少女の依頼 5
その頃一方……。
シェルシュ・ウォルモースは複数人の見知らぬ男たちによって拉致されていた。彼女は縄で体をぐるぐる巻きに拘束されており、逃げ出すのは難しい状況であった。
そこはセイムの東区、さらにその外れにある倉庫。
一体、誰が利用しているのかは分からない。何処かの企業か、個人の倉庫か……。しかし、倉庫内に広がる甘い香り。そして雑多に置かれている袋。その袋から漏れ出ているのは白い粉。きっとあれは砂糖だ、そうに違いない。
「………」
シェルシュの記憶は曖昧だ。
確か、路地裏から出ようとしたその時、後ろから──
頭が痛い。やはり、何が起こったのかは曖昧だ。しかし、ある程度、予想ぐらいは出来る。
「お嬢ちゃん。よくも逃げ回ってくれたな」
そういって出てきたのはやはり知らない男。しかし、分かる点が一つある。きっと彼がこの中で一番偉いのだろう。上級階層の者が身につけているような高級な腕時計。さらに周囲のチンピラはこの男に怯えている。
「今朝は俺たちの取引を見てしまったそうだな」
「いや、知らないですね。なぜ私を拘束しているのですか?街へ来たばかりの田舎者ですよ?人違いじゃありませんか?」
「しらばっくれても無駄だぞ。お前だって情報が流れてきてんだわ。んまぁ、同情するよ。うちの下っ端が誰かに見られちまうようなヘマしてなければ、嬢ちゃんを捕まえる事はなかったんだがな」
そういって、男は倉庫の隅っこに置かれているドラム缶を見る。ドラム缶の外側にはべったりと赤い血がついている。周囲のチンピラはこの男に怯えている事、そしてこの謎のドラム缶……何が起こったのか、ドラム缶の中身が何なのか、想像したくもない。
「安心しとけ。あいつらみたいにドラム缶に詰めたりしないからよ」
……これは私の想像していた中身の答えか?いいや、違う。違わなかったとしても、聞かなかった事にしておこう。その方が良いに決まっている。
「さて、それでお嬢ちゃんなんだけど、可哀想だから選ばせてあげる。男に体を売る仕事をするか、それとも奴隷として何処かに捌かれるのか。どっちもあんま変わらないか」
「……見逃してくれるっていう選択肢は?」
「ないね!ありえないね、それにこれはお願いじゃない。命令だ。お前が出来るのは前者か、後者、どっちが良いか選択する事だけだ!」
シェルシュは必死に思考を巡らせる。この状況をどうすれば打開出来るのか。どうすれば逃げる事が出来るのか。何か手はあるはずだ。
どうすれば──
「ここか……」
倉庫の外。トルノーは子猫のいるであろう位置へと到達する。どうやらこの倉庫内にまで入り込んでしまっているらしい。しかし、倉庫前には見張り番がいる。
「ただの倉庫に見張り?怪しいな、問題ごとには首をつっこみたくはないんだが……」
さすがは東区。あちこちにトラブルが落ちている。だが、俺の目的地はあの中だ。行かないといけない。一応、許可を取りに行っても良いんだが……そんな場所に「子猫を探しに来ました!」って言っても相手は信じてくれないだろう。
「まっ、バレなきゃ問題ないか」
そうして、彼は倉庫の周囲をぐるりと見て回る。やはりチンピラたちが入れないように見張りをしている。難しいな、これは一時撤退か……?夜の方が侵入しやすいかもしれない。待っておけば猫が倉庫から出て移動してくれるかもしれない。
そう思っていると、ようやく侵入しやすい場所を発見する。それは一つの小窓。さらに空いている、かなり運が良い。しかし、問題はその窓の位置である。四メートルほどの高さの場所、手を伸ばし、飛んでも届くことはないだろう。
だが、大丈夫だ。
トルノーは魔力で身体能力を向上させると、トンッ!と軽く地面を蹴り上げる。すると、あっという間に窓の辺りまで到達し、するりと綺麗に中へ忍び込んでいく。
足音をなるべく鳴らさないように、ゆっくりと慎重に降りる。中は雑多にものが置かれており、棚や積まれた木箱と死角として活用できそうな場所が多い。それらを利用し、猫がいるであろう位置へとゆっくり動き始める。
(甘ったるい匂いだな。まさか、麻薬でも製造しているのか?)
トルノーだって使っているのだが……それにしても匂いが強すぎる。自分が医者に処方してもらっているモノよりも、数段強い効果を持つものなのかもしれない。
(やっぱり、さっさと子猫を見つけてズラかる方が良いかもな)
姿勢を低くし、バレないように移動時続けると、何やら喋り声が聞こえ始める。
「さて、覚悟は決まったかい?お嬢ちゃん」
棚の隙間から見えるのは、一人の少女を拘束している光景であった。
(何だ何だ?あんなガキを複数人で捕まえちゃって……ん?あの娘は確か──)
そうだ、今朝チンピラに追われていた女の子だ。ここまで追い詰められているとは、一体彼女は何をしでかしたのだろうか。
面倒ごとに巻き込まれたくはない。ないのだが……。
「見捨てるわけにはいかないよな」
この場にいる奴らは明らかに俺より格下。全員相手にしたって負けることはまずないだろう。
トルノーは深く息を吸って、覚悟を決める。




