2.社交界の女王と、忍び寄るピンクの狂気
数日後、私とパトリック様の婚約は、予定通り社交界へ発表された。
もちろん周囲の反応は、歳の差政略結婚という憐れみの目ばかり。だけど、私とパトリック様にとっては家出計画の第一歩に過ぎない。親たちはこれで大金が手に入ると喜んでいるみたいだけど、おめでたい頭でそのまま踊っていればいいわ。
そんな中、私にとって一番の頼れる相談相手であり、自慢のいとこであるローズが、王宮夜会で大暴れ(※淑女的な意味で)していると聞いて、私は会場の壁際からその様子を眺めていた。
「まあ、アルジャーノン様。そんな風に褒められては、わたくし、恥ずかしくて倒れてしまいそうですわ」
きらびやかなシャンデリアの下、プラチナブロンドの髪を揺らし、ルビーの瞳を潤ませて微笑む美女。それが私のいとこ、18歳のローズ・キャンベルだ。
見て、あの完璧なハニートラップ。
彼女は誰もが振り返る絶世の美女であり、同時に自分の魅力をミリ単位でコントロールできる超絶演技派の『社交界の女王』だ。群がる貴族の男たちを、扇子一本で完全に手のひらで転がしている。
(相変わらずお見事ね、ローズ。中身はめちゃくちゃサバサバお姉様なのに)
私が心の中で拍手を送っていた、その時だった。
きらびやかな夜会の空気が、一瞬で凍りつくような、異様な気配を肌に感じた。
「見つけた。僕の、可愛い薔薇」
人混みを割って現れたのは、柔らかなピンク色の髪に、吸い込まれそうなミントグリーンの瞳を持つ美男子。
ランス・モンゴメリー公爵嫡男。
おとぎ話の妖精のような容姿だけど……私は、彼が姿を現した瞬間に鳥肌が立った。彼を見るローズの身体が微かに震える。
「ごきげんよう、ランス様。今宵も麗しいお姿ですこと」
ローズは完璧な笑みを貼り付けて挨拶するけれど、その瞳は完全に怯えていた。
「昨日の夜、君の部屋のバルコニーに置いておいたプレゼント、見てくれたかな?」
「ええ……ええ、もちろん。素敵なお花でしたわ」
「お花?違うよ、僕が言っているのは、君の髪の毛で作った指輪のことさ。君が先週、サロンに落としていった髪を僕が一本ずつ編んだんだ。薬指にぴったりだっただろう?」
……うわっ、出たっっ。
この男、顔は最高に綺麗なのに、中身はガチのストーカーなのだ。
それだけじゃない。私、知っているの。ランスの裏の顔が、夜の王都を騒がせているサイコパスなシリアルキラーだってことを。
ランスはうっとりとした目でローズを凝視しながら、彼女がさっきまで口をつけていたグラスを、迷わず自分のポケットに滑り込ませた。
夜会が終わった後、ローズは私の控室に飛び込んでくるなり、ソファーに突っ伏した。
「もう無理!限界!ジェシカ、私あのピンク髪から本気で逃げたい!」
「ローズ、お疲れ様。今日も一段とキツいストーキングだったわね」
「キツいなんてレベルじゃないわよ!この前なんて、私の部屋のベッドの下に隠れてたのよ!?普通にホラーじゃない!」
「それは気の毒に……」
儚げにフルフル震えるローズを宥めていると、控室の隠し扉が、カチャリと開いた。
現れたのは、このセレニータ王国の次期女王、カテリーザ王女だ。17歳の彼女は、私とローズの数少ない本音を話せる大親友である。
「二人とも、待たせたわね。周囲の目は巻いてきたわ」
カテリーザは豪華ドレスの重さを感じさせない軽快さで、テーブルの上の焼き菓子をパクッと口に放り込んだ。元気いっぱいで頼もしい。
「カテリーザ、来てくれたのね!」
「もちろんよ。大好きなジェシカとローズの危機だもの。それでね、ジェシカの『人でなし親へのざまぁ計画』と、ローズの『ストーカーから逃亡計画』だけど…まとめて一気にやっちゃいましょうよ!」
「待って、どうやって?」
ローズが涙目で尋ねると、カテリーザはニヤニヤと不敵に微笑んだ。
「ローズはね、ランスから逃げるために『心を病んで神に身を捧げる』って言って、修道院行きを宣言するのよ。もちろん嘘だけど。一族の会議を開いて大泣きして演技しなさい。高級修道院の持参金相場は10億フローリンだけど、可哀想なローズに憐れみを誘って、15億フローリンをせしめるの!」
「15億……!」
私の頭の中で、パトリック様から教わった投資の計算が高速で始まった。
「それだけ元手があれば、ネアポリア王国のシレーナで一生遊んで暮らせる資産を作れるわ!」
「シレーナ? あの南の高級リゾート地ね!」
カテリーザが我が意を得たりと目を輝かせる。
「ええ、あそこは各国王族や有力貴族の保養地だから、防犯体制が徹底されていて治安が抜群に良いの。何より一年中暖かくて気候がいい最高の土地よ。おまけに大きな港を持つ海洋王国だから世界中の貿易も盛んで、経済が常に動いているわ。パトリック様の投資理論を実践して、優雅に資産を増やす投資生活にはこれ以上ない最適な場所なの!」
「決まりね!身分証の偽造と、シレーナへの逃亡ルートは、パトリック卿が手配してくれるわ」
カテリーザが私の手を強く握る。
「私は王家に伝わる『仮死状態になる秘薬』を調達する。ジェシカはそれを飲んで『死んだふり』をして実家から抜け出しなさい。可愛い娘を失う絶望を、あの親たちには味わってもらうわ!」
「「ありがとう、カテリーザ!」」
私とローズ、そしてカテリーザ。
3人の女子会で、王都を揺るがす前代未聞の『華麗なる家出計画』が、ついに爆誕したのだった。




