少女の依頼 7
「ふぅ、こんなものか」
そう言うと、トルノーは何処からともなくシェルシュの前へと姿を現す。
この一連の光景を目の当たりにして、彼女は理解する。
あぁ、彼は本物であると。戦争を終わらせた英雄であり、魔術学連合から特別な魔術名を与えられた数少ない魔術師。
ファイム・トルノー……!
彼の戦い方、彼の力!まさしく、聞いていた通りの……!
「あぁ、ようやく会えました。私は──」
「んあ?何だ、お前は俺を知ってるのか?いや、まずはここから出るのが先決だな。あとは……そうだ。猫を見なかったか?」
そう言いながら、トルノーはシェルシュの縄をほどき始める。
「猫ですか……?あぁ!あの子猫を探してたんですか?だったら私のバッグの中です!」
「マジか!この倉庫の中を荒らす手間が省けた!だったらお前のバッグを持って早くここを──」
「待てよ、トルノー……!」
後ろから何者かが起き上がる音が響く。
「まさか本人だったとはな……驚きだよ。だが、噂通りの力だ。だが、俺は聞いているぞ。テメェが魔術名を与えられたのは強い固有技能を持っているからだってなぁ!」
そう言って、男は再びトリガーを引き、弾丸を発射させる。連続で、何発も。しかし、今度はトルノーに向けてではなかった。シェルシュに向けられたものだった。
「……まずい!」
トルノーは慌てて魔力を身に纏わせ、シェルシュの前に立つ。そして肉体で正面から弾丸を受け止める。
かなり魔力を濃密に練り上げた。大抵の弾丸であれば簡単に無力化できる。はずなのだが、やはり予想以上の威力だったようだ。魔力の膜を突き抜け、皮膚を破り、肉にめり込んでいく。
「……ッ!」
痛い……だが、この程度なら──!
どうやら弾を撃ち切ったようだ。男は何度もトリガーを引くが、カチカチと虚しい音だけが鳴るだけであった。そして、トルノーは倒れる事なく、まだそこに立っていた。
「嘘だろ、普通なら肉塊になっててもおかしくねぇのによぉ!?」
「いや、充分高い威力だぜ?魔術や固有技能による攻撃ならともかく、拳銃の弾丸程度で俺の魔力の膜を突き破ったんだ。こんなの、見習い兵士だった時以来だぜ」
そう言いながら、トルノーはめり込んだ弾丸を指で一個ずつ丁寧に抜き取っていく。
肉塊どころか、内臓にも達していない。傷だらけではあるが、致命傷すら与えていない。
「化け物め、くそっ!」
そう言い捨て、男は逃げるように去っていく。
(あの男、俺の能力を知っている?一体、どういう事だ?気になる事は多いが、とりあえず今は──)
トルノーは追いかけることはなく、シェルシュの方を見る。
「とっさに守ったが……君、怪我はないか?」
「大丈夫です、ありがとうございます!」
「いやいや、大丈夫だよ。それよりも君のことが心配だ。どうしてあんな連中に捕まってたんだ?もしかして奴隷売買とかか?」
「いや、多分私が彼らの取引を見てしまったから……」
「おぉ、それは災難だったな。とりあえず、君は早くこの街から出た方が良い。じゃないと、あの連中からずっと追いかけ回されるはめになるぞ。んじゃあ、これ以上面倒なことには巻き込まれたくないからな。猫を持って行くとするよ」
そう言って、倉庫の隅に置かれていた、彼女のものであろうバッグを拾い上げる。
「ま、待ってください!私はあなたを探しにこの街へ来たんです!」
「……そういえば、さっきも俺を知ってそうな感じだったな。んまぁ、俺もあの戦争から有名人になっちまったからな。サインでも欲しくて俺を追っかけてるのか?残念だが、俺はスポーツ選手じゃないんだぞ」
「そ、そうじゃないんです!私はあなたに助けて欲しくて!あなたなら力になってくれると思ってこの街に来たんです!私の名前はシェルシュ・ウォルモース、あなたの上官だったウォリス・ウォルモースの娘です!」
「なんだって……君はあのウォリスさんの娘!?そうか、話には聞いていたけど……。よく自慢してたよ、」可愛くて、優秀な娘だって。だが、シェルシュはどうして俺を探しに?」
「もしかして、知らないんですか?現在、私の父は行方不明なんです」
「……なんだって?」
「父は最後、知ってはいけない秘密を知ったと言って何処かへ消えてしまったんです。警察も捜査を打ち切ってしまって、ウォルモース家は次の当主を巡って権力争い……。あなたと父は戦後も付き合いのあった友人と聞いています。今の私に頼れるのはアナタしかいないんです!」
「……なるほど」
トルノーはしばらく考え込む。
彼の知っているウォリスは優秀な人物であった。ウォリスは兵士としても前線で活躍していたらしいが、それはあの西方戦争が始まる数十年前の話だ。トルノーがあの西方戦争で戦っていた時には、既に彼は前線にはいなかった。将官として兵士の育成や、作戦立案といった裏方の仕事として戦争を支えていた。
そんな将官だったウォリスと、兵士だったトルノーは部下と上司の関係だった。ウォリスはトルノーの実力を信頼し、作戦を立案。そしてトルノーがウォリスの立案した作戦を迷いなく実行する。まさに互いを信頼していた、親子のような関係だった。
あの戦争を共に戦った仲間であり、父のような存在だった。
そんなウォリスが、行方不明……?
彼は正義感もあった。軍部内に蔓延っていた不正や問題をウォルモース家の権力を用いて暴き、裁いていた。そんなウォリスを敵視する者たちも少なくない。
とはいえ、彼には味方も多し、あのウォルモース家を敵に回す馬鹿がいるとは思えない。
「……はぁ、面倒であまり突っ込みたくないんだが──」
ため息をつきながらも、トルノーはシェルシュに向けて手を伸ばす。
「君の依頼を受けよう、シェルシュ・ウォルモース。君の父を俺が必ず見つけ出す!」
「……ありがとうごさいます!」
シェルシュはトルノーと強い握手を交わすのであった。




