番外編:楽園の結婚式と、野生のライオンの一目惚れ
南国ネアポリア王国の高級リゾート地、シレーナ。
コバルトブルーの海を背にした、真っ白な大理石のチャペルで、私とタイラーの結婚式が執り行われていた。 身分を捨てて逃げてきた私たちの式は、身内だけの小さなもの。
だけど、そこに駆けつけてくれたのは、なんとセレニータ王国の次期女王、カテリーザ王女だった。
「ジェシカ、タイラー!本当におめでとう!」
「カテリーザ!次期女王の身でありながら、わざわざこんな遠くまで……!」
「当たり前でしょう? 大好きな親友と、私の元凄腕騎士の晴れ舞台よ。パトリックの船便を貸し切って、極秘でバカンスを兼ねて来ちゃったわ」
相変わらず元気いっぱいのカテリーザは、豪奢なドレス姿で私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「タイラー、私の可愛いジェシカを泣かせたら、いくらネアポリアの奥地だろうと影の軍団を差し向けるからね?」
「カテリーザ様、その必要はありません。俺の命は、あの7歳の夜からずっと彼女のもの。泣かせるのは、嬉し涙だけにすると誓います」
タイラーはタキシード姿で胸を張り、眩しいサファイアの瞳で私を見つめた。
その瞳に宿る熱い独占欲と深い愛情に、私の胸は甘く震える。
セレニータを出てからというもの、タイラーの私への溺愛っぷりは凄まじかった。
私が新しい投資先を見つけて「これ、絶対に儲かるわ!」とはしゃいでいれば、彼は後ろから優しく私を抱きしめ、『君が楽しそうなら何よりだ。でも、俺を見る時間も忘れないで』と、甘い声で私の耳朶を噛む。精悍で生真面目な彼が、二人きりになると途端に嫉妬深く、愛を囁き続けてくるのだ。
私も彼が愛しくて仕方がなくて、シレーナの市場で彼の大好物を見つけては、喜ぶ顔が見たくて真っ先に買いに走る。お互いに「相手が世界で一番愛おしい」と、毎日言葉とキスで確かめ合う、甘やかで愛し愛される日々を送っていた。
「そういえばカテリーザ。パトリック様は今、セレニータでどうされているの?」
ふと思い立って私が尋ねると、カテリーザはニヤリと面白そうな笑みを浮かべた。
「あの優雅なおじさま?相変わらず王都で投資の天才として大暴れしているわよ。あなたの実家だったキャンベル家が没落したでしょう?パトリックは、あの元公爵家が密輸や人身売買で不正に溜め込んでいた隠し資産や、エレグマニア帝国との貿易ルートの利権を、国が没収した瞬間にすべて買い占めたの」
「まあ……!さすがパトリック様ね!」
私の実家が消えて空いた王都の経済の穴を、パトリック様は完璧に掌握したらしい。
「それだけじゃないわ。パトリックは今、私の『経済顧問』として王宮に毎日のように出入りしているの。でもね、キャンベル家を潰してさらに大富豪になった彼を狙って、社交界のハイエナ令嬢たちが凄まじいアプローチを仕掛けているのよ。当の本人は『私にはシレーナに可愛いお嬢さんたちがいますから、結婚は結構です』って、優雅に紅茶を飲みながら全部さらっと一蹴しているわ。本当に良い人よね。
……あ、そうだわジェシカ。パトリックから、二人へお祝いの品を預かってきたのよ」
カテリーザが手を叩くと、王宮の影たちが大きな木箱をうやうやしく運んできた。
蓋を開けると、そこには驚くほど見事な輝きを放つ、東のエレグマニア帝国産の最高級砂糖で作られた特大のウエディングシュガークラフト。そして、私あての手紙と、分厚い権利書が入っていた。
『愛しいジェシカお嬢さん、そしてタイラー卿へ。
ご結婚おめでとう。私からの贈り物は、王都で買い占めた元キャンベル公爵家の貿易利権のうち、東のエレグマニア帝国から仕入れる最高級絹の専売権だ。この権利があれば、君の軍資金はさらに複利で爆発的に増えるだろう。有効に使いなさい』
「パトリック様……!なんて素敵なお祝いかしら!」
王都でのパトリック様の無双っぷりと、変わらない深い愛情を聞いて、私は誇らしい気持ちで胸がいっぱいになった。頂いた最強の専売権を使って、このシレーナの地でパトリック様をあっと驚かせるような大儲けをして、必ず恩返しをしようと心に誓った。
そんな幸せな結婚式の披露宴の最中。
カテリーザのすぐ後ろから、一人の少年が静かに進み出てきた。
ハニーゴールドの短い髪に、どこか挑戦的なアクアブルーの瞳。カテリーザの専属護衛を務める16歳のレオンだ。元冒険者という異色の経歴を持つ彼は、若きリーダーの素質を感じさせる精悍な佇まいをしていた。
「王女殿下、あんまりはしゃぐと危ないですよ。……初めまして、ジェシカ様。それから……!」
レオンの言葉が、ピタリと止まった。
彼のアクアブルーの瞳が、私のブライズメイドを務めるローズの姿を捉えた瞬間、まるで時間が凍りついたかのように、その場に釘付けになったのだ。
王都でのストーカー被害から解放され、シレーナで本当の輝きを取り戻した『社交界の女王』ローズ。
プラチナブロンドの髪を華やかに揺らし、ルビーの瞳を潤ませて微笑む彼女は、この世のものとは思えないほど美しかった。
さっきまで明るく快活だったレオンが、耳まで真っ赤にして口をパクパクさせている。
ローズは不思議そうに、ルビーの瞳を瞬かせた。
「あら、あなたが噂のレオン君ね。よろしくね?」
「あ……う、す。よろしくお願いします……っ!」
ローズに微笑みかけられ、レオンは完全にフリーズしてしまった。その様子を見て、カテリーザがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。
「あはは!レオン、やっぱりシレーナに来て大正解だったでしょう?ジェシカ、実はね、このレオン、ずーーっと前からローズに片思いしてたのよ!」
「殿下、余計なこと言わないでください!」
慌てるレオンをよそに、カテリーザは楽しそうに暴露を続ける。
なんでも、レオンが冒険者を引退して間もない頃、護衛として潜り込んだ王宮夜会でローズを見た瞬間、一目惚れしてしまったらしい。
レオンはバツが悪そうにハニーゴールドの髪をガシガシと掻くと、男らしく腹を括ったように、アクアブルーの瞳でローズをまっすぐに見つめ返した。元冒険者ならではの決断力と野生の勘が、ここにきて大爆発したらしい。
「……殿下の言うとおりです。夜会で、ローズ様を見た瞬間、胸が張り裂けそうになった。綺麗な人だと思ったけど、それ以上に、なんだか無理して笑ってるのが、気になって仕方がなくて。でも、あの頃の俺は名もない元冒険者で、声もかけられなかった。……だけど、今のローズ様は全然違う。本当に楽しそうな、めちゃくちゃ可愛い笑顔だ。……俺、もう手を引く気はありません。ローズ様、俺とデートしてください!」
結婚式場での、超ストレートな公開告白。
これには、百戦錬磨の演技派だったはずのローズも完全に想定外だったようで、ルビーの瞳を丸くしたまま、顔を真っ赤に染めてしまった。
「え、あ……デート? わ、私、あなたより2つも年上よ……?」
「年の差なんて関係ないです。俺が絶対に、あなたを世界一幸せな女にしてみせますから!」
真っ赤になりながらも、レオンの力強いアプローチに完全にタジタジになっているローズ。
あの『社交界の女王』をここまで照れさせるとは、なかなか大物である。
「やったわね、ローズ! 年下の精悍なイケメンなんて、最高じゃない!」
私が横から茶化すと、ローズは「ちょっとジェシカ、面白がらないでよ!」と、ますます顔を赤くして怒った。
「ふふ、あの二人ならきっとお似合いのカップルになるよ」
そう言って私の肩を優しく抱き寄せ、耳元にそっとキスを落としたのはタイラーだ。サファイアの瞳を優しく細めて、レオンの奮闘を温かく見守っている。
「ねえジェシカ、タイラー。あの熱い二人を放っておいて、私たちは美味しいウエディングケーキでも食べに行ましょう?」
「大賛成、カテリーザ!タイラー、行きましょう!」
「ああ、どこまでも君についていくよ、俺の可愛い奥様」
私の大切な家族、大好きな友人たち、そして何より愛する旦那様。
遠い王都で私たちを応援してくれている恩人へと思いを馳せながら、みんなでグラスを高く掲げ、私たちはこれ以上ない笑顔を咲かせる。
「私たちの、輝かしい未来に乾杯!」




