
まさかのターゲット変更である。
この日を境に、ランスの異常な執着は、ローズから私へと完全にすり替わってしまった。
翌日から、私の部屋には不気味な手紙が毎日のように届き、外出をすれば、必ずどこからかランスのねっとりとした視線を感じるようになった。そして、その狂気の矛先は、私の表向きの婚約者であるパトリック様にまで及び始める。
「ジェシカ、君の婚約者のパトリック伯爵だけど……僕、あの男の金髪が気に入らないんだ。君の隣にいるのがおじさんだなんて許せないから、近いうちに、彼の人生を終わらせてあげようと思って」
待ち伏せされた街角で、笑顔でそんな恐ろしいことをのたまうランス。私の頭の中の警戒アラートが、最大音量で鳴り響いた。
(このままじゃ、本当にパトリック様が殺されてしまう……!)
パトリック様は、私に投資を教えてくれた恩人であり、この家出計画の最大の理解者だ。これ以上、あの優しいおじさまを危険に巻き込むわけにはいかない。
私はその足でパトリック様の元へ向かい、まっすぐに告げた。
「パトリック様。ランスがあなたを狙っています。これ以上ご迷惑をかけられません。私と、婚約破棄してください」
「ジェシカ、急に何を言うんだい? 君をあの地獄のような実家に残して、私だけ逃げるわけにはいかないよ」
心配そうに眉を下げるパトリック様に、私はついに全ての家出計画…カテリーザ王女から貰う秘薬で死んだふりをして、ネアポリアのシレーナへ逃げる作戦を打ち明けた。
「……なるほど。王家の仮死の秘薬を使うのか。確かにそれなら、君の親たちも諦めるだろうが……危険すぎるよ」
「パトリック様、私を信じてください。私は絶対に生き延びて、あなたの教えてくれた投資のノウハウで、大富豪になってみせますから!」
私の覚悟を決めたアメジストの瞳を見て、パトリック様はしばらく絶句していたけれど、やがて降参したようにふっと優雅に微笑んだ。
「ははは、本当に気が強くて聡明なお嬢さんだ。分かった、君がそう言うなら、渋々だけど婚約破棄を承諾しよう。その代わり、墓所から君を掘り起こす役目は、私に任せてもらうよ。念のため、カテリーザに王家の影を要請しよう」
「はい! ありがとうございます!」
数日後、パトリック様との婚約破棄が正式に発表されると同時に、私は自室でカテリーザが調達してくれた小さなガラス瓶を手に取った。
中には、王家に伝わる『仮死状態になる秘薬』が入っている。
(待ってなさいよ、人でなしの親たち。それからピンク髪のストーカー。私はこれでおがくずのように消えてあげるわ!)
私は迷わず、その冷たい液体を喉へと流し込んだ。
次第に意識が遠のき、私の心臓は、静かにその動きを止めていったのだった。




