表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

3.涙の15億フローリンと、指名手配の隠れ家

女子会での作戦決行から、事態は怒涛のスピードで動き出した。

まずは、いとこのローズによる大芝居の幕開けだ。


キャンベル侯爵家をはじめ、一族の有力者がズラリと集まった緊急会議。

その中心で、ローズはこれ以上ないほど哀れで儚げな悲劇のヒロインを演じていた。ルビーの瞳から、大粒の涙をポロポロとこぼしてみせる。


「……もう、限界でございます。ランス様のあの執拗な視線、お部屋に届けられる不気味な贈り物……。わたくしの心は、完全に壊れてしまいました。これ以上、社交界に身を置くことはできません。神の御許で、静かに余生を過ごしたく存じます……っ」


ハンカチで顔を覆い、肩を小刻みに震わせるローズ。


中身は私と一緒に家出する気満々の超元気なお姉様なのに、相変わらずノーベル平和賞ものの名演技だ。親族の男たちは、あまりの可哀想さに全員ノックアウトされていた。


「おお、可哀想なローズ……!そこまで追い詰められていたとは!」

「あのモンゴメリー家の狂犬め、許せん!だが公爵家相手に表立って戦うのは危険すぎる……」

「ならば、せめて最も格式高い修道院へ入れてやろう。持参金の相場は10億フローリンだが、不自由のないよう、一族のポケットマネーからさらに5億を上乗せする!」


はい、作戦どおり!

ローズの涙に騙された親族たちから、合計15億フローリンの持参金がぽんと差し出された。これで私たちの脱出後の投資元本は確保できた。


しかし、この計画の裏で、最悪の誤算が起きてしまった。

ローズの兄であり、私の従兄弟でもあるタイラー。ハニーゴールドの髪に、サファイアの瞳を持つ、めちゃくちゃ爽やかで腕利きの騎士。そして、私の初恋の相手であり、今もお互いに想い合っている……いわゆる両片思いの相手。

妹の窮状を見かねたタイラーは、あろうことかランスの元へ直接抗議に行ってしまったのだ。


「ローズへのストーカー行為を今すぐ止めろ!」


正々堂々と迫るタイラーに対し、逆上したランスは騎士道精神なんてこれっぽっちも持ち合わせていなかった。多勢での不意打ちで闇討ちという、底なしに卑劣な方法でタイラーを襲撃したのだ。

それだけでなく、ランスは自分の襲撃を棚に上げ、公爵家の強大な権力を利用して王宮に嘘の報告を流した。

『タイラーが、モンゴメリー公爵家次期当主である僕を不当に襲撃し、殺害しようとした』と。

これにより、タイラーは『有力貴族への襲撃未遂および逃亡した大罪人』として、指名手配犯にされてしまったのだ!


「タイラー……!嘘、しっかりして……っ!」


パトリック様の配下に協力してもらい、血まみれのタイラーを救出した私は、王都の郊外に用意した秘密の隠れ家へと彼を運び込んだ。

国を挙げて追われる身となり、身動きの取れないタイラー。彼の傷口を洗い、包帯を巻きながら、私は涙が止まらなかった。


「……ジェシカ、泣かないでくれ。君の、その綺麗な顔が台無しだ……」

「馬鹿言わないで!あんな危ない男のところへ一人で行くなんて、どうかしてるわ!」


タイラーの痛々しい傷口に触れるたび、私の胸の奥がキュッと締め付けられる。彼を見つめていると、どうしても、あの幼い日の記憶が鮮明に蘇ってきてしまう。


私がまだ7歳だった頃。

両親から「ただの便利な道具」として冷遇され、夜の公爵邸の庭の隅で、一人きりで膝を抱えて泣いていた夜があった。自分の存在意義が見出せなくて俯いていた私の前に、ハニーゴールドの髪を輝かせた少年が、息を切らせて現れたのだ。


『見つけた!ジェシカ、どうしてそんなところで泣いているんだい?』

『……タイラーお兄様。私は、お父様たちにとって、いらない子供なの。ただの、取引の道具なのよ』


絶望に染まる私の小さな手を、当時まだ10歳だったタイラーは、そのサファイアのような瞳をまっすぐに輝かせ、驚くほど強い力で握りしめてくれた。


『そんなことない!

 君は道具なんかじゃない。キャンベル家の誰が君を認めなくても、俺が君を認める。俺がもっと強くなって、絶対に君をその暗闇から連れ出してあげるから。だから……もう泣かないで』


その時、少年の瞳に宿っていたまっすぐな熱意と優しさに、私の心は救われた。それが、私の人生で最初の、そして今も続く唯一の「初恋」だった。そして今、あの時の少年は、本当に強くて立派な騎士になって、私の前に横たわっている。


「すまない、ジェシカ。だけど、君たちの家出計画をカテリーザ王女から聞いてね。ローズだけでなく、君まで遠くへ行ってしまうと思ったら……居ても立ってもいられなかったんだ」


タイラーは痛みに顔を歪めながらも、サファイアの瞳でじっと私を見つめてくる。私の小さな手を、彼の大きな手が弱々しく、だけど温かく包み込んだ。それは、あの7歳の夜と、まったく同じ温もりだった。


「俺も……君について行きたい。騎士の地位も名誉も、全部捨てて、君を一生守らせてほしい。あの日の約束を、今度こそ果たすために。逃亡犯になった俺には、もうこの国に居場所なんてない。君と一緒に、楽園へ行かせてほしい」

「タイラー……」


その言葉は、嬉しくて胸が張り裂けそうになるほどだった。お互いに、命よりも大切に想い合っている。それは痛いほど伝わってくる。

だけど、今の私は「犯罪者の娘」であり、これから「死人」になる身だ。タイラーは、重傷を負って動けない上に、指名手配中。


(こんなに大好きなのに……。これ以上、彼を危険に巻き込みたくない。でも、絶対に離れたくない……っ!)

「まずは怪我を治すのが先決よ。シレーナ行きの船が出るまでに、絶対に動けるようになってもらうんだから」

「ああ。君がそう言うなら、意地でも治してみせるよ」


お互いを大切に想うあまり、あと一歩が踏み出せない、もどかしくて焦れ焦れするような距離感。

 


こうしてローズは修道院に入るフリをして、この郊外の隠れ家に合流。タイラーの看病をしつつ、南国ネアポリア王国の高級リゾート地・シレーナへ移住するための、偽造身分証と移動手段の準備を急ピッチで進めることになった。


しかし。


私たちの知らないところで、あのピンク髪のサイコパスが、さらなる狂気を滾らせていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ